誰が誰を殺したのか
必死に断ったが結局白波さんに押し切られる形で彼女の家に泊まることになった。彼女曰く、これも超善的な性格ゆえらしい。まぁ、もし彼女が泊めてくれなければお金のない僕は野宿をするほか無くなっていたわけだし、感謝しこそすれ非難する気はまるでない。ただ、もう少し女性として危機感を持つべきではと彼女に忠告をしておきたかった。しかし、僕の醸し出す童貞っぽさが彼女の警戒心を解いてしまった可能性を考えると、僕のライフポイントを削らないためにもその忠告はなかなかしづらい。だって十六歳だもん。未成年。結婚できない歳だし。未体験でも問題ない。むしろ普通だろう。うん。白波さんと一夜を過ごしたが、お色気展開など一つもなかったことを記述しておくとして、さて、本題に入ろう。
僕が自殺に失敗した二日後、僕は白波さんに連れられて冒険者ギルドに来ていた。建物についている看板に日本語で冒険者ギルドと書いてあるのはなかなかに滑稽だ。現代日本にあったらただの痛々しい店だろう。しかし、僕は昨日あの魔物の死体の山を見てしまっているのでこういう団体の必要性を強く感じた。
そういえば、おそらく置きっ放しだろうあの死体の山はなんらかの疫病の原因になったり、あるいは通行の邪魔になっていたりしないだろうか。その件で後で文句が来ても僕としてはどうしようもない。
「そういえば、僕が倒れていたあたりに魔物の死体がありませんでした?」
「ん?あったよ。よくあんなに倒したものだなと感心したけれど」
あれを見たからギルドを紹介しようと思った面もあるね、と白波さんは続けた。
ふむ、まるで倒した記憶がないのだけれど。というかあれは魔物同士の戦争が僕の眠っているところを中心に巻き起こったのだと思ったのだけれど、違うのだろうか。いや、違うか。だとしたら僕も何回か死んでいそうなものだ。誰かが寝ている僕を見つけて、庇いながら戦ってくれたとか?……それもないな。美少女、白波さんが倒れていたら僕はそうするけれど野郎をわざわざ助ける人はいないだろう。白波さんのように超善的な性格でもない限りそうしない。
「さて、一通り説明はしたね。何か質問したいこととかある?」
どうやらギルドの設備について説明してくれていたようだが、全く聞いていなかった。
「えっと、全部お願いします」
「ん、聞いてなかったの?まったくしょうがないな、次は聞いておいてよ」
さすが超善的な性格の持ち主だ。もう一度一から説明しろなんて言われたら僕なら絶対に無視する。面倒くさいに決まっているからな。
「ギルドに入って正面がカウンター。依頼の受注手続きと報酬の受け取りができる。登録もそのカウンターでできるから説明が終わったらするといいよ。カウンターの隣にはリクエストボードがある。そこで依頼を探すの。右側には銀行、左側はアイテムの鑑定と売却ができる。討伐した魔物の毛皮とか宝石とかね。魔物はお金を払えばあそこで捌いてくれる。自分でうまくできないんだったら依頼した方が儲けは出るかもね。いつかは自分でできるようになった方がいいけれど、最初は頼むといいよ。うん、こんなところかな。それで、改めて質問は?」
「大丈夫です」
「そうか。よかった。これでまた最初からって言われたらさすがに怒っただろうからね」
どうやら白波さんは仏よりは善性が低いらしい。いや、怒らないイコール善というわけではないのだけれど。白波さんの顔は二度までのようだ。
そんなことを考えていると金髪碧眼の美形さんに凝視されていることに気がついた。ちなみに男だ。どうしよう。BL的素養のある人だったら。僕はそっちの気はないので対応しきれない。いや、別に差別をするわけではなく、単純に僕が男性よりも女性が好きなだけだ。その綺麗に染まっている金髪の男性はこちらに近づいてくる。そして、僕の前で立ち止まった。うわぁ、苦手。
「もしかして君、昨日壁の外で倒れていた少年か?」
僕は全力で人違いだとアピールする。
「ん?光輝は正のことを知っているの?」
「ああ、この少年が寝ている周りに魔物が集まってたからな。間引いてやった」
それであの死体の山だったのか。しかし、この光輝とやら間引くの意味を知っているのだろうか。決して全滅させるという意味ではないのだが。
「あれは光輝がやったのね。流石だわ」
「さすがにあれを放置することはできないよ」
なるほど、この光輝とやらは白波さんと同じように超善的な人間のようだ。そしてあれだけの魔物を全滅させられるのだから相当強いのだろう。白波さんの反応を見るに全滅させられるだけの力は確かにあるようだし。
「それはそれはありがとうございます。ずっと歩き続けてあそこで力尽きたんですよね。助かりました」
勿論嘘だ。まったく歩いてない。飛び降りただけ。
「いやいや、礼には及ばないよ。当然のことをしたまでだ」
「そうだね。光輝が連れて帰らないでに置いていったから、結局昨日は私の家に泊めることになったわけだし」
それは別に言う必要がないのでは?余計な誤解を生むだけだ。
