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 オリュンポスの男神のうち一、二を争う美貌をもつアレス。栄誉と計略の神アテナと違い狂乱と破壊の神で、神々からも嫌われているという。性格も粗野で残忍、かつ不誠実と言われている。


 目の前のアレスからは、美しいにも関わらず荒々しい空気を感じた。


 ――やはり面倒な奴なのか?


 ネサレテと一緒にお茶を飲んでくつろいでいたところに、槍を持ち、ウール布一枚を巻いてやってきた。


「ほう、我が愛人アプロディーテのように美しいと称えられただけはあるな」

 

 いきなりネサレテに近づき、マジマジと見ながらそう言った。

 そういやそうだ、こいつはヘパイストスの妻を愛人にした奴だったんだ。


「手出しはするなよ。その娘は我の神の血イーコールを飲んだ半神だ。いわば我の娘も同然。その者に手を出すようならゆるさんぞ」


 四本の足で立ち上がったクロノスが、その愛らしい外見に似合わない低く野太い声でアレスを威圧した。

 茶色の体毛に包まれた小さな身体だが、アレスを上回る圧力を出し、つぶらな黒い瞳で睨んでいる。

 なんて頼りになるミニチュアダックスなんだとクロノスを見直したよ。


「へえ、そんな身体になっていても俺達の爺さんだけのことはあるな。たいした神力だ。……へへっ、心配すんなよ。親父ゼウスからきつく言われたからよ。この女にも、横の玖珂駿介にも悪さはしねぇさ。下手なことしたら、あんた同様、タルタロスへ幽閉されちまうからな」


 お世辞にも品があると言えない口調だが、その美貌としなやかな身のこなしのおかげで、油断を許さない迫力ある神に見えた。実際、戦いの神なのだから、その名に見合った迫力はあって当たり前なのだろう。

 だが、背中に冷たいものが走るような……畏れを抱かせる類いの迫力で、これからの特訓とやらがきついものになる予感がした。


 筋肉質には見えない全身で、身長も百八十センチ近い俺と同じ程度だから見た目だけなら、怖そうには見えない。それでも、人外となった俺に、破壊の神らしい恐れを感じさせるのだから、さすがは神と言うべきだろう。


「俺が教えられるのは破壊だ。破壊のための技だ。つまり殴る、蹴る技ってことだな。それができるようになったら武器を使った技を教える。ギガース相手じゃ、悔しいが俺には倒せん。せいぜいおまえに頑張って貰うとするさ」


 やるしかないかと覚悟を決め、ネサレテに行ってくるよと伝えて、のどかな時間に終わりを告げた。


・・・・・

・・・


 神と半神の訓練だ。

 パワーの次元が化物レベルなのだから、そこいらの空き地で訓練というわけにはいかない。

 打撃音も相当のものになるだろうし、木でも岩でも簡単に破壊してしまうから、誰かに見られると困る。

 どこでやるのだろうと疑問を感じながらアレスの後ろをついていく。


「もう自覚しているだろうが、半神の身体能力は神と等しいものだ。あのヘラクレスくそったれもそうだったが、パワーだけなら神を上回ることもある。特に、おまえが飲んだ神の血イーコール親父ゼウスのだ。まだ発現されていないようだが、潜在能力はヘラクレスくそったれ並だろう。だからまずは、力ではなく、速さと対応を重点的に鍛えるからな? 」


 そう言われても、格闘技や戦闘技術など、俺にはさっぱり判らない。

 何をするつもりなのか?

 

 それにしてもヘラクレスに半殺しの目に遭ったことを、何千年も過ぎた今でも根に持ってるのかと言う時の目には狂気を感じる。


「俺がこの槍の柄でおまえを攻撃する。それを避けるか受け流せ。手加減はしないから必死にやれよ」


 行くぞと声がかかった。

 俺はアレスの動きに集中する。


 シュッと槍が伸びてきた。

 突然目の前に槍の柄が大きくなったのだ。


 動きは見えた。

 しっかり見えたのだ。


 しかし、槍の柄は俺の顎をとらえ、ズンッという衝撃と頭の後ろまで突き抜けるような痛みのあと、俺は倒れた。意識は刈り取られずに済んだが、クラクラする。

 身体が反応しなかったのだ。


「……最初はこんなものだろうな。戦いに不慣れなおまえは、意識に身体がまだついてこない。こればかりは慣れていくしかない。……しかし、これ、いいストレス解消になるな……。面倒だと親父ゼウスに文句言ったが間違いだった。さあ、立てよ、次いくぜ」


 薄笑いを浮かべるアレスにサディストの気配を感じる。

 ぞっとする気配だ。

 だが、意識に身体がついてきていないのは確かだ。

 ギガースとの争いがどのようなものになるか判らないのだから、しゃくさわるが、ここは鍛えて貰うしかない。


 立ち上がって、再びアレスの動きに集中する。


 足下を狙って槍が地面を薙いできた。

 今度も動きは追えている。

 

 ――下がるんだ。


 後方に移動しようと足に力を込める。

 だが、片足を刈られてしまい、ドンッと地面に背中から落ちた。

 

「下がって避けようとしたのは判った。悪くない判断だ。だが、まだまだ反応が遅い。実戦だったなら、足を刈ると見せかけて下がらせ、足が止まったところを突くこともある。初撃すら避けられないようでは、その必要もないけどな」


 カカカと笑い、さあ、立ち上がれと指示する。

 腹立たしいが、アレスの言う通りだ。

 戦いの素人だからと言い訳したところで、敵が手を抜いてくれることなどないだろう。


 とにかくやれるだけやるしかない。


 ――そのうちアレスのニヤケづらを消してやる……。


 今は、耐えるしかないんだと我慢して、アレスに叩かれ続けた。

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