人間は食物連鎖のどこにいるのか

 調べてみると割と簡単にマップを開くことができた。なぜなら、証明証にマップというボタンが付いていたからだ。例の粒子の集合体によってボタンは形成されていた。僕は証明証から粒子を指で掬って、僕の近くに浮いている粒子に近づけた。一体どういうテクノロジーなのかあるいはマジックなのかわからないが、粒子は混ざり合い、僕のステータスの方にマップの機能が追加された。マップを開いてみると現在いる街、今更知ったがラバラハの街というらしい、の近郊の街までの道が示されている。この世界には魔物が普通にいるため、街と街の間にほとんど家や宿がない。つまり、次の街まで野宿が続く。これは現代人にとってはきつい。ベンチも段ボールもテントもない魔物はあるホームレス生活である。ホームレス高校生だ。あるいはもっと格好つけて高校生バックパッカーと言ってもいいかもしれない。

 街で必要なものを買って門をくぐり砦の外を意気揚々と隣の街までの道を歩いた。で、夜。いま、猛烈に困っている。まず、火が起こせない。食べ物はあるが暗くて食べにくい。寝床の確保もできない。今のところ魔物には遭っていないがあいつら夜行性かもしれないし。進むも止まるも引くも死の影が付き纏う。怪我をしても《超回復》で治るかもしれないが、それだってまだなんの確証もない。どんな条件で発揮するのかもわかっていない。あはは。いやはや全く。まるで普通の人間じゃないか。自殺なんて馬鹿なことを試みた人間とは思えない。死ぬのが怖いなんて、傷つくのが怖いなんて、今更だろう?どうせ僕は、一度死んでいるんだから。二度目だって変わらない。白波さんにあって人の温もりを感じたか?全くくだらない。

 一体どういう仕組みなのか、粒子は闇に飲まれずよく見える。ただし、発光しているわけではないようで周囲を明るく照らすことはない。地図を見て、自分の位置を確認する。と言っても夕方から一歩も動いていないのだから今更どこにいるかなんか分かりきっている。とりあえず、今夜はもう寝よう。何をするにもままならないのだ。歩いてたって止まってたって同じなら止まって休んでた方がマシに思える。


◆◆◆◆◆


 目を覚ますと、太陽が見えた。太陽の位置から推察するに日の出からすでに数時間は経過したようだ。寝坊というほど寝坊ではない。予定の範疇だ。身体を起こして意識が覚醒するのを待つ。このタイミングで服の袖がなくなっていることに気がついた。ワイルドなノースリーブになっている。慌てて身体をひねり他の洋服も見てみると、ところどころ同じようにワイルドに引きちぎられている。横たわっていたところを見ると自分の体に沿って血が広がっていた。服についた血が乾いて黒ずんでおり、オオカミ一匹が僕に添い寝するように死んでいる。どうやら僕の服を食いちぎったのはこいつのようだ。さて、このオオカミは一体なぜ死んでいるのだろうか。ここは道の外れだ。たまたまここを通る人間はそうそう多くないだろう。つまり、誰かに助けてもらった確率というのはそんなに高くない。

 仮説の一、僕は実は酔拳ならぬ睡拳の使い手で眠っている間にひとりでにオオカミを倒した。

 仮説の二、僕が完全に起きている状態でオオカミを倒したがなんらかの原因で忘れている。

 仮説の三、なんらかのスキルの効果によって倒した。


 少なくとも、腕を持っていかれたのは間違いない。オオカミが服だけを食いちぎったのなら血なんか一滴もでないはずなのだから。服がちぎれている部分はオオカミにやられたとみていいはずだ。これだけ多くの場所を食いちぎられたら流石に寝てても起きそうなものだ。つまり、仮説の一の可能性は低いか?仮説の二についてはなんとも言えない。あるかもしれないが、うん。いっそのこと一度死んでみようか、と考える。《自殺志願》というスキルの名称の意味もきっとわかるだろう。死ぬのなら、自分の手で確実に。

 僕は《収納》から剣を取り出すと自分の首に押し当てた。一度、深呼吸をする。吐く息が少し震えたのはきっと気のせいだ。もう一度大きく息を吸うと、目を強く瞑り手を左から右に動かした。どうよ、これで確実に死んだろ?


