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 俺の部屋の隣にあるネサレテの部屋の扉をノックする。

 夕食後の入浴も済み、今頃はいつも部屋で髪をとかしているはずだ。


「はい、どうぞ」

 

 ネサレテの返事が聞えたので、ドアノブを捻って扉を開け部屋へ入る。

 

「少しいいかな? 」

「いつでもご自由にお越し下さいませ」


 自分の隣に座るよう、ニコッと笑ってベッドの横を手で示す。

 だけど椅子をネサレテの前まで持っていき、正面で座った。


「嬉しいけれど、ちょっと真面目な話をしたいんだ。ごめんな」

「はい。何でしょうか? 」

「クロノスから聞いたのだけど、神の血イーコールを飲んだのは本当かい? 」

「はい。いただきました」

「それで……その……それは俺と一緒になるためかな? 」


 自意識過剰かと思ったのだけど、訊かずにはいられなかった。

 だって、人間じゃない存在になるんだ。

 迷いや不安はあっただろう。

 そういった感情を殺し、半神半人になってまでも俺と共に居ようと考えてくれたなら、彼女と真剣に向き合おうと思ったんだ。


「もちろん、同じ存在になって駿介様と共に生きたいという気持ちもありました。それと……強くなりたかったのです」

「強く? 」

「はい。私が生まれた時代の女性は、身分の高い女性でも生きるためには男性が必要でした。この時代のことはまったく判りませんでしたから、男性に頼らなくても強くあらねばと考えたのです。クロノス様は神の血イーコールを飲めば、神の力を持てると仰いました。ならば強くなれるのではと思ったのです」

「それでどうだい? 強くなれそうかい? 」

「……まだ判りません。でも、駿介様と同じになり、そして共にずっと暮らしていけそうと思っています。駿介様は私と一緒に暮らしていけそうですか? 」


 本題に入る覚悟を決めた。


「実はそのことを確認したくて話に来たんだ」

「何でも訊いて下さい」

「あの……その……俺はもう三十五歳で、ネサレテは二十歳くらいだろ? 歳が離れてるんだが……気にならないか? 」


 俺は俺なりにビビりながら話したのだが、ネサレテの反応は想像していたものとは違った。


「何か問題なのでしょうか? 私達は、年の差を気にしたことはありませんでした。年配の方がお選びになる愛人は通常若い娘を選んでおりました。配偶者じゃなくても愛人の地位を狙っていた娘は多かったですし、それは普通のことで特に意識したことはありません」

「古代ギリシャではそうかもしれないが、この時代では、年の差が大きいと価値観が異なるからと避けられやすいんだよ」

「同世代なら価値観が同じというわけではありませんから、気にしても仕方ありませんわ。それより一緒に生きていこうという気持があれば、お互いの違いを理解していけるのではないでしょうか? 」


 なるほど、ネサレテは知性も教養もあるということだが、この一月ひとつきちょっとの間に、現代の考え方も既に多少は身につけているということか。


「駿介様は、私に……その……生意気な言い方かもしれませんが……対等でいて欲しいのですか? 」

「ああ、そうなんだ。依存するところは依存していい。得意不得意もあるし、甘えたいときは甘えて良いと思うんだよ、お互いにね。でも、人としてはいつも対等で居て欲しいんだ」


 俺の目を見つめながら何かを考えている様子。

 一緒に生きていくからには、人として対等で居たい。

 古代ギリシャの感覚では、女は男に従属する存在だろう。

 だが、それは嫌なんだ。

 お互いを必要とし依存するところはしても、それはいい。

 でも従属するような関係だけは嫌なんだ。

 

「私にできるかどうか、今は判りませんが、駿介様がお望みならば、できるよう努めます」

 

 そう言って、照れたように微笑んだネサレテは俺にとって女神そのものだった。


「判った。今はまだ答えを出せない。だけど、前向きに考える。これからも宜しくな? 」


 ネサレテの手の甲に唇をあてて言う。

 すると、俺の頭を両手で軽く抱き、髪に唇をあて返してきた。


「私はずっと駿介様と共にあります。宜しくお願いします」


 彼女の胸が額にあたり、その柔らかさと、肌の香りが心地良かった。


 ――結婚はまだ考えられないけれど、ネサレテを大切にしよう。だって、この世で唯一人の、俺と同じ半神半人なのだからな。

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