ready02-02

「あなた。また人間のところで女遊びですか? 」

 

 神でさえその皮膚を凍らせるかと思われるほどの冷たいオーラを発した貴婦人が、ゼウスを問い詰めている。


「ヘラよ。そのようなことはもうできぬと判っておるはずではないか」

「私の寝所にも顔を出さずどこで何をしておいでだか……。それに、子作りだけが女遊びではないでしょう? 」

「そもそもこの時代の人間は、我ら神の声も聞えぬし、姿も見えぬのだ。どうして遊べるというのだ」

「そうでございましたわね。これは失礼しました。ただ、あまりにも私のところへお姿をお見せにならないものですから、また悪い癖が出たのかと」


 古き神々はゼウスが去勢されていることを知っている。

 女神達は、ゼウスの甘い言葉にもはや騙されることもない。

 新たな神々が生まれていない中、ゼウスが女遊びするとしたら、人間の女性なのだろうとヘラは考えているようだ。


 神々の歴史が彫刻された壁を背に、獅子の姿が装飾された椅子に座り、ゼウスはヘラの嫉妬にまたかとため息をつく。


「ギガースがいつ復活するかもしれないこの時に、遊んでなどいられるものか。原初神ガイアの力が及ぶところにギガースが隠されているのは間違いない。だが、場所を特定できなければどうすることもできぬ。だから探してたのだよ」

「さようでございますか。ならば良いのです。それで、先日お話になった半神にされた者はどうなのですか? 」

 

「戦う力だけならば、ヘラクレスに近い半神となれるようだ。アレスがそう言っておったし、先ほどこの目で確かめてきたからな。だがアテナの話では、戦術や戦略はまだまだなようだ。だが、その辺りは、我らが助ければ良い。ギガース相手ならば、十分に役立ってくれるだろう」

「もう一人半神が生まれたようですが? 」


 よく調べている。

 クロノスが神の血イーコールを飲ませた、ネサレテのことも調べはついているようだ。


「ああ、クロノスが半神にした者か。アルテミスが大層可愛がっておる。美しくそして素直だそうだ」

「そのようなことは訊いておりません。ギガースとの戦いで役立つのか訊いているのです」

「弓の腕はまだまだだそうだ。だが、男の方の半神……玖珂駿介をサポートする力はあるようだ。やはり来たるべき戦いでは役立つだろう」

「あなた。テューポーンとの戦いであなたが瀕死の目に遭ったこと。私は今も忘れられません。あの時、どれほど心を痛めたことか……。ガイアが何を考えているのか判りませんが、地上かこの神々の住む世界へ、テューポーンが現れる事態だけは避けていただきたいものです」


 ヘラがゼウスに背を向けて歩き去る。


「ギガース族もまたガイアの子。生き返られるとなれば、力を貸すのは理解できる。共存を望むなら受け入れてもいい。だが、テューポーンだけはダメだ。いくらガイアが生み出したとはいえ、我の支配を脅かすからな……」


 ――それにしても、玖珂駿介に発現した力は面白い。我にあの力があれば、テューポーンにさえ苦労しなかったであろうな。

 しかし、半神半人の駿介には使いこなせまいて。いずれ神の席に座れば……いや、その時が来ても、所詮は人の身から進化したあの者の手には余る力であろう。だが、我の下に居る限りは心強いのは確かだ。

 ギガース相手なら、死なずに時間をかけられれば一人で勝ってしまうかもしれぬ。


 まだ先のことであろうがな……。


 ゼウスは、玖珂駿介のことを思い、先々が楽しみだと一人微笑みを浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る