今日も誰かが死に急ぐ
高校二年の四月九日の夜、僕——宿井正はマンションの屋上から飛び降りて自殺した。
特に何があったわけではない。いじめられてはいなかったし勉強や部活に行き詰っていたわけでもない。友達なんて元からいない。いないもので困るわけもない。だからこれといって僕の自殺に理由があるわけではない。ただ、自殺ということをしたかっただけだ。
しかし面白いことに、というかつまらないことに僕のこの考えは死後、理解されることはないだろう。僕は遺書を残さず自殺をしたので、理由を解明するべく学校側はいじめの調査などをして僕の悩みなんかを探っていく。そして、どうやら宿井には友達がいなかったようだという調査報告が上がり、友達がいなかったために孤独に感じそれが苦になり自殺を図ったということになる。つまり、僕は死後にぼっちだから自殺した可哀想な人というレッテルを貼られることになる。けれどまあ、そんなことは気にしない。死んでるし。それにそこまで話が広がるとも思っていない。特に親しくもない自殺した人間の話なんか多くの人間は好んでしないだろう。誰も好んで死の話なんかしない。それが何か怪談じみているのなら話す人間はいるだろうが僕の死なんかを話したところで全く面白くないだろう。なんたってただの自殺だ。
しかし、僕は死ななかった。だから僕はあれだけ滔々と語ることができたのだ。高層ではないとはいえマンションの屋上から飛び降りたのだから間違いなく死んだはずなのだが僕の周りには血が全くない。どころか、僕は全く見ず知らずのところに着地していた。痛みや違和感は一つもなく綺麗に体操選手のように着地していた。踏んだ感触的にも月明かりに照らされている色を見ても地面は砂のようだ。地面のほとんどがコンクリートになってきている昨今、砂はかなり珍しい。公立校のグラウンドか公園くらいでしか見かけない。僕が飛び降りたところに面している道路も例に漏れずコンクリートだった。そこに落ちたなら衝撃はより大きかっただろう。が、砂である。一体どういうわけなんだ。はじめは随分とリアルな走馬灯だと思ったけれど長すぎるし、夜に砂の上に立っている場面なんてまるで身に覚えがない。
そしてもう一つ気になるものがある。僕の周りに浮いているこの大量の粒子の集合体だ。まるで一つの板を形成するかのように粒子が何個も何個も集まっている。試しに触れてみる。スマートフォンなどのタッチパネルを触るよりも心もとない感触が指に伝わる。僕が触れた箇所から粒子が動き始めなんらかの文字を形成し始めた。いつの間に日本の技術力はこんなオーバーサイエンスじみたところまで来ていたのかと感心してしまう。なんらかの文字は僕が普通に読める日本語だった。いや、粒々してて読みにくいんだもん、これ。えっと、はぁ?
その粒子はこんな内容を形作っていた。
名前
年齢 十六歳
職業 自殺志願者
スキル 《自殺志願》《超回復》《収納》
えっと、なんでこんなステータスが表示されてるんですかね。流行りの異世界転生ものか?そんなの二次元だけにしとけよ。いや、もう異世界転生ものは大分語り尽くされたような気がするんだけど。まだ続くのか?この流れ。それに自殺志願者は職業じゃねえ。だいたい自殺後なんだけど。自殺志願者じゃなくて自殺者なんだけど。
で、武器も何もないんだけどまさか素手でサバイバル生活をしろなんて言わないよなあ。無理だから。魔物とか出てきたらひとたまりもなく死ぬから。で、なんで自殺したがってるやつに回復スキルを与えてるんだよ。RPG的には回復は大事だけどさ、いらねえよ。
こっちは単純に楽に死にたいだけなんだよ。
閑話休題。とりあえずこれからどうするかを考えよう。おそらく自殺には失敗した。そして今、僕に自殺する手立てはない。それどころか僕が今どこにいるのかもわからない。第一村人もまだ見つけてないし、というか最初の村にもたどり着いていない。村がどこにあるかもわからないから行動のしようもない。闇雲に歩いても疲れるだけだしな。とりあえず、寝よう。
◆◆◆◆◆
目が覚めたらひどい腐臭がした。上半身を起こすと立ってもいないのに立ちくらみがする。普段寝具に気を使わない僕だが、さすがに砂の上は厳しかったようだ。
首をひねって辺りを見回す。いや、見回すことはできなかった。なぜなら、僕の周囲には誰のなんの嫌がらせかはわからないが魔物の死体で壁ができていた。綺麗に三百六十度、僕を覆うようにして。僕はその一部——目の前に築かれている壁を蹴り破る。ベチャッと音を立てて崩れた。奥にできていたらしい水たまりから水滴が跳ね、僕に降りかかる。顔に着いた水滴を手で掬い取る。掬い取った液体は赤黒かった。液体を払い、倒した魔物の死体に登る。死体の周りにはかなり広範囲に赤黒い水たまりができていた。おそらくこの魔物の血だと思われる。地面が砂にもかかわらずここまで大きな血だまりが出来るのだから相当量の血が流れたのだろう。そう思うと目眩がしてきた。
さて、夜が明けてようやく第一の村の位置がわかった。なぜ月明かりで気がつかなかったのかわからないほど大きな壁が目の前にあった。目の前といっても一、二キロメートルくらいの距離はあるけれど、それでも充分に目で見える範囲だ。イメージしていたのどかな第一の村とは違うけれど最寄りの町はあそこしかないのでとりあえず目的地をそこに設定する。
そして、朝ごはんだが。……この魔物は食べられるのだろうか。一晩なんの処理もせず放置された肉を食べるのはさすがに食中毒になりそうだ。それに僕は現代っ子特有のバッドステータス、火起こし×を持っている。つまり、調理に火を使えない。……町まで我慢するか。自殺をしたいと思っていたとはいえ、食中毒で嘔吐を繰り返して死ぬのは御免被る。
僕は食欲よりも安全を優先することにし、壁に向かって歩き出す。が、それもすぐに頓挫した。急に目の前が歪んだかと思うと僕はそのまま進もうと思っていた方向に倒れこんだ。立ちくらみと目眩が相乗効果を発揮したらしい。僕はそのまま二度目の睡眠に入った。
◆◆◆◆◆
本日二度目の起床はベットの上だった。窓から入ってくる光の色から推測するにもう夕方のようだ。空腹は感じなくなった。むしろ充足感がある。白い天井に清潔な洋服。今度はどこに転移したんだ?
