liberation01-03


 四十分ほど時間が過ぎただろうか。

 俺とクロノスには長い時間、だが、ベアトリーチェには短い時間だったのではないだろうか。

 そう感じさせる空気がある四十分だった。


「……この絶望の悪夢から抜け出せるのであれば、悪魔とだって契約しましょう。あなたが望むのであれば愛人にも喜んでなりましょう。……少なくともあなたは悪魔には見えないわ。弟のことは気がかりだけど、どうしようもできないのよね……。チェンチ家にもこの世界にも未練はないわ。だって明日私は処刑される予定なんですものね」

「判りました。では、後のことはお任せ下さい。ご家族も苦しまないように、できるだけのことはします」

 

 決意したブラウンの瞳の強靱さが印象的で、まだ幼さを感じさせる顔に不似合いに感じた。

 高潔な魂を持とうと努めていたと聞く彼女は、自分だけ助かる状況にずいぶん葛藤したのだろう。気持ちを整理したとはいえ、迷いが残っていても当然だ。

 言葉でこそ吹っ切ったようだが、まだ不安が残る彼女の言葉にそう答えた後、腕の中のクロノスに頼む。


「明日処刑されるチェンチ家の人達が、死の恐怖を感じないで済むようにはできるだろ? 」

「ああ、幻覚を見せれば良い。容易たやすいことだ」

「じゃあ、俺と彼女を我が家へ送った後のことは、事前に話し合ったように頼むよ」


 ベアトリーチェに近づき、その白くて細い手と繋ぐ。


・・・・・

・・・


「さあ、着いたぞ」


 クロノスの声に反応した俺は、目の前で微笑むネサレテにベアトリーチェを風呂に入れ、着替えさせ、今夜はそのまま寝かせるよう頼んだ。


「では頼んだよ」

「任せておけ」


 クロノスが姿を消したのを確認したあと、戸棚からBOOKER’Sブッカーズの瓶とグラスを手にしてソファに座る。

 ベアトリーチェの家族を慰霊する一杯を口にしたいんだ。

 いつもならロックで飲むところだが、今の気分には、アルコール度数六十三%の酒が感じさせる荒々しいドライ感が必要なんだ。

 

 ――ベアトリーチェが第二の人生を可能な限り幸せに歩むためには、不信を抱えた家族と切り離される必要がある。それは間違っていないはずだ。

 だが、やはり助けようと思えば助けられる命を失わせるのはな……。


 グイッとグラスをあおって、喉の熱さで冷めた気持ちを慰める。


「全ての人を助けられないのは当然として、俺の事情で助ける人を決めて良いのか? だが、他にどうすることができる? 」


 グラスの中の琥珀色の揺らめきにつぶやく。

 もちろん誰からも答えなど返ってこない。


「救う人と救わない人を俺個人の趣味で決めるだなんて……神にでもなったつもりなのか? 俺は……」


 ああ、そういや、俺は半分神なんだよな。

 だが、半神のは、半端者の半だ。

 独善的になることも、割り切ることも出来ず、かといって、命を全て救うこともできない。

 ……ほんと半端者だよな……。


 慰霊しているのか、それとも自分を慰めているのか判らない気持ちのままグラスを重ねた。


 やがてクロノスが戻ってきて、「全て打ち合わせ通りに済ませてきた」とそれだけ言って床に寝そべった。


 いつでも好きな時間に戻ってこれるのだから、こんなに間を置かなくてもいいはずなんだ。

 多分、俺を一人にする時間が必要と考え、図って姿を見せたのだろう。相棒と呼ぶのに相応しい相手になってきたなと、我が家のペット様かみさまに「ありがとう」と声をかけた。


「気にするな。我のこともあの家族のこともな。本当なら救われなかった命を一つだけでも救った。大事なのはそこだけだ」

「気を遣わせてすまんな」


 底の深い皿を戸棚から出し、クロノスの前に置く。その後BOOKER’Sブッカーズを傾けて、半分ほど満たした。


「一緒に飲もう」

 

 俺もグラスに注いで、皿の縁にカツンと当てた。

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