木々怪々

 朝になった。ドロドロの服さえ考慮に入れなければ爽やかな朝だ。影送りができそうなくらいにいい天気である。今日は絶好のお出かけ日和になりそうです、と朝のお天気お姉さんだったら言うだろう。僕はずっとお出かけ中だけれど。

 伸びをして凝り固まった体と服をほぐしていく。血は乾いて淡い赤黒色になっている。朝食よりもまずは金儲けに行かなきゃいけないな。金を稼いで、服を買って、朝飯食べて、また働かなきゃ。一足先に大人になった気分だぜ。いや、こうして満足な生活ができていない以上、大人とも言えないか。元の世界ではモラトリアム真っ最中だったしなあ。たった一週間程度なのに平穏で退屈な日常が懐かしい。死に彩られた刺激的な生活よりは平穏で退屈な日常の方がマシだったな。多少の痛みに慣れ始めてきている自分が恐ろしい。痛みに対して何も感じないって、マゾヒストを超越しちゃったんじゃないの?超マゾヒスト。嫌な響きだ。うん。


 ギルドを探し探し歩いていると、早々に服屋を見つけた。まだ買う金がないので入れないが、ぼーっと眺めると店員さんに怪訝な顔をされてしまった。いや、もっと危ない人を見る目だったかもしれない。

 この街でも使われているのは日本語のようだ。いったい日本とどういう関係にあるのか調査をしたいところではあるが、それも生活が安定しないと難しいだろう。なぜかお金の単位だけ日本円と違うというのも謎である。統一するのならそこまで統一してくれればいいのに。貨幣の価値もイマイチわからん。ゲームみたいにゴールドって単位なら楽なのに。いや、実際に一万ゴールド払えって言われたらそれはそれで面倒か。精算がかなりアバウトになりそうだ。一枚一枚数えたらそれだけで日が暮れてしまう。元の世界の通貨って優秀だったんだなあ。わかりやすくてよかった。いや、ただまだ慣れていないだけなのだろう。きっと、一、二ヶ月経てば慣れてしまうに違いない。なんたってまだ若いし。


 同じところを何度もぐるぐると回り、同じようなところを何度も通ってようやくギルドにたどり着いた。


「おい!見つかったか⁉︎」

「いいえ!対象はまだ姿を現していません!」

「見つけ次第捕縛しろ!決して殺すな!捕まえろ!」


 ギルドの前には何やら物々しい雰囲気で慌ただしく動く鎧を着込んだ兵士たちとその様子を眺める野次馬がいた。一体何があったのだろうか。


「何があったかわかります?」


 なんとなく近くにいた野次馬の一人に聞いてみる。


「人殺しだってさ。貴族様が懇意にされている商人が殺されたそうだよ」

「へ、へえ」


 もしかしなくても追われているのは僕なのではないだろうか?


「それよりお前、その怪我大丈夫か?医者呼ぶか?その辺りの兵士に頼めば多分」

「いっ、いや、大丈夫だ。ツバつけておけば治る」

「ちょっと呼んでくるわ。待ってろよ」


 もしかして犯人だと思われたのだろうか。完全に善意の人なのかそれとも勘付いたのかはわからないが僕はその場を離れた。一目散に走り去った。


 さて、完全に予定が狂ってしまった。予定どころか人生が狂ってしまったと言っても過言ではない。


 とはいえ、初めてきたこの町の地形をそこまで理解しているわけではないので逃げるにしたって慎重になる。わかっているのはこの町は円形であり、円を描く曲線はイコールで砦であるということくらいだ。つまり、この町から出るためにはその砦、関所、関門、なんでもいいけれど、門をくぐらなければならないということである。身分証明書は持っているが使えないと見ていいだろう。顔もなるべく見せないように心がけなければならない。


 ギルドからひたすら一直線に走った。たとえどこであろうと、一直線に走れば必ず円形の端にぶつかるはずだからである。闇雲に曲がるよりはいいだろうと判断した。これがいい判断だったのか悪い判断だったのかはわからないが、僕は兵士に会うことなく町の端に到達したのだった。


 ここまで順調に来れたのはいいが、ここからどうしようか。砦と表現する程度には高さがあるのでよじ登ることもできない。門には当然門兵がいて検問が常にある。ちょうどいいタイミングで馬車でも通ればいいんだけど、そうそう都合よく物事は動かないよな。だとすれば、これしかないだろう。


 僕は門に向かって走った。強行突破。作戦にもなっていないような作戦である。そもそも計画的に動ける人間じゃないんだよ、僕は。もうほんと、ラノベとか漫画の登場人物頭良すぎるんだよな。瞬間的に思いついた打開策がうまくいくとか本当に羨ましい。便利な特殊能力とか天才的な頭脳とか神がかった運動能力とか、そんなもの持って生まれるの、本当に羨ましい。最初恵まれないふりをしてたって、結局仲間は増えていくし、実は血統書付きの天才だったりするんだぜ、あいつら。友情、努力、勝利とか言いやがって。友情も努力も勝利も才能が大前提にあるんだって。あの主人公ども、全員死ね!そう思いながら閂を開けて門を蹴り開ける。門兵が叫びながらこちらに向かってくるのが見える。めんどくせえ。僕は大鎌を手に取る。

 横薙ぎ一閃。近づいてくる兵を数人まとめてぶった切った。血がはね飛ぶ。肉を断つのは慣れてきたな。今まで切る対象は狼系統が多かったが人でもあまり関係ない。感慨ない。正直もう商人を殺した時点で色々どうでもよくなってしまった。

