果たして僕は死んだのか

 またも僕は白波さんの家に泊めてもらった。二日連続二度目の白波さん宅泊だ。昨日、冒険者になったはいいが残念ながら薬草採取みたいな優しめの依頼が一つもなかった。今日、薬草採取の依頼があったとしても報酬はたかが知れているわけで、このままだと三日連続三度目の白波さん宅泊になりかねない。今のところあと三日で殿堂入りになりそうな勢いだ。とはいえ、僕もこの状況から脱却しようと努力をしている。努力義務を果たしているのだから少しくらい甘えてもいいだろうと心の片隅で思ってしまっていることを否定できないのもまた確かである。


 というわけで僕は今日もギルドに赴いた。今日こそ戦闘力がほとんどなくてもできそうな仕事を見つけなければならない。

 リクエストボードの前にはいつも人だかりができている。いるメンバーが昨日とあまり変わらないのは気にしたら負けだろう。かく言う僕だってその同類なのだから。

 リクエストボードには多くの依頼票が貼られている。が、その中で多くある依頼は大体がDかCランクである。多少値段は高くなっても成功してもらう方がいいということなのだろう。つまりEランクは信用に値しない、と。しかし、僕も今日という今日は仕事を手に入れなくてはならない。依頼が少ないということに甘えてはならないのだ。少なかろうがあるにはあるのだから。


 今日あるEランクの依頼は薬草採取とゴブリン退治だ。薬草採取があってよかった。報酬は正直全く良くない。わかりやすく表現するのならば、初めてのお小遣いくらいの報酬だ。つまり、一食ギリギリ食べられるかどうか。これを受けても三日連続三回目の白波さん宅泊は免れなさそうだ。ついでに食事もご馳走になってしまいそうなレベル。まあ、受けるんだけどね。


 リクエストボードから依頼票を剥がしてカウンターの列に並ぶ。エルフのお姉さんの列は長かったので別の列に並んで依頼を受けた。


◆◆◆◆◆


 なんとかニートを脱した僕であったけれど、仕事を始めて一時間も経たないうちに仕事を諦めつつあった。依頼票を持って関所を抜けて森に入ったが、薬草がどれだかわからない。

 そもそも森育ちでもなんでもない高校二年生にこんなことを期待する方が間違っているわけで。もういっそ収納のストレージを埋めるくらいにその辺に生えている草を刈っていって向こうで判断してもらおうか、とも思い始めていた。が、そこでもその作戦の欠点に気がつく。そもそも、刈り取るための鎌を貰ってないので一本一本抜かなければならなかった。薬草のどの部分が使われるのかもわからないのでできるだけ慎重に。


 はぁ、働くのに向いていないのかもしれない。というか、なんだ?この残念な異世界転移は。なんのチートにもならないじゃないか。自殺志願するくらい苦しい少年に夢を見させるためのものだと勝手に思っていたのだけれど、違うのだろうか。違うのだろうな。


 しばらくぼーっと立ち尽くしているとガサッと植物の揺れる音がした。周囲を見渡す。特に何もいない。風……か?


 ガサッとまた音が立つ。やっぱり風じゃないな。何かが近くにいる。僕は周囲を警戒しながら街への最短経路を目指す。


 が、遭遇してしまった。後少しで森を抜けようかというところでゴブリン五体が僕の前に立ちはだかった。


 大丈夫。大丈夫。なんていったって僕は食物連鎖のトップの人間様だぞ。亜人の一種であるゴブリンなんかに負けるはずがない。主観プレイのRPGだと思えば怖くもな……い。


 ゴブリン五体がダッシュでこっちに向かってくる。武器を持ってるのは卑怯じゃないか?五体はそれぞれ棍棒のようなものを持っていて、素手で対抗するのは厳しい。


 ゴブリンのうちの一体(ゴブリンA)が棍棒を振り上げる。ちなみにゴブリンの見分けはついていないのでアルファベットは入れ替わる可能性がある。Aの棍棒を右腕でガードする。かなり痛い。

