ゴーストタウン、かく生まれり

 活動停止した根っこを観察する。まごう事なき根っこだった。それ以上でも以下でもない。まったく不思議でない。超自然的でなくまったく自然なものだった。もっと、こう、魔物的な何かがあると思ったのだけれどそんなこともなく、禍々しさも感じない。森は漂白される一方だった。根っこ一本止めたところでたいした抑止力にはならなそうである。

 しかし、この襲ってきたモンスターが木の根っこであるということがわかった以上、この森の中心にあって消滅しないあの一本の大木を調べないわけにはいかなかった。不自然に不気味なまでに育った一本の木。近づくにつれてその異質さはどんどんと際立っていった。イトキリバサミで適当に根っこを活動停止させ、ようやく大木の目の前にたどり着いた。相変わらず森は漂白され、空白が広がっていく。

 さて、あの根っこを見てしまった以上、この木が純粋にただの木であるかどうかは疑わしいが、間違いなく、一つの生物であることはわかる。遠くからではうかがい知れなかったが、こうして大木に近づくと、なるほどたくさんの枝に分かれていることがわかった。この枝がすべて一つの木につながっているのか、それは木がつくった複雑きわまる迷路を解かねばならないのだが、そんなことをしている余裕はない。こうして木を観察しているあいだにも根っこは依然として僕に襲いかかってきていた。小さいイトキリバサミで対応するのは骨が折れる。さて、どうしてか僕に襲いかかってくるこの根っこだが、他の動物や魔物は見事に逃げおおせたのだろうか。僕とすれ違ったあの大量の魔物と動物たちはこの木から逃げていたのだろう。この木が危険だと察知して。あるいは何匹か殺されたのかもしれないが。しかし、その割には死体を見かけない。来た道には血一滴もたれていなかった。木と同じように殺されるとそのまま消滅するのかもしれない。血諸共。

 試してみたいという気持ちが頭をもたげた。別に確かめる必要なんて皆無なんだけれど、しかしこのまま根が範囲を広げ続けたとしたらそのうち人里に突き当たる。そうなったときにどうなるかのモデルケースとして一度くらい試してみてもいいんじゃないだろうか。なんて、そんなもっともらしいことを言ったって結局ただの好奇心だ。野次馬根性だ。

 「curiosity killed the cat」なんて言葉があるように過剰な好奇心は危険なものだが、猫は魂を九つしか持っていないのに対して僕は魂を無限に持っているのだ。死んでも死にきれない僕なのだから好奇心程度には殺されない。

攻撃してきた根っこのほとんどを活動停止に追い込んだ頃、大木に巻き付いていた枝が僕めがけて伸びてきた。僕はそれを躱さなかった。なんで枝が急に攻撃してきたのかはわからないが、まあ、どうでもいいか。妙に堅い枝が僕の体を貫いた。痛みは感じなかった。感じなくなってしまっていた。元々危険信号としての役割を負っていた痛覚は、死なないことを脳が把握してから一切働かなくなった。


(ああ、これは死ぬな)


 そう直観した。伊達に死になれていなかった。血液が大量に体外に流れ出る。脈々と。意識が遠のく。目を閉じたのか、それとも脳の情報処理が視覚にまで回らなくなったのかはわからないが、目の前が暗くなった。暗転。


◆◆◆◆◆


 生き返った。体を貫いた枝はすでに抜けていた。流れ出た血液は地面に一滴も残っておらず、着ていた服もなくなっている。今度はその辺のしたいからかっぱらうわけにも行かない(というか、その辺に死体が転がっている状態の方がまれだ)ので、しばらく裸で行動することになった。ヒッピーになった荒野を歩きたい気分だったからちょうどいい。嘘だけど。


 さて。これからどうしたものだろうか。逃げ惑う魔物と動物によって街は大荒れだろうし、戻りづらい気がする。いや、だからこそ、そんな状況だからこそ、僕は人間に追われずにいられるんじゃないだろうか。いったん街に戻って服の調達をしよう。こんな状況に対処するためにも上下5・6着くらいはほしいところだ。こちらの世界に来てからというもの倫理観は堕落していく一方だった。いや、奴隷になってからか。あるいは餓死してからか。そんなわけで、僕は意気揚々と服の調達のために街へと戻った。全裸で。


 大木につながっていた道はもうすでに無くなっていた。道を形成していた木は消え失せ、来たときには見えなかった砦がハッキリと見えていた。魔物・動物の群れは街の中に入っていったようで、砦の周りの地面は妙にでこぼこしていた。

 誰かが強引にこじ開けたとみられる門をくぐるとそこには見慣れない街並みが広がっていた。できたての廃墟が立ち並ぶゴーストタウンである。見渡す限りの廃墟、廃虚、廃居。どうやら魔物と動物がひとしきり暴れたあと、あの魔の根っこ魔手ならぬ魔根がこの街にも襲来したようである。かなり素早く根を広げているらしい。