 大鎌で切られた門兵の中で不運にも生き残った一人の兵士が僕の足元で喚いている。絶叫している。うるさいなぁ。うる星やつらだ。一人だけど。

 僕は喚く門兵の胴体を足で押さえつけ、首に鎌を当てそのまま引き裂いた。うん。静かになった。

 遠くから兵士の援軍が馬を走らせこちらに向かってくる。今更今から走って逃げてもどうせ追いつかれるな。殺すか。手で持つには重い鎌を肩で支えて兵士が近づいてくるのを待つ。


「テーッ!」


 先頭を走っている馬に乗っている兵士が急に叫んだ。手?どういう意味かはよく分からない。どこか痛かったのだろうか。

 意味はその数秒後にわかった。叫び声を合図に後ろの兵士たちは弓に矢をつがえ構えて流れるままに山なりに発射した。

 どうやらあの叫び声は「射てーっ」だったらしい。体育会系的略し方みたいなものなのだろうか。「お願いします」を「シャッス」て言うような感じ。

 それはまあいいとして、十数本の矢が一斉にこちらに向かってくる。矢同士がぶつかることなくこちらに向かってくる様はなかなかに壮観だった。だけどなあ。タイミングをずらして射つならまだしも纏まってひとかたまりに飛んで来てるからなあ。簡単に対処できちゃうな。

 僕は近づいてくる矢を纏めて大鎌で薙ぎ払った。馬の駆ける音がどんどんと近づいてきている。どうやら近づくための時間稼ぎのつもりだったらしい。間合いを詰められたとはいえそこまで影響はない。むしろ遠くから弓でチクチクと攻撃される方が嫌だった。馬に轢かれるのは惨めな感じがするから遠慮したいが、馬というのは先端恐怖症らしいので鎌を構えておけば大丈夫だろう。鎌だけに。

 兵士たちが馬から降りている間に門からまた少し距離を取る。鎌、大鎌という武器の性質上、あまり近寄られるのはよろしくない。死んでも死に切れない僕なのだが、積極的に死にたいとは思っていても積極的に殺されたいとは思っていない。自由を謳歌したい気持ちも十分にある。

 馬から降りた兵士と適切に間合いを取りつつどうやって相手を殺すかの算段をつける。よし、行き当たりばったりだ。作戦なんて性に合わない。

 僕は相手一団に真っ直ぐ突っ込んでいく。大鎌のおかげでそこまで早く走れないが、そこまで距離を開けていたわけでもない。一番近くにいる兵士から横薙ぎに切っていった。断末魔が絶え間なく耳をつんざく。黙って死んでくれないかなあ。なんて呑気なことを考えていたからいけなかったのかもしれない。武術の達人ってわけでもないから仕方がないかもしれないけれど、それでも不注意だった。

 脚に鈍い痛みが走ると共にブチっと服と筋繊維が引き裂かれる音がした。音の方はほとんど知覚しなかった。多分、音がしたという表現の方が正しい。脚を振り回すと脚に狼的な魔物が引っ付いていた。そんなに必死にくっつかなくても殺してやるのに。僕は一旦兵士への攻撃を中断して脚を噛んで離さない狼型の魔物の首を掻き切った。

 兵士はその隙をついて攻めてこなかった。魔物は噛み付いた一匹ではなかったのである。前のように狼の群れというわけではない。狼だけではなく他の種族の魔物や普通の動物も混ざっている。その数およそ、およそ……。数えたくない。だいたいこの群衆がどこまで続いているのかわからない。

 ただ、これがチャンスであることは間違いない。自分に剣を突き刺して傷を治すと僕は魔物の群れに正面から向かっていった。魔物から逃げても意味はない。殺す方が簡単だ。兵士から逃げるのにちょうどいい壁になってくれることを願おう。


◆◆◆◆◆


 魔物の波を抜けるとそこには白があった。白というか、空白である。鬱蒼と生い茂っていた木々はある地点を境に一つもなくなっており、広大な荒地が広がっている。ゴルフ場建設予定地のようである。いや、一つもないというのは語弊があった。一本だけ木があった。紅々とした木。この木なんの木の木みたいな大木とも言うべき大きな木。

 ある地点は動点Pとして毎秒木一本分のペースで進み続けている。木が枯れるのではなく、木が消滅していっている。途中の過程として枯れてはいるが、最終的には消滅している。最初からそこに何もなかったかのように消えていく。動点Pが森の端まで辿り着くのにはまだ数日はかかるだろうが、それでも時間の問題だろう。ゆっくりではあるが確実に着実に進んでいる。

 動点Pが僕に近づいてきた時、ようやく異変に気がついた。足元が妙にグラつくのである。外に出ていると地震に気がつかないものだとよくいわれるが、だとするならばこの揺れは地震ではないのか?

 目の前の木が消滅した直後、僕の目の前に大きな蛇が現れた。僕は咄嗟に手に持っていた大鎌で切り裂く。地面から急に飛び出してきたそれは血を流さなかった。蛇というのは勘違いで木の根っこだったようだ。切り裂いた木の根っこが繋がり、僕の上半身を貫くように真っ直ぐ伸びてくる。根っこはどんどんと成長しているようだ。僕はもう一度根っこを大鎌で切り裂いた。木の根っこと農具はなんとなく相性がいい気がしたのだが、気のせいだったようだ。何度切り裂いたところで根っこはくっつき、成長して僕を貫きにくる。まるで一つの意識を持った動物のようだ。


 結局、イトキリバサミで根っこを切って、根っことしての活動を強制的に停止させた。

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