神々との遭遇
encounter01
以前から訪れてみたいと思っていた、アテネのパルテノン神殿へ来ている。
妻との離婚も成立し、これまでの手続きの諸々と仕事で疲れた気持ちと身体を、この地中海の青い海を身近に感じて癒やしたいんだ。
パルテノン神殿は、さすがに世界遺産指定された名所だけある。
神々しさ、荘厳さ、長い歴史に耐えてきた威容を感じる建築物だ。
だいぶ日も暮れているのに、ライトアップされていて、大勢の観光客がスマホやカメラで撮影する気持ちも判る。
静かに夕暮れ時を楽しもうと、観光客からは少し離れて、アテネの街を見下ろしている。
神殿から望むアテネの街には、古代ギリシャの香りがするように感じる。
けれど、どこにどこまで昔の面影が残っているのかは、浅い知識しか持たない俺には判らない。アテネのパルテノン神殿に居るというだけでこんな気持ちになっているのかもしれない。
でもいいのさ。
古代そのままじゃなくても、大昔の空気を感じられるような気がする。
今の俺は、その程度でも満足なんだ。
まだ暖かい海風を感じながら、
ふと、神殿の方へ目をやると、上空から光が射している。
雲間から地上へ、広がるように光が射しているというのではない。
宇宙から一筋の太い光が一直線にパルテノン神殿に向けて射している。
まるで太いレーザー光線が照射されているような強烈な光だ。
その様子に驚きあたりを見回すと、俺以外の誰も気付いていない。
パルテノン神殿へ、スマホや目を向けている人達も大勢居るのに誰も騒いでいない。
――俺にしか見えていない? あんなに強い光なのに?
幻覚だったかと心配になり神殿の方へ振り向くと、光はやはり射し続けている。
そのうえ神殿自体までもが光りはじめ、どんどん光が広がっているのに、誰も何の反応も見せずに、観光を楽しんでいた。
神殿の外まで光が広がり、俺の身体に触れると、脳内に声がする。
――我の声が聞える者はおらぬか?
太く低い威圧感ある声。
はっきりと聞き取れるけれど、諦め混じりの弱々しい声だ。
――誰ぞおらぬか……。
どうしようか少し悩んだが、好奇心から返事してみたくなった。
「聞えてるぞ……おまえは誰だ?」
周囲に聞えないよう、光から外れずに人の居ない場所へ歩きながらそっと
――おお、やっとか……何千年、この日を待ったことか……。我はクロノス。主神ゼウスの父であり、時間の神クロノスだ。
俺の声に応えたその声からは喜びを強く感じる。どれだけの年月呼びかけ続けてきたのか判らないが、本当に喜んでいるのが判る。
「クロノスというと、ティーターン族のクロノス、宇宙の深淵タルタロスに幽閉されたというクロノスか?」
うろ覚えの記憶から引き出した幾つかの知識で確認する。
――そうだ。我の声に応える者にやっと出会えた。……実はおまえに頼みがある。是非、聞き入れて欲しい。
「面倒なことじゃないだろうな? 自慢じゃないが、離婚したばかりでな? 誰かのために動こうなんて気分じゃ無いんだ」
先に断れるよう準備しとくのは、この場合当然だろう。
ギリシャ神話の神が実在するというのもまだ疑わしい。
今経験していることが俺の幻覚じゃない保証もない。
それに、この経験が事実だとしても、美しい女神の話なら積極的に聞いてもいいけど、ごっついおっさん神の話を聞くほど俺は暇じゃない。
いや、暇はあるんだけど、気が進まない。
男なら同じこと思うんじゃないか?
クロノスと言えば、権力の座を守ろうと、自分の子供達を殺そうとした神だ。
そんな神の願いなんか聞いて、もしゼウスに知られて睨まれたら大変だしな。
――そろそろ我が身を、タルタロスから解放するようゼウスに頼んでくれぬか?
「はあ? そんなことどうやったらできるというんだ? 手伝う気持もないし、俺にはできないことだろう」
――我の声が届いたおぬしにならできる。頼む。必ず礼はする。だから頼む!
脳に響く声から熱心さが伝わってくるよ。
参ったなあ……曲がりなりにも相手は神様だ。
それも、ゼウスの前は、神様達を束ねてた神。
俺の幻覚じゃなく本物の神で、ここで断って呪われたりでもしたら困る。
チッ、面倒だが仕方がない……。
「……じゃあ、頼むだけだぞ? それで断られても俺の責任じゃないからな? 」
――ああ、それで構わない。断られても、もちろん礼もする。それに、ゼウスが解放してくれたなら、おぬしが生きている間は我の力を全て貸そう。
神の力を借りられるというのは美味しい話かもしれんな。
少しは手伝ってやろうという気になった。
現金な奴だと言われても良いさ。
労働には対価が必要だからな。
「……判った。じゃあ、まず何をすればいいんだ? 」
――ゼウス神殿へ行き、ゼウスを呼べば良い。
「今これからか? 」
――頼む! この出会いに心から感謝している。
いや、感謝すると言われても、成功するとは限らないんだからな。
必死な感情が伝わってきて、土下座するおっさんの姿が脳内に浮かび哀愁を感じた。
俺も三十五歳、中年に差し掛かる
妻と別れたばかりの寂しいおっさんだ。
同じおっさんがこうまで頼んでるのだから、少しくらいなら協力してもいいさ。
「判った」
俺はそう返事してゼウス神殿へ向かった。
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