第68話 勇者の骸
「アキオ様。行きましょう。心配ないって。オイラのおっかあが祈願したんだ。絶対に大丈夫さ」
コギリは俺の手を引っ張る。
「このままでは何かが足りない様に思うのだが。何が足らぬか分からないんだ」
俺の言葉にカイラが答えた。
「塩が要りましょう。先ほどの吹雪。私の脳裏に塩が浮かびました」
「塩か」
俺は塩を手にすると妙に安心した。それでコギリにも腰に大きな袋を二つ。俺は三つぶら下げてクルドに乗った。
クルドに乗れば山の頂などは直ぐであった。山の昼は直ぐに過ぎ去る。一瞬だ。俺たちはクルドに乗りながら山頂の変化を見ていた。
「クルド、済まない。このまま、飛びながらいてくれ。山に降りることは危険に感じるんだ。君でもやられる嫌な予感が走るんだ」
そう言いつつも時が過ぎる。太陽が照らし始め、山の頂が日に映える頃になると、雪の原から白い花が現れ始めた。だが、何かがおかしい。そう感じたのは俺だけだはなかった。コギリも何かおかしいと感じたらしく俺の体をきつく掴んで来た。花が満開になると白く見える。だがその花が根付いている物が人の骸なのだ。
「おかしい。白い花は清い雪山に咲くと聞く。これはなんとした事か」
「アキオ様、これは違う。絶対に違う。こんな物は白い花ではない」
「だが、コギリ。アの国で教えられた花に似ているが、手に取るしか確かめるすべはないぞ」
「でもアキオ様。おっかあに聞いてたものとは違う様に思います」
そう言っていると雪山の端の方から三人の男が走り出て来て、花を摘み始めた。
「アキオ様。あれを。この前お山を登って行った勇者様たちだ」
「そうか。やはり今頃着いたのだな。これはこれで良かったのだが。あいつらおかしいぞ」
「そうだね。おかしい。どうしてあんなことを」
三人は最初真剣に白い花を摘んでいた。見ていると急に一人が笑い出し、それを窘めるもう一人に剣を向けた。慌てた一人が止めに入ったが三人が入り乱れての乱闘になり、花を摘むどころでは無くなっていた。
「ゴウジにタウジ。何とした。ここに来て仲間割れとは愚かな」
「ワハハハハ。この山は宝の山だぁ。この花は全て俺のもんだ」
「ゴウジ。この馬鹿者め。アデヤ様の母君に摘んで帰るのであろうが。情けないことを言うな」
そう言っていたかと思うと、タウジと言う男はフラフラと反対側に歩き始めた。
「カグリア。カグリア。・・・・・・」
何と人と話をしてる様に見える。
アデヤは従者の一人に斬りかかられ、花を摘むどころではなくなっている。だが助けに行こうとすると、コギリがあれっと指を差す。その方向を見ると雪山が不自然に盛り上がっている。あそこはさっきまで平坦であったのではと見ていると、雪原の至る所でボコボコと盛り上がっている。それが動き出した。
「何が起こっている」
「オイラにも分からないよ」
動き出したのは元勇者の骸であった。骸からは花が咲き、花人形みたいにも見えた。それが原型を留めているモノだけでも何万が動き出した。その動きは外側から始まり、内側に続いてゆく。この動き、食虫植物を連想せずにはおれなかった。つまりはこの花はきっと目的の白い花では無いと感じた。
従者に斬りかかられたアデヤは、どうも周りが見えていないばかりか本人も意識障害が起こっている様だった。ふらっとしたところで剣で切られ、大きく血が流れた。白い所に赤い色が広がっている。だが、骸たちは血のあたりには踏み込まない。
「どうしようか。助けるんだったら今しかない。が、どうしたものか」
クルドが近ずくのは危険だと直感が教える。俺には昔から危険を感じて逃れて来た経験がある。それが最大値を示している。と、その時。あろう事かコギリがクルドから落ちた。それも骸たちの側に。もう迷っている時間はない。クルドに男一人を村まで連れ帰ってくれる様に頼み、俺たちを早く迎えに来てくれと言ってクルドから地上に飛び降りた。
アデヤを俺は持ち上げ、クルドに掴んで貰った。だが、急に雪原から根の様なものが伸びて来てクルドを捉えようとする。それは触手の様なものか、クルドを捕まえ様と何本も伸びてくる。一刻も早く斬らねばならない。けれど剣で切っても切れない。その時コギリの声が聞こえた。
「塩。塩です」
それで剣に塩を塗り、斬りつけた。それでようやくクルドは飛び立てた。クルドを見送る間も無く、コギリを助けに向かう。コギリは落ちた時に袋から塩が辺りにちりばり、骸が近寄れなかったので塩が有効だと気付いたのだ。
「コギリ、アレを見ろ」
見ると骸の中は触手だらけで、この山は全て食虫植物に覆われているのかと思わされた。コギリに落ちていた槍に