一介の高校生には限界がある

「はいっ、更新完了です。おめでとうございます」


 前の話と繋がらない会話文から始まってしまって非常に申し訳ない限りだが、僕はこの度Dランクに昇格した。目標があまりにもあっさりと達成されてしまって拍子抜けもいいところである。話的にも全く面白くないだろう。

 苦労なき成長ほど見ていて興ざめなものはない。天才がただひたすらに天才として生きている話なんて面白くないだろう。共感もしなければ感動もしない。ハラハラドキドキの展開なんてまるでない。天才がただ天才ゆえに生き残る話なんて面白くない。結末が分かりきっている話をわざわざ読もうと思う人なんてそういない。

 つまり、主人公はほどほどにダメなやつが向いているということだ。誰みたいにとは言わないけれど。

 だから、今回のこの展開は正直どうかと思う。もう少し時間をかけてゆっくり必死に頑張ることも必要なんじゃないかと僕は思うわけだ。


 まあ、ストーリー上の不満を言っても仕方がないので、とりあえず事情を話そう。なぜこんなに急にランクアップの話になったのか、だ。


 昨日、イトキリバサミを手に入れた後、僕はギルドに行った。受けた依頼をキャンセルするためだ。


「え?依頼のキャンセルですか?はい。現段階ではできますよ」

「では、お願いします」


 そう頼むと受付のお姉さんは依頼書を破いた。


「え?……えっと、いいんですか?」

「何がですか?」

「いや、その……破いてしまっても」


 シュレッダーにかけたよりかは荒く仕上がっているがそれでも復元はもう不可能だろう。


「はい。もう使いませんから」

「依頼者に怒られませんか?」

「大丈夫です。これはギルドが出しているものですから」


 ギルドから依頼が出ている場合もあるのか。それは知らなかった。けれどやっぱり破く意味はないのでは?

 まあ、それはいいとして。


「えっと、それでゴブリンを倒してきたんですけど、今から依頼を受注してゴブリンを見せれば依頼達成になりますかね?」

「ええ、大丈夫ですよ。Eランクの『ゴブリン五体の討伐』でいいんですよね?」


 そう言って受付のお姉さんはリクエストボードからその依頼書を取ってきてくれた。


「では、こちらの依頼の受注処理を致します」

「よろしくお願いします」


 受付のお姉さんに証明書を渡すと依頼受注処理を始めてくれた。


「次にゴブリンの確認をさせていただきます。今、出してもらうことはできますか?」

「はい。ちょっと待ってください」


 僕は謎の粒子に触れて《収納》を起動する。

 この《収納》の中は時間が動かないらしく、入れたものの温度も質も全く変わらない。昼間に入れたゴブリンの死骸も腐らず保管されている。

 カウンターの上に出すと迷惑だろうとカウンターの横に取り出す。


「確認できました。ありがとうございます」


 しまっていいですよ、と言われたので再度謎の粒子に触れて収める。


「では、依頼完了の処理を行います。ゴブリンの死骸は左手にあります鑑定に持っていくことをお勧めします」

「はい。わかりました」


 そしてここで冒頭に戻る。案外短く収まったな。


「Dランクになりますと、依頼のキャンセルはできなくなりますのでお気をつけください」


 今回のことはEランクだからこそなのか。よかった、まだEランクで。でもこれから不安だなあ。けれど、いつまでも白波さんのお世話になるわけにもいかないし街を出るのも考える必要があるな。


「わかりました」


 今日何度目かのわかりました、とありがとうございます、を言って僕は鑑定士にゴブリンの死骸を見せた。


「そうだな。解体していないからその分値段を引くことになるが、状態もいいしそこそこの値段で買い取ってやれそうだ」

「ありがとうございます」

「いやいや、このギルドでは恒例なんだ。お前、Dランクに上がったんだろう?」

「はい」


 詳しく聞くにゴブリンは基本的にEランクの人しか狩らないようだ。本来なら全く稼ぎにならないところを初めて依頼をこなしたという記念的価値を付加して高めに値段をつけるのが風習らしい。ちなみに薬草も同様にEランクの人が持ってきたものに関してはできるだけ高く買い取るそうだ。


 結局、大卒の初任給くらいのお金を手に入れた。そこから税金を引かれたりはしないのでそのまま手取りとなる。


◆◆◆◆◆


 急に懐が暖かくなってしまったが、特にこれといって買わなければならないものもない。そもそも、この街に来てからというもの買い物を終ぞしてこなかったので、何を買っていいのかもよくわからない。とりあえず、白波さんに今までのことの御礼として何か買っていったほうがいいのは確かである。しかし、こういう時って何を買えばいいんだろう。

 そば?それは、あれか、引越しか。

 お菓子かな?なるべく残らないものの方が軽くていい気がする。いや、軽くていいのか?

