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「ベアトリーチェ・チェンチを助けよう。彼女ならネサレテの良い友人になってくれそうな気がするんだ」

「ベアトリーチェ・チェンチ……その女性はどういった方なんですか? 」


 十六世紀ローマの名家チェンチ家、貴族フランチェスコ・チェンチの娘として産まれた。

 フランチェスコからの虐待に耐えかねて家族とともに父親を殺したとされ、後に処刑された女性。フランチェスコの暴虐ぶりは人々にも広く知られていたので、ローマでも有名な美女であったベアトリーチェに同情は集まった。また情状酌量の余地があるため、死刑にはならないと考えられていた。

 しかし、当時のローマ教皇クレメンス八世は、チェンチ家の財産を欲したため一切の情けはかけずに、末子を残して処刑する。


 ざっくりとした俺の説明を聞いたネサレテは、ため息を一つついて呆れた声を出した。


「いつの世も、欲に目がくらんだ権力者というのは度し難いものですね……」

「そうだな。彼女を助けようと考えたのは、可哀想だからというだけではない」

「他に何か理由が? 」

「亡くなった年齢が二十二歳で、ネサレテと近いこと。あと、実際に会ってみなければ判らないけれど、意思が強く、聡明な女性だったらしいこと。この二つが理由だ」


 単に、可哀想な若い美女だから選んだわけではないんだ。


 ただ、性格は正直判らない。

 悲劇的な人物を書いた書籍は、同情的な内容になるし、評価も上乗せされているだろう。

 ……ただ、俺は美人に弱いからなぁ。

 現代に来るか決めるのは本人だから、どうなるかは判らないけれど。


 俺とネサレテの話を、床に寝そべり、耳をひくひくさせながらクロノスは聞いていた。

 そして、念を押すように俺に話す。

 

「駿介。誰をどのように助けるかはおまえが決めるのだぞ。我はおまえの指示に従うだけだ。我が自分の意思で人間界に関与するのは、ゼウスから戒められているからな」

「ああ、判ってる。ベアトリーチェをどうするかは俺が決める。クロノスは頼んだことをやってくれればいい。頼りにしてるぞ」


 つぶらな瞳をキラッと光らせたかと思うと、ミニチュアダックスクロノスは頭を床に置いた。


「では、いつから始められるのですか? 」

「住居用アパートが建ってからになる。予定では二月後ふたつきごだな」


 実は、この二月ふたつきの間にすべきことがある。

 ……ゼウスの子供達が俺を鍛えると言い出して、ここへやってくるのだ。


 ・・・・・

 ・・・

 ・


 ここに来るのは、アルテミス、アテナ、アレスの三神。

 全員一緒に来るわけではないが、交互にやってきては俺を鍛えるという。


 神の血イーコールを飲んでから、今のところ俺に生じた変化は心身能力が強化されただけ。

 と言ったが、恐ろしいことになっている。


 ギガースの復活を阻止するのだから、そりゃあ人間レベルの心身能力では話にならないのだろうけれど、丸太を片手で掴んで投げる様子など世間にはお見せできない。世間に知られたら、TV局の取材がひっきりなしに来るだろうし、どこかの研究所が俺を研究したいと言い出すのも間違いないだろう。

 見世物になるもの、モルモットになるのも御免だ。


 とにかく、素で怪獣と戦えるレベルだ。

 いや、これでは俺自身が怪獣だろうよ。

 ヘラクレスってとんでもない生き物だったのだなと、自分の体力で実感した。


 神話時代なら、この手の身体能力を生かす場はあったのだろうが、現代でこんな力を持っていても危険なだけだ。

 半分神と言えば聞こえはいいけれど、単なる人外だからな。

 そのことを実感しては、本当に人ではなくなったのだなとしみじみ寂しい気持ちになる。


 しかし、俺の取り柄はポジティブなことだ。

 起きてしまったことをいつまでもクヨクヨしていても仕方がない。

 ギガースの件に関わらなければならないのなら、特訓でも何でも受けて強くなってやるさ。


 そう覚悟を決めて待っている俺の前に最初に現れたのは、アレスだった。 

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