「転移?君、どっかから転移してきたの?」
「は?」
人がいたのか。気がつかなかった。しかし、なかなかの美人だ。茶色い長髪を高めの位置で一つ結びにしているのは弓道女子っぽくてなかなか好感度が高い。
この弓道女子っぽいのは心を読む能力でも持っているのだろうか。まさか、モノローグに干渉してくるなんてメタもいいところなことを初っ端からしてくるとは思わなかった。
「いや、今転移って言ったから」
どうやら声に出していたようだ。二度目の睡眠に入るまでは一人だったから声に出していても気がつかなかった。
「ああ、いや。気がついたらこうしてベットに横たわってからな。なんらかの魔法でも使われたんじゃないかと思っただけだよ」
実際なぜ自分がここにいるのか全くわかっていない。その言葉に一応納得したのか頷く弓道女子。
「それで、ここはどこなんだ?」
わからないことはこの際聞いてしまおう。せっかく話し相手ができたんだし。
「まず自己紹介からしましょうか。名前も知らない人と話すのは少し……ね」
ああ、まあ、そりゃあそうか。名前を聞けば信用ができるかといえばそうではないけれど、それでも多少の安心感は生まれる。それにいつまでも弓道女子と呼ぶわけにもいかないしな。僕が彼女の心中でなんと呼ばれているのかも気になるし——多分ろくな呼ばれ方はしていない。
数秒にも満たない思考と咳払い一つ。
「僕は宿井正だ。十六歳で、旅人をしている」
「十六歳で旅人?はぁ、そりゃあ大変だね」
嘘の部分に感心されてしまった。多少の後ろめたさを感じざるを得ない。
「私は
随分と長い名前だな。マークシートとか大変そう。それはまあ、白波さんと呼ぶこととして。
冒険者!ここに来て異世界っぽさが出て来た。名前や言葉が日本語だったからもしかしたら幻覚を見ているだけで普通に日常を過ごしているのかと思っちゃってたぜ。危ない危ない。最初は斜に構えていたけれど今になって興奮している僕はツンデレです、はい。
「それで、ここはどこなんだ?」
「私の家」
「は?」
白波さんの家と聞いて急にフローラルな香りを感じた僕はおそらくかなり単純な人間だ。そうか、ここは白波さんの家だったか。しかし、妙に殺風景な部屋だ。このベッドと脇にある間接照明くらいしかものがない。
「で、なんで僕は白波さんの家にいるんだ?」
「私が連れて来たから」
「どうして」
「私の超善的な性格が高じて町の外で倒れている君を見捨てて置けなかったのよ。最初は死体かと思って葬儀屋に持って行こうかとも思ったんだけれど途中で君が身じろぎをしたからね。生きていることに気がついて、仕方なく部屋に連れて来たの」
ナイス身じろぎ。危うく普通に燃やされてた。なかなか辛そうだから焼死は嫌だ。ちなみに超善的はスルーの方向で。多少の押し付けがましさが照れ隠しなのはわかっている。
「はぁ、それはありがとうございます」
「いやいや、別にお礼はいいのよ。完全に善意でやったことだから」
「はぁ」
はぁ、としか言えない。お礼をするにしてもお金がないからできないし、とりあえず額面通りに受け取ろう。
「お礼の品も渡せないうちにまた、頼みごとをするのは心苦しくはあるのですが、僕に仕事を紹介してくれませんか?」
「ん?ああ、それなら冒険者になればいいんじゃないかな?ギルドを紹介してあげるよ」
ギルド。これもまた異世界っぽい。ランクとかもあったりするのだろうか。
「ありがとうございます。それじゃあ、明日にでもよろしくお願いします」
そう言って僕はベッドから降りる。さすがにここで一晩過ごすわけにもいかないだろう。白波さんは間違いなく男の娘ではなく女性なのだから。
「ん?どこに行くの?」
「え?いや、そろそろ夜になりますし出ていきます」
白波さんは僕の答えに納得いかないようで首をひねった。
「門限でもあるの?」
「いえ、ありませんけど」
そもそも門限を設定する人がこの世界にはいない。元の世界でも門限なんてほとんどなかったけれど。というか、旅人に門限なんてない。白波さんは僕の答えを聞くと大きく頷いた。
「うん、じゃあうちに泊まっていくといいよ」
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