 それじゃあ、酒か?酒なのか!大人って、酒、飲むでしょう?偏見だけど。いや、そもそも買えないか。買えないな。

 いや、まあ、とりあえずなんかデパートみたいなところを探そうか。何でもあります、みたいな店。そこで色々見てから決めた方がいい気がする。選択肢は少ないに越したことはないけれど、今のままだと少なすぎる。それにデパートみたいなところだとインフォメーションスタッフ?みたいな人に相談できるし。って色々と曖昧すぎるけれど。

 そもそも、この街にデパートってあるんだろうか。今こそ出番だインフォメーションスタッフ。あなたの働いている職場を僕に紹介してくれ。本当に。

 何て頭の中で勝手にインフォメーションスタッフの方を作り出して相談していた僕だったが見知った(本当に見知っているだけの)顔を見かけたので声をかけることにした。あわよくば情報を引き出してやるぜ。


「こんにちは、えっと……。誰さんでしたっけ?」


 金髪碧眼でいかにも王子って感じの見た目をしている青年は話しかけてきた僕を見て呆れた顔をする。

 いや、確かあの時お互いに名乗ってなかったじゃないですか。だから知らなくても無問題というかむしろ当たり前で。


「名前を知らねえんだったら別に言わなくていいだろ。こんにちはで止めとけよ」

「はい、すみません」


 あれかな?誰さんでしたっけ、っていう言い方も悪かったのかな?

 というわけで僕は今までに培ってきたものをフル動員して精一杯の敬語でもう一度名前を聞いた。


「お名前の方をお教えいただけますでしょうか?」

「バカにしてるのか?」

「いや、バカにしてるつもりはないんですけど……」


 ますですがいけなかったのかな?それともそもそも敬語がいけなかったんだろうか。そういえば過剰な敬語は皮肉になると国語の授業で習った気がする。


「光輝だ。光り輝くと書いて光輝だ」

「へ?」

「名前だよ、名前」


 なかなか呆れた表情から変わらない。

 おかしいなぁ。まあいいか。君のいろんな表情が見たいんだ、何て少女漫画の歯の浮くようなセリフを言いたいわけでもないし。


「でもあれですね。光り輝くとか自分で言って恥ずかしくないんですか?」

「お前、それ、俺の親に対して言えるか?」


 言えないですけど何か?


「陰口っていないところでいうものじゃないですか」

「そうだよな。陰口って本人がいるところでいうものじゃないよな」

「それじゃあ、陰口じゃないですもんね」


 笑って適当にごまかす。


「嫌味だ、気付け」

「はい、すみません」


 本日二度目のセリフを言ったところで、本題に入ろう。図々しいとか思うのは無しの方向で。


「それで、光輝さん。この辺りにお礼として買っても失礼のなさそうなものを売っているお店ってありますかね?」

「は?何の話だ」


 まあ、これだけ言われてもよくわからんよな。TPOによって変わってきたりするし。


「いや、散々お世話になってきた白波さんに一つお礼の品を渡そうと思いまして。なんかいいものありませんかね?」

「ああ、そういう。……お菓子とかでいいんじゃないか?白波なら」


 妙に含みのある言い方をするけれど、まあじゃあ、お菓子でいいか。


「で、どこかいいところありますか?」


 なかなか話が進まないが、決して時間を潰しているわけじゃない。不可抗力だ。

 光輝さんはそうだなと一言漏らして少し黙る。脳内マップに検索をかけているようだ。そして、三十秒ほど経った頃に検索が終わったのか光輝さんが口を開く。


「通り沿いにある和菓子屋とかはどうだ?あまり日持ちはしないだろうが、どら焼きとか美味しそうだったぞ」


 和菓子か。一緒に抹茶とか買っていくのも良さそうだな。


「それつぶあんですか?」

「たしか……、そうだったと思うが……」

「じゃあダメですね」

「白波ってつぶあん嫌いだったっけ?」


 そんな記憶はないとばかりに光輝さんは首をひねる。僕も聞いたことはない。


「いや、僕が苦手なんですよ」


 つぶあんって正直こしあんの手抜き版だと思う。こすの面倒だからこさないで売ってしまえ。これで何か文句言われたら、いや、これがうちの売りなのでとか言っておけば問題ないはず。なんてあんこだけに甘い考えだったに違いない。

 一人頭の中で勝手に自分の意見に賛同していると、光輝さんの呆れた声が僕の耳に届いた。


「別にお前関係ねえじゃん」


 いや、ほら、自分の好きなものを相手に送るといいとか言うでしょ?言わない?言わないかあ。


「わかりましたよ。とりあえず行ってみます。行ってきます」


 まっ、行って考えればいいか。こしあんのものも何か売ってるだろうし。なければ別にあんこじゃなくてもいいわけだし。

 あっ、そういえばお礼を言ってなかったな。助けてくれたらしいし、言っておいたほうがいいんだろうけれど今更感がなぁ。別にいいか、言わなくて。

 勝手に適当に判断をして僕は挨拶もなしに光輝さんと別れた。

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