daily01-03


「現代日本は平和よね」


 あちこちで洋服や靴を買い、両手に買い物袋を持つ俺にベアトリーチェはつぶやいた。


「……そうだな」


 少なくとも目に見える範囲では、日本は平和だ。

 辛い生活している人も居るだろうが、街中でそれを感じることは滅多にない。

 中世では、街中でも路地の片隅には貧しい人の姿をしばしば見かける。日本だって戦後はそうだったらしいが、今は違う。幸せなことなんだろうな。


 ネサレテと来てもそうだが、ベアトリーチェと歩くと、周囲の視線が集まる。現代でも美人で十分通じるからな。

 鼻が高いと同時に照れくさい。

 俺が照れることじゃないんだけどな。

 大都市の繁華街を歩いたら、スカウトが来てもおかしくはないだろうなと考えながら歩く。


「私の他にも、悲惨な目に遭った人を助けるの?」

「そのつもりだよ」

「それはいいけど、私を恋人にしてからにしてね。どうせ女性を助けるつもりなんでしょ?」


 よくお判りで。

 女性のみをと考えてるわけじゃないんだけど、どうせ助けるなら男性よりはね。

 候補も決めている。次は

 助けられるかは、やはり本人が納得するか次第だけど、日本史史上有名な戦国時代の悲劇に遭った女性。

 ……といっても十五歳だからな。

 妻だの恋人だのの対象としては、現代日本の成人男性には相応しくない相手だ。


「俺にそんなに恩を感じる必要はないんだぞ?」

「……恩はもちろん感じているわ。でも、それだけじゃない。これからも私を守ってくれるんでしょ?」

「そりゃ守るよ。恋人じゃなくてもな」

「フフフ、その言葉を信じられる相手……それがあなた。だからなのよ」


 元妻に聞かせてやりたい!

 だが、俺にも悪いところが、きっとたくさんあったんだろうと今は思っている。


 俺の腕に手を掛けて、身を寄せてきた。


「あなたは私を裏切らない。そう思えるわ。そんな相手のそばに居たい……そばに居て欲しいと思うのは自然なことではなくて?」

「……まあな」

「ネサレテさんが正妻でいいって言ってるのよ。何が不満なの?」

「不満はないさ。何度も言ってるように、価値観がだな……」

「そんなもの、私にはどうでもいいわ。他人に迷惑かけるわけでもないしね。まあ、いいわ。今すぐ決めろとは言わない」


 ブロンドの髪をスエード製のグレーのキャペリンつばひろ帽子からなびかせ、「でも早く決めて」とでも言うように俺の腕をギュッと掴む。らくだ色のジャケットの袖から見える白く細い手が、これからもずっと離さないと伝えてくる。


「拒否権はないように聞こえるんだが」

「そんなもの無いわよ。確かにここに来るのを決めたのは私。でも選択肢を出したのはあなた。生死がかかってるところで出された選択肢よ? イーブンとは言えないわ。そうでしょ?」

「確かにそうかな……」

「そうよ。だからあなたには、私を拒む権利なんてあげないわ」


 おっとりと待ってくれているネサレテと違い、ベアトリーチェは待つという言葉など持たないかのように、俺の心を囲んでくる。


「これから助ける予定の女性達が、ベアトリーチェと同じ考えだったら困るな」

「そうね。だから先に手に入れるの。さ、帰りましょ。ネサレテが美味しい夕飯用意してくれているはずよ」


 三十六歳になった俺を、二十三歳の女の子が振り回す。


 ――どっちが年上か判らないな……


 俺は苦笑して、愛車……ダークメタルグレーセダンのスカイラインが置いてある駐車場へ向かった。

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