「は⁉︎泊めた?こいつを?」
そういって光輝とやらがこちらを睨んでくる。ほら、こんな風に。でも、こいつにBL的素養がなくて安心した。やおい好きのする話をする気はまるでない。
「うん。何か問題ある?」
僕は睨んでくる光輝とやらに満面の笑みを浮かべた。より目の鋭さが増した。あはは、怖い怖い。
「いや、特にはないな」
光輝とやらはゆっくりと歯噛みするようにそう声を漏らした。その答えを聞いて白波さんは笑顔で頷いた。
「そう。なら私はこれから依頼があるから行くね」
白波さんは手を振ってカウンターへと歩いて行く。それを光輝とやらは笑顔で見送ってある程度離れると僕に目を向ける。先ほどと同じようなある程度鋭い目だ。
「調子にのるなよ」
金髪蒼眼の光輝とやらは僕にそう釘を刺すと足早に立ち去った。その行動はかませ犬フラグなのだがいいのだろうか。
僕は白波さんのアドバイス通りギルドメンバーの登録作業をすることにした。登録料を取られたりするのだろうかと少し不安だったが、決してそんなことはなかった。無一文でも始められるのが冒険者の強み、らしい。装備とかをそろえようと思えば無一文じゃあできないと思うのだが、依頼にも色々種類があるのだろう。魔物が大量にいるとはいえさすがに討伐依頼だけでギルドが成り立つとは思っていない。
「どういったご用件でしょうか」
カウンターの奥で事務作業をしているのは耳の少し尖った翡翠色の髪の美女だった。エルフ!エルフだ!これは異世界甲斐があるぜ。
落ち着け!落ち着くんだ。この世界ではこれが普通。普通のことにこんなに興奮してたら頭がおかしいと思われる。そんな悪い第一印象を与えたら後で笑われる。そんなことになったら飴細工のように繊細な僕の心は簡単に壊れる。落ち着け。クールな男はモテると相場は決まっている。いや、本当にモテるのは容姿が良くて気配りができて話が面白いやつなのだけれど。クールで売ろうとすると半歩間違えただけで暗い陰気なやつだと思われる。ここはできるだけ明るい声でなるべくフランクに。
「すみません。メンバー登録したいんですけど」
なんて、こんなモノローグの多い僕にはフランクさなんてありませんでしたまる。
「はい、登録ですね。ではこちらの申請書を書いて持ってきてください。見本も付けておきますね」
優しいエルフだった。マニュアル通りなのだろうけれど疲れても表に出さないのはさすがプロフェッショナルだ。仕事の流儀を教えてほしい。
見本はとてもわかりやすかった。一通り書いたものに矢印を引っ張って解説をつけている。名前はよくある田中太郎ではなくミシェルとなっていた。後で聞いたところによると、あの受付のエルフさんの名前らしい。
「書けました」
所定の欄を二、三分で全て埋めて受付のエルフさんに手渡す。
「はい。確認しますね」
受付のエルフのお姉さんが紙に指を滑らせながら不備がないか確認をしていく。そうして紙の一番下の右端まで指が滑り落ちるとまた、はい、と言ってこちらを見る。
「問題ないですね。では、証明書を発行しますので少々お待ちください」
そう言ってエルフのお姉さんはカウンターの奥にある機械に申請書を通した。その機械の横で印刷機みたいなものが稼働し始める。てっきり魔法的なものでパーっとするものだと思っていたので少し拍子抜けだ。魔法に類するものはこの世界にはないのだろうか。いや、僕の持っているスキルのほとんどは魔法に類するものだな。もしかしたらあれも電気ではなく魔力かなにかで動いているのかもしれない。
受付のエルフのお姉さんに証明書——正式名ギルドメンバー証明書を渡された。証明書という響きから連想されるような紙のものではなく、金属のプレートである。
「なにか質問がございましたら、どうぞ」
「えっと、じゃあ一つ。このプレートの端にある英数字の羅列は何ですか?」
プレートの端にはE91754368という文字列があり、その後ろに僕の名前が刻印されている。
「アルファベットはランクです。ランクはE〜Sまでで、初めは一律でEランクからです。ランクは一定期間内の活動の度合いによって変動します。ランクは上がることはあっても下がることはほとんどありませんので普通に活動する分には心配する必要はありません。それから、ランクによって受けられる依頼のレベルが変わりますので、より多くお金を稼ぎたければランクを上げるのが一番早いでしょう。ランクを上げるために依頼を受けることにもなりますからね。
ランクの横の数列は乱数によって決めている会員番号です。機械によってランダムで決まります。一度出た数は出ないように設定してあるので他の人とかぶることはありません。その数字で本物か偽物かの判別をすることもあります。が、これもあまり関係ありませんね」
「ありがとうございます。よくわかりました」
ランク制度があるのか。とりあえずDを目指して頑張ろう。
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