 まあでも、ゴーストタウンになってくれて助かった。混乱に乗じて盗むよりもむしろ楽な状況だ。誰もいない状態から持って行くのは気分的には買い物と対して変わらないように思える。財布の中身を気にしなくてもいい買い物。こんなに落ち着いた時間はこっちの世界に来てから無かったのでいいリフレッシュになるだろう。

 たまに根が攻撃してくるが、それももうすっかりなれてしまって視界の端に捕らえていればあらかた対応できるようになってしまっていた。そもそも僕が自殺をしたのは繰り返しに堪えられなくなったからであって、今のこの状況も好ましいものじゃない。今度は死にたくても死ねないのだ。なるべく飽きないように行動しなければならない。この世に飽きて尚生き続けるのはさぞ苦痛だろう。痛みは現状感じなくなったが、苦痛は感じるのだ。これもそのうち感じなくなるのだろうか。生き返ることに適応して、呼応して、なれきって、つまらないと言いながら生き続ける。地獄よりも地獄らしい。何なら地獄の方が楽しそうだ。どうせ生き返るんだったら輪廻転生的に別の人物、動物にしてくれればよかったのに。


 服を上下一式着込んで、残りのいいと思った服は《収納》にしまった。


 ゴーストタウンを一望して、そういえば白波さんは元気だろうかとふと思った。ここにいたってようやくこちらの世界で知り合った人々に思いをはせる余裕が出てきた。受付のお姉さんは元気だろうか。名前忘れちゃったけど。何だっけ。思い出せない。このたまにおそってくる根っこはどこまで広がるのだろうか。あの街の人は割といい人が多かったからな。助かってくれるといいんだけれど。助けに行こうか。いや、でも、途中できっと飽きるよな。人助けブームが終わったらあの人たちの絶望した顔を眺める以外にすることがなくなってしまう。それはなんか、今現時点ではおぞましいとしか思えない。最後まで責任が持てない人間が人助けなんておこがましいか。


 まあ、でもそうだな。僕もあの街にはお世話になったものだし、陣中見舞いくらいはしてもいいかもしれない。様子をうかがうだけ伺おうか。それに拠点がほしいというのもある。このままゴーストタウンで暮らしてもいいのだけれど、変化をもたらしてくれる存在がいない以上、こんな街、三日も待たずに飽きるだろう。それなら、まだ放浪した方が楽しいかもしれない。


 そうと決まれば善は急げだ。思い立ったが吉日。いや、日なんて単位じゃ生ぬるい。思い立ったが吉時。僕はすぐさま行動に移した。


◆◆◆◆◆


 そうはいっても旅には物資が必要だ。この街から白波さんのいるあの街までどう行っても三日はかかる。三日分の食料を手に入れなければ。

 ゴーストタウンになったと言ってもそれはつい最近の話で、少なくともここ一日以内まではこの街にも人が住んでいた。それに、料理人もいたのである。だから、まだ腐っていない食材がこの街のどこかにはあるはずなのだ。あの木の養分になっていない限り。


 料理屋は意外と簡単に見つかった。そもそも服屋のある場所というのは数々の店が建ち並ぶ通り沿いであり、その並びに、きっとこうなる前はすてきなレストランだっただろう建物があった。なんとなく、コース料理が出てきそうな、そんな店。

 扉にかかっているプレートは営業中になっていた。根っこがここに来たとき、店は営業中だったらしい。いや、それよりも前にこの街にはあの群れが到来していたはずなので、もうすでに営業はできていなかっただろう。扉を開け、中の様子をうかがうと、店の中は外観よりも荒れ果てている。テーブルも椅子も見事にぼろぼろだ。およそレストランとは思えない内装になっていたが、床にメニュー表が散乱しており、それだけがこの場所がかつてレストランだったことを思わせるのだった。


 僕はなるべくこれ以上この場所を荒らさないように店の奥に進む。目指すは厨房だ。厨房とホールのあいだに扉はなく、布の仕切りがあるだけだった。それを手でかき分けて厨房に侵入する。

 厨房の中は尚ひどかった。フライパンや食器が散乱している。食料は絶望的だった。手際の悪い空き巣跡のようである。

 僕はホールに戻った。テーブルと椅子の破片をどかして場所をつくるとそこに座り込む。


「さてさて、どうしたものかな」


 久しぶりに出した声はかれていた。まあ、そんなことはたいした問題じゃない。どうやって食料を調達するかが問題だ。僕はそのまま体勢を後ろに倒して寝転がる。面倒くさいことになった。

 しかし、方法がないわけじゃない。三日かかると言っても三日間まるまる歩き続けるわけじゃない。睡眠時間もとる。だからその間、死んでいればいい。そういう仕組みかは知らないが死ねば空腹状態は解消される。今までの経験からすると、そうだった。それに現地調達できる可能性も零じゃない。


 自殺行軍をしようじゃないか。一人だけど。とりあえず、取るものも取り敢えず、押っ取り刀で向かおうじゃないか。根っこよりも早くあの街にたどり着ける自信は無いが、それでもかまわない。参加することに意義がある。いや、行動することに意義があるのだ。

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自殺志願者は生きている 板本悟 @occultscience1687

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