第67話 矢

 村の表門に狼に追われて戻って来た男達が八人。

「開けてくれ」

「助けてくれ」

大声で叫んでいた。だがその門の前には女が二人立っていた。

狼は六十を数え、比較的大きい群れだった。八人は自分たちが助けてやっただろう、だから助けろと叫ぶのだった。


「お前達、それでも勇者か」

「この卑怯者め。命をかけろ。たかだかこんな数を相手に悲鳴をあげるとは。それでも男か」

二人の女は門の前に立ち逃げもせずに悠然と獲物を持ち、さあ来いとばかりに狼を睨みつけていた。勇者達は右に左に動き回り、逃げるだけで戦う姿勢を示さないうちに、一人また一人と狼に倒されて言った。そして誰もいなくなった。


「さあ来い」

二人が構えた時、狼達は森に帰って行った。


門の後ろから声が聞こえた。

「見ろ、狼が恐れをなして帰ってゆく。恐ろしい」

その声を聞き女達は笑い出した。

「ワハハハハ。愚かな。この世は全て強い者勝ち。お前達の様な考えではこの世は収まらん。そして、涙を流すだけよ。ソレア殿」

「まったく、同感。死は戦う事を忘れた者の代名詞だ」

二人は門から中に入ると、空から村の広場に戻ってくるアキオを待っていた。


 大空から現れたドラゴン。それを使役する男、その姿を見た村人は全て平伏した。やがて村長ダッタは、病で寝ていた巫女のカイラを連れて来た。

「これはこれは、他の度は村をお助け下しましてありがたく存じます。これなるは我が村の巫女カイラでございます」

「このお方がこの村の巫女殿か。それでは我らに山の事を教えてくださらんか。これから山に登り、白い花とやらを採りに行こうと思います」

ミランダが話すとカイラは、首を横に振り話した。

「あなた様は女。決してお山には上がれませぬ。これは絶対の条件。これを違えた者は生きてけることできませぬ」

この言葉に二人は憮然として目を向き、少しも己の怒りを隠す事などしなかった。


 横で聞いていたアキオは、静かにカイラに尋ねた。

「この条件は伝統ですか?それとも女が上がれば他のものも死んでしまうからですか」

「あなた様は冷静なお方。ドラゴンと誼を通じ、世界を統べるお方とお見受けいたします。私には息子のコギリしか授かりませんでした。山にはこのコギリをお連れ下さい。男しか山に上げてはならぬ掟は、ここ百年の事と聞いております。昔はこの山奥には白神にお仕えする巫女が沢山居りましたが、ある時を界にいなくなり、この村に我ら一族だけが遺されております。もし、私に命あるならば女子を賜り、巫女を継がせたいと望む所でしたが、病にかかりその望みも叶いません」


「いや、その様に望みを捨てなさいますな。きっとアキオ様が白い花を持ち帰られ、あなたも望みが叶うやも知れません」

ミランダは得意げに話すが、アキオは不安な顔をしていた。

「旦那様。何か心に引っ掛かる事でも御座いますか」

ソレアは心配そうに尋ねる。

「この山は百年前から変わったと言う。掟の変わり目も百年前。白い花がこの村から出なくなったのも百年前。巫女は山にいられない。ここ最近山に上がった者はいたのか?」

カイラは即答した。


「はい。おられました。アイラ族の三人だけでございます。上がられて一週間になると思います」

「では今頃はどの辺りについて居ると考える」

「はい。私がコギリを連れて行かれよと申しましたが、私が病なのを心より傷まれて三人で登って行かれました。委細はお教え致しましたが、この百年帰って来た者がおりません。百年前の事しかわからず、心苦しく思っておりましたが」

「それはよい。今はどこに着いた頃かと聞いて居る」

カイラは首を横に振り、わかり兼ねますと答えるのみでした。


「多分、もうお山のてっぺんに着いた頃かなぁ。だって三日三晩吹雪だったんだよ。おいらだって吹雪の時はじっと山に張り付いて居るよ。だからさ」

コギリは笑顔で答える。俺は何かがいて多くの者達を食って居る様に感じてならなかった。でもそんな事を言ったら二人の女達が着いてくると息巻くか、俺を掴まえて離さない様に思えて、言葉をグッと呑むしかなかった。


「どうしたものか。何かが足りない様に感じて焦りの様な者が湧き上がってくる。何が足りない?もう一度確認するか」

自問自答する俺。ブツブツ喋りながらグルグルと歩き回って居ると、カイラが何かを思いつき、コギリに耳打ちをした。コギリは急いで何かを取りに走って行った。帰って来たその手には4本の矢が握られていた。


カイラが言う。

「この命も後僅か。全身全霊をかけて呪詛を致します。この村の命長らえた祈念とあなた様の本願成就。全力で祈祷致します」


カイラは呪文を口の中で唱え、矢に吹き付け4本の矢を準備しました。

「さあ、この四本の矢を東西南北に放ち、この世界の安泰を願い、護らせ給う」

その言葉を受け、ミランダが矢をつがえ、四方に放った。

矢が雪野に刺さった時、晴れ渡っていた空が俄かに曇り、吹雪が巻き起こった。


「何事だ。これはどうしたことか」

村長ダッタは真っ青な顔をして震え上がった。村人の多くは顔を見合わせ悲しそうであった。

「これでは着いてゆく者はおらぬ。アキオ様。お許し下さい」

そう言う村長ダッタで有ったが、コギリは山に登る姿でアキオの横にやって来た。

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