 僕はそのままその棍棒を掴むと空いている左手でゴブリンを殴る。


 うわっ、相手の方が小さいから殴りづらい。拳骨というか、下に振り下ろすイメージ。しかも僕の拳はゴブリンに対してダメージを与えていないようだ。


 ゴンッ、と後頭部から音がした。いや、痛みが先だったかもしれない。鈍い痛みを感じてから鈍い音が聞こえた。

 僕はそのまま前に倒れる。倒れてからゴブリンBに後頭部を殴られたのだと理解した。

 血が後頭部から顔の方に垂れてくる。心臓の鼓動が先ほどよりも速く大きく感じられる。死に瀕したこの状況で生きていることを感じる。


 そうだ、《超回復》があった。スキル構成としてふざけてはいたけれどあれを使えば傷も治るだろう。

 で、どうやって使うのだろうか。こっちに来たときに見えていたあの謎の粒子の塊を呼び出すことはできるし、触れることもできる。前と同じように自分のステータスを表示する。でもって《超回復》に触れる。

 が、スキルは発動しない。


 あー、どうしよう。いっ、また殴られた。今度は足だった。ゴブリン五体が僕の周りを取り囲みなんどもなんども殴りかかってくる。


 これは、死ぬかもしれない。……死ぬかもしれない。前に自殺を試みたけれど、そのときとは比較にならないほど"死"という言葉に恐怖を感じた。これから自分が死ぬことがとても恐ろしいことに感じられる。


 殴られ、叫び、意識が朦朧とする。殴られた痛みで覚醒して、流れ出た血で意識がまた朦朧とする。そんなことを何度か繰り返して、僕は意識を失った。


◆◆◆◆◆


 んっ、んん……。んあ?

 意識が覚醒する。どうやら生きていたようだ。握って開いてを繰り返して手に力が入るかを確認する。


 手を地面に垂直に立てて押し、その反動で立ち上がった。


 首を回してから頭に手をやり、傷の確認をする。最初に殴られた後頭部の怪我は完全に治っているようで、手に血がつくこともなかった。本当に殴られたかどうかも怪しいほどである。そのほか、倒れた後に殴られてできた傷もなくなっている。正確にどこを殴られたかなんて覚えていないけれど、体に特に目立った傷はなかった。僕が殴られていた証拠となるのは血まみれになった地面と白波さんに借りた服だけである。


 さて、ここまではいい。おそらく《超回復》が発動したのだろう。超回復は自動で発動するようだ。が、それにしたっておかしいのが僕の周りにあるゴブリンの死骸である。


 仮説の一、前回同様誰かが倒してくれた。

 仮説の二、僕のスキル《自殺志願》の効果。

 仮説の三、別のスキルが発現した。


 粒子の集合体の示す情報を見る限りスキルの発現はしていない。つまり、仮説の三は成り立たない。


 新しいスキルが発現していないか確認したついでに《自殺志願》の文字に触れてみたが、特に説明はなかった。相変わらずスキルの効果は不明、と。


 仮説の一に関してはまだどうとも言えない。もしかしたらありえるかも、とは思うけれど、だとしたらなぜゴブリンの死骸を置いていったのかがわからない。大した稼ぎにならないから、とか?あるいは持って帰る余裕がなかった、とか。想像の余地はいろいろあるけれどあくまで想像の域を出ない。考えるのは街に帰ってからにしよう。


 僕はゴブリンを《収納》に収めて街に帰った。


◆◆◆◆◆


 街に帰るととりあえず白波さんの家に戻った。体の傷は《超回復》で治ったけれど服に関してはそうもいかない。血塗れになってしまっている上に所々破けている。服を貸してくれている白波さんには申し訳ない限りだ。返礼と弁償と、一体いくら払えば済むのだろうかと思うと気が滅入る。