 結果から言えば、僕は死ななかった。いや、一度死んで生き返ったというべきだ。あれは確実に死んでいた。喉を掻き切って死なないのは人間じゃない。生き返るのは人間なのかと言われると、そうでないと答えるしかないのだけれど。血溜まりは新たに一つできていた。まだ乾いていないことから死んでからそれほど時間が経っていないことがわかる。とりあえず、移動しないと。予定よりも少し遅れているし、血を撒きすぎた。魔物や獣が集まってくる。


 果たして今回のこれは、《超回復》なのだろうか。回復とはまた違うような気がする。なら、《自殺志願》か?いや、でもこれは自殺に失敗しているではないか。自分が何かを志願するとき、何かを望むとき、何かがしたいとき、そのことについて自分は何を望むだろうか。結果?過程?結果、失敗している。過程、そもそも自殺に過程なんてほとんどない。ならきっとその段階じゃない、もっと前段階か?スキル。技術。魔法。夢の力。自分の望む夢の力?自分は何を望む?自殺をしたい。あの時はそう思っていた。自殺に失敗した。いや、成功したが、別の世界に送られた。自殺をしたい。自殺をしたい。失敗しても何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。自殺を繰り返すための力?望んだことを繰り返すための、力。きっとこの解釈で間違いないはずだ。こう考えれば、まだ納得できる。


 気づいたときには既に日が高く照っていた。元の世界と違って蒸し暑くないことがせめてもの救いだな。何とはなしに歩き続けていると遠くに馬車が止まっているのが見えた。馬車の周りに人が群がっている。盗賊、というやつなのだろうか。僕はそのまま歩き続ける。ここは一本道なので前か後ろに進むしかない。ここまで来て後ろに進むのは後のことを考えると気が滅入る。近づいてみると、状況に違和感を覚えた。馬車の周りの群衆にいくつかの層があることに気がついたのだ。第一層、貴族然とした人。第二層、護衛然とした人。第三層、盗賊然とした人。第四層、魔物然とした魔物。ってか、最後のただの魔物だ。どういう状況?

 僕は近づいて手を上げながら声をかける。


「この状況を説明できるひとー?」


 釣られて手をあげる人がいなければ状況を説明しようと手をあげる人もいなかった。えー?どうしよう。捕物はしたことがないんだよな。かといって魔物を倒したこともない。貴族を倒せばそれはそれで色々と終わるし、護衛を倒してもあまり意味がない。

 とりあえず、魔物潰しかな。大鎌使ってみたいし。僕は《収納》から大鎌を手に取る。身の丈ほどの大鎌は持っているのも大変なくらいに重い。試しに一度横薙ぎに振ってみるけれど、振るというよりかは振られるような感じがする。自分を中心に鎌が回るのではなく、鎌を中心に自分が回っている。まだ使うには筋力が足りないようだ。大人しく剣を使おう。《収納》で大鎌と剣を交換し、魔物の群れに突っ込む。それと同時に盗賊は護衛に突っ込んでいった。え?盗賊の味方をしたみたいになっちゃってるんだけど。なんて後ろを向いたものだからオオカミみたいな魔物に利き腕を引きちぎられた。剣がカランと音を立てて地面に落ちる。僕の腕は美味しいのだろうか。これで二本目だ。右腕が治る気配はないな。《超回復》は《超回復》でなんらかの条件があるのだろう。が、ぼんやりとした意識で考えることじゃないな。ぼんやりとした意識と一部の危険信号が脳の活動を埋め尽くす。僕は左手で剣を拾い上げる。イタッ。別のところに激しい痛みを感じてても痛みって感じるんだな。ぼーっとしていたからか剣の刃の部分を握ってしまったらしい。左手を開くと血がべったりとついていた。が、逆に言えばそれ以外いうことがなかった。傷ひとつ付いていない。僕は利き手で剣を拾い上げる。オオカミがこちらに突進してくる。一直線なその動きは戦いに不慣れな僕にも読むことができた。僕はそのまま自分の両手でオオカミを叩き斬る。この世界に来て初めて生き物を殺した瞬間だった。

 ここで一息ついたのがまずかった。盗賊たちが動きを止めるだけの魔物なのだ。当然一頭だけのわけがない。むしろ一頭殺したことで他の魔物全てがこちらに向かって突進してくる。僕は武器を大鎌に持ち替えて、射程内に多くのオオカミが入ったタイミングで横薙ぎに大鎌を振り回す。が、ここでミスが重なった。そのいくつかのミスがそのままのその意味で、命取りだった。一つ、攻撃範囲を広げるための大鎌は僕と盗賊の間に溝を作った。一つ、盗賊が護衛に捕まったことによりさらにその溝は広がった。一つ、前にオオカミが複数いたことで背後に回ったオオカミに気がつかなかった。一つ、大鎌での攻撃は前の敵を対象にしたもので背後への攻撃は意識していなかった。だから僕は後ろからのオオカミの攻撃を避けられなかった。気がついたのは噛まれた後だった。グッとくぐもった声が漏れる。叫ぼうとしたが声が出ない。ここでとっさに剣に持ち帰られるほど戦いに慣れていない。片足を失ってバランスを崩し、倒れた。護衛の一人がこちらに向かってくるが間に合わないだろうな。いや、もしかしたら盗賊の一味だと思われてるのかもしれない。オオカミが腹のあたりを貪る。

 なるほど、喰われるってのはこういう気分なのか。死にそうなくらい最低の気分だ。

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