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 この二ヶ月、俺だけ特訓されたわけではなかった。

 ネサレテも半神半人だと知り、アテナとアレスは俺を、アルテミスはネサレテを相手にすることになった。


 アレスからは戦闘に必要な技術、アテナからは戦略・戦術を学んでいる。

 半神としての能力が徐々に開花してきたようで、一月後にはアレスと互角に渡り合えるようになった。単なるパワーだけなら、アレスを上回る。

 組み伏せられるようになった時、「糞、あのヘラクレスくそったれと同じになってきやがった」と、悔しそうなアレスの様子が楽しくてたまらなかった。


 俺って好戦的な性格だったのかなと思ったりもしたが、ただ、最初ネチネチと虐めやがったアレスが嫌いなだけだろう。

 

 アテナは、相手の弱みを素早く見つけるよう、そして戦局全体を把握するようにと、様々な戦争の状況を一つずつ講義された。そして例題を出されては答える。


「おまえには脳があるのか? 考えるとは、どういうことか知ってるのか?」


 怒りはしないが、精悍な美しさを持つ表情から、冷静に問い詰められるのは、アレスに馬鹿にされるより胸に刺さる。半神としての能力は、知能には影響しないようで、二月が過ぎようとしていても叱られてばかりだ。

 機を見る力に必要なのは、戦場における個々の本質を把握することなのだろう。場数を踏むだけではなく、鋭い観察力が重要で、その力が俺には乏しいのだと理解した。

 

「愚かな生徒を持つと本当に苦労するな。だが、ひとたび教えると決めたからには、モノになるまで付き合ってやる。これからも来るから精進しろ」


 ……はい、馬鹿な生徒ですみません。


 しかし、考えてみると理不尽だよな。

 望んでもいないのに半神にされて、ギガースの復活阻止なんていうミッションこなす羽目になり、必要だからとアレスに小突き回され、アテナに罵られる。


 ほんとやってられんよ。

 神々には言えないんだけどさ。


 アルテミスは、裏庭でネサレテに弓術を教えていた。

 太い木の幾つかにまあるいまとを用意し、そこから三十メートルくらい離れたところで、ネサレテは弓を引き、その後ろからアルテミスが指導している。

 何でも、最初は、移動しない体勢で練習し、距離もこれから徐々に広げていくらしい。最終的には、馬上からの流鏑馬やぶさめをということらしい。

 だが、ギリシャの狩猟の神が、何故和弓を教えるのかとか、銃の方が良いのではないかと、疑問を感じた。


「和弓の方が弓の作りがシンプルなのでな。基本を身につけるには、洋弓より良いのではと実験している。基本さえ身につけば、洋弓にも対応できるだろう。

 ターゲットへの集中、距離の把握、適したタイミングの見極めを身につければ、弓も銃も関係無い」


 アルテミスは、俺の心配は無用だと答えた。

 意外と丁寧で優しい返答に、俺もアルテミスに教えられたかったなと思ったのは、アテナには言えない。

 実際の弓のことなどさっぱり判らない俺は、そんなものかと納得する。

 相手は狩猟の神だ。任せておいたほうがいいんだろうな。


 夕食後に、調子はどうだいと訊くと、屈託のない明るい返事がネサレテからは返ってくる。


「たびたび怒られますけど、とても楽しいです」


 ……そうか。

 楽しんでいるならそれでいい。

 家事をこなし、その上弓の鍛錬までやっていて、疲れていないはずはないのに、元気で明るい様子を見ると、俺も負けてはいられないと気が引き締まる。


 ペット牧場の施設のうち、宿舎や柵の設置工事などが終わるまで、鍛錬だけしていたわけじゃない。牧場を管理してくれそうな人材や、定期的に見回りしてくれそうな獣医等を探していた。


 そして近隣の街で働く獣医に話しをつけ、牧場長候補の人材も二名確保できた。


 神田高志かんだたかし平野優美ひらのゆみ

 二人とは、動物飼育関係の学校に勤めている知人の紹介で知り合った。

 神田は動物園の飼育係を務めていたが、動物園が閉鎖になり仕事を探していた。獣医資格も持ち、飼育係も十年経験している三十三歳。

 平野は、トリマーしながら動物園か牧場での仕事を探していた。動物看護士の資格も持ち、大人しいが実直そうな二十七歳。


 会って話してみると、二人とも人付き合いは得意そうではない。

 だが、神田も平野も俺のペット牧場構想に強く賛同してくれた。問題意識は持っていても解決するための手段がなく、二人とも心を痛めていたようで、同じ思いを持つ人に出会えて俺は心強かった。

 殺処分に遭うペットを減らすため、一緒に頑張ってくれそうだ。


 二人とも牧場の宿舎で暮らすことにも同意してくれたので、建物が完成次第引っ越してくる予定。

 

 ……俺の夢も少しずつ前に進んでいる。さて次はベアトリーチェ・チェンチを救う番だ。

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