新生活の始まり
start01
日本へ帰り、真っ先にしたことは退職だ。
いつゼウスから呼び出されるか判らない俺には会社勤めは無理。
長年勤めてきた、業界で大手とされている
とても有り難かったが、他にも早めに辞職する理由ができたのだ。
人間には無理なことと、昔、諦めた願いを叶えられると知った俺は、時間を
こちらには時間と空間を自由に操れるクロノスがいる。
未来へ行って、俺の力を確認してくれと言ったところ、神の力や運命に関わることは、例え未来へ行ったとしてもクロノスには判らないのだという。半神半人となった俺の未来へ行っても、俺の状況は見えないのだという。
神の未来を見通すことができるのは、預言の力を持った神だけで、その神でも自由には使えず、啓示が降りてきた時にだけ預言できるらしい。
ギガースの復活場所なども、そのせいで判らない。ギガースも地母神ガイアから生まれた、神の系列だかららしい。
とにかく、神に関係しないことなら、過去だろうと未来だろうと見えるというので、生活に必要な金銭は、株などの金融で稼ぐこととした。
そうズルだ。
汚い奴めと
株の変動を予測ではなく、結果を知った上で取引するのだから、いくらでも荒稼ぎできる。
明日以降の株の値動きを調べてくることなど、「造作もない」とクロノスは快く引き受けてくれた。
今はネット取引も簡単にできる。
実際、日本に戻って数日で、二百万円ほど稼いだ。もっと大きく儲けることは可能だったが、あまり不自然に儲けると何か問題が起きるかもしれないと、小心者の俺は、
月々一千万円の儲けでも不自然かもしれないが、ある計画を進めている俺にとっては必要な金額。だからこれくらいは何とか稼ぎたいので、俺の動きに気付いた方には「運がいい奴め」とスルーして欲しいものだ。
こんな感じで、経済的には余裕がもてそうだ。
で、まっとうに働かずに大金を稼ぐ必要がある理由はというと、クロノスの謝礼が問題なのだ。
「駿介の記憶にあった……おまえ好みの女を嫁候補として連れてきてやったぞ。無理矢理連れてきたわけじゃないぞ? ちゃんと説明もしたし、本人も同意済みだ」
そう言って過去から現世に連れてきた女性とは、古代ギリシャでフリュネという
ヘタイラとは高級娼婦のことで、王族や貴族などの高い身分の男性を相手していた娼婦のこと。美貌だけでなく知性や教養も高い女性だけが就けた職業だ。
いや、確かに、アテネに行ってギリシャ美人の素晴らしさに心が動いたよ?
それにネサレテには会ってみたいと思っていたし、実際に会ってみたらとんでもない美人で、世界一の美女と言われても信じるだろうし、一緒に居るだけで照れまくったさ。
でもな?
どう見ても、まだ二十歳前だろう?
いつの時点のネサレテを連れてきたんだって話だよ。
その時点ではそれなりに年齢もいっているはず。
若いネサレテを連れてきたら、歴史が変わってしまうだろう?
その辺考えて欲しいものだ。
そうクロノスに文句を言ったら、なんと、その辺も抜かりはないという。
「我がその程度のこと考えていないなどと思うおまえが失礼なのだ。ネサレテに背格好が似てる
「外見もそうだが、中身の方は……つまり知性と教養の方だが……」
「そこも知の神がサポートしてくれるよう手を打ってある。その程度のこと我にとっては暇つぶしにもならぬよ」
うーん、曲がりなりにも、一時期はゼウスと同じ絶対神だっただけはあるんだな。
では、ネサレテ本人はどうなのかと気になったので、知らない世界へ連れてこられて大丈夫かと確認する。
「神であるクロノス様のお話ですと、私は
……参った。
ややグレーが入ったブルーの、アーモンド型の魅惑的な瞳で見つめられ、やや厚めの紅い艶っぽい唇で「末永くお側に置いて下さいませ」なんて言われてしまうと、俺には抵抗できる力はなかったんだ。
クロノスは脅していないというし、本人も覚悟を決めて、現世に来ることを選んでいる。
あれ? ちょっと待て。
なんで俺はギリシャ語理解しているんだ?
アテネでも、通訳と英語に頼って過ごしていたんだが……。
不思議なこともあるものと、理由をクロノスに確認する。
「おまえは半分神なのだぞ? 人間の言葉など、どの言葉であろうと理解できるのは当然だろう。言葉自体は判る必要がないからな。話者の意思を読み取って理解しているのだ」
俺、本当に人間じゃなくなったんだな。
やっと実感湧いてきた。
クロノスの謝礼はとても嬉しいのだけど、ネサレテにこの現代世界を教えなきゃいけない事情が生まれた。他に頼る者が居ないのだから、俺が一つ一つ教えていかなければならないんだ。
そして俺は、美しい女性を放置したまま仕事できるような男じゃない。
い、一応、嫁候補だしな……。
これは仕方ないんだ。
世の男性諸君ならきっと俺の気持ちを理解してくれるに違いない。
リア充氏ねと
とにかく、このような事情で俺は退職を決めたのだ。
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