2 林のなかへ

 樽の蓋が徐々に開けられていき外の光がキリンデの頬っぺたをチカッと照らしたとき、スコーロはひとつだけ残っていたキリンデの食べ残しのリンゴに隠れていました。キリンデはそれに気づくと、

「スコーっちゃん!?それ貸して!」

と言って、スコーロからリンゴを取り上げました。スコーロは急いでキリンデの服の中に隠れるとちょうど樽の蓋が開けられたところでした。

 小太りの男性は蓋を開けて見ると困惑しました。そこには赤い服を着た女の子がリンゴの裏に隠れ(られていませんが)て震えていたのです。頭の上にリンゴをまるで神に捧げるように持ち上げて、極めつけには「わたしはリンゴです。わたしはリンゴです」と祈るように呟いているのです。

 小太りの男性が蓋を持ったまま銅像のように固まっていると馬車のおじさんがやって来て樽を覗くと驚き怒り出しました。

「なにぃ!?リンゴが無えじゃねえか!」

「わ、リンゴならあるに、ここにあるに」

キリンデは恐ろしさのあまり語尾に「に」をつける癖を出しながら、リンゴを差し出して許してもらおうとしています。

「一つしかないぞ、全部食べたのか?!」

おじさんが激怒して胸ぐらを掴んできたので、キリンデはとっさに噛みついておじさんが怯んだ隙に樽から出て二人の男の足の間を抜けて馬車から降りると街道の側の林の中に逃げ込みました。

 キリンデは林の中を逃げるのに無我夢中で木の根に足をとられ豪快に転んでしまいました。手が擦れて赤くなり血も出ているのを見ているうちにキリンデは涙を流して泣きだしました。

「わぁーん、痛いにー。なんでに、やめてほしいにー」

「キリンデ落ち着いて、大丈夫だよ、もう追って来ないよ」

「わたし悪くないに!それはリンゴ食べてしまったけど。でもあんなに長い間隠れていたらお腹すくに!そこにリンゴがあれば、リンゴでも豪華料理に見えるに!なら食べないわけにはいかないに!仕方ないことに...」

「わかったよ、キリンデ。とりあえずこれ食べて落ち着いて」

キリンデはスコーロが差し出した食べ残しのリンゴを受けとるとかじりつきました。

「ッ!?ペッ、ペッ。砂混じりに!なんてスパイスに」

キリンデは砂を吐き飛ばしながらリンゴを食べてます。

「ご、ゴメンよ、キリンデ。でも元気出たかい?」

「うん、ありがとう、スコーッちゃん」

キリンデはリンゴを食べて満足しながら手の擦り傷を舐めています。

「とりあえず傷口洗って手当てしないとだね」

 キリンデはどこかに水が流れていないか耳を澄ましながら進み出しましたが、キリンデが今いるところは町のある丘のまわりを囲む林のなかで川などはないところなのです。

「ん!こっちから水の音がする」

キリンデはお金のない旅をしているので生き残るために必要な音や匂いに敏感です。キリンデは転んだこと忘れて音に向かって走り出しました。草木をわけて進んでいくと水の音はあの木の向こうです。

「見つけた....!?」

キリンデが喜んで木の向こうにまわるとそこにいたのは立って用をたす身汚い男性だったのでキリンデはまた盛大にずっこけてしまいました。

「うわっ、なんだお前は」

「ほわぁぁぁぁぁ、なんてものにー!」

キリンデが赤らめた顔を手でおおって悲鳴をあげると、男は驚いてズボンを直して慌て走り去っていきました。キリンデが顔を出すと、転んだ時に服から投げ出されたスコーロが近づいてきました。

「大丈夫?キリンデ。とんでもないもの見ちゃったね」

「いや、良いものを見たに!」

そう言うとキリンデはスコーロをつかんで 肩に置いて、スコーロは背中のフードの中に入りキリンデの首筋に頭を出し肩につかまり、キリンデの指差す方を見ました。

「あの人を追っていけばきっと食べ物があるはずに。あっ、もちろん水もあるに」

「なるほど。でもキリンデ....」

「迷う暇ないに!早く追いかけなきゃ」

そう言ってキリンデはまた林の中を駆けていくのでした。

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