「おかえり〜」


 おかえり、と言われるとここは帰ってくる場所なのかと思うけれど、堂々とただいまと言うのは憚られていつもお邪魔しますと言う。今日も今日とて例外じゃない。


「お邪魔します」


 白波さんはリビングと玄関をつなぐ廊下のドアを開けて僕の姿を見ると驚いたように、うわっ、と声をあげた。


「服ぐちゃぐちゃだね。シャワー浴びてきな」

「ありがとうございます」


 僕はおとなしく白波さんの言うことを聞いた。今の僕が歩けば間違いなくその歩いたところが汚れるので余計なところには寄らずまっすぐ風呂場に向かう。


 脱衣所で服を脱ぎ、風呂場に入るとタイミングを見計らったように白波さんが脱衣所に入ってくる。


「替えの服ここに置いとくね」

「ああ、ありがとうございます」


 そう返事をすると、白波さんはごゆっくり、と言って脱衣所を出ていく。

 そういえば、と言って僕は白波さんを引き止める。


「貸してくれた服って男物ですけど、これ、誰のなんですか?」

「ん?……えっと、兄の」


 言い澱み方といい返答の内容といい怪しさが滲み出ているがまあ、別にいいか。


「へえ、お兄さんがいたんですね。ちなみに何歳差ですか?」

「えっと、その……二歳差」

「結構近いんですね。この辺りに住んでるんですか?」

「いや、他の街に住んでる」


 一旦会話が止まる。シャンプーをしながら会話をしていたので、流石にそろそろシャワーで流さないと目に泡が入りそうだ。


 引き戸のドアがしたので白波さんは脱衣所を出たのだろう。僕はそのまま体も洗って風呂場を出た。


 脱衣所置かれたバスタオルで水気を拭い、新しい服を着て脱衣所を出る。

 リビングに入ると白波さんは顔を赤くしてソファに座っていた。


「そういえば……」

「ふぇ?まだ何かあるの?」

「え?あ、いや、さっきとは違う話なんですけど」

「ああ、そうなの。それで?」


 どんだけ動揺してるんだよ。


「僕の服どこにやりました?」

「とっておいてあるよ。ボロボロだったから捨てようかと思ってたけれど、勝手に捨てるのはどうかと思って」


 そういいながら白波さんは彼女の部屋に入っていき、しばらくして戻ってきた。


「はいっ、これ」

「ありがとうございます」


 ボロボロで、付着した血が固まってきていて変色しているが間違いなく僕の服だった。

 なぜ今更服のことを思い出したかといえば、昼間のことと関係している。

 昼、ゴブリンの死骸を収納に収めた後、僕はゴブリンが使っていた棍棒を装備してみることにした。が、上手くいかなかった。

 棍棒を手に取ることはできた。しかし、いざそれを振るおうとすれば、バチっと強めの静電気のような感覚とともに棍棒が手からすり抜けるのだ。痛みを伴っているので単純に僕の握力が足りないだけとは考えづらかった。何らかのシステム上のエラーがあったと考えるのが妥当だと思う。


 そう、そして僕は自分の服を確認して何か武器になりそうなものはないかと探っているのだが。


「まあ、無いよな」


 元の世界では簡易ナイフでさえ法律違反だったのだ。武器になりそうなものなんてない。強いて言うならベルトで首を絞め殺すくらいできそうだけれど、これを武器とは呼ばないだろう。

 何気なくボロボロのズボン(最近はパンツというらしい)のポケットの中に手を入れると硬いものに触れた。ポケットから丁寧に取り出す。危険なものなんて入っているわけはないのだけれど、自分でもよくわからないものだったのでほんの少しの恐怖心が湧いた。


「これは……、糸切りバサミ?」


 ポケットに入っていたのは手のひらサイズに収まる握りバサミだった。おそらく学校で買わされる裁縫セットの中に入っていたものだと思われる。

 親指と人差し指で挟んでいたそれを手のひらに乗せると謎の粒子が集まってきた。謎の粒子が文字を形成する。

 『イトキリバサミ』

 どうやらアイテム名としては全てカタカナ表示が正式のようだった。


 というわけで異世界生活三日目にしてようやく僕は武器を手に入れたのだった。

 ……武器って言えるのか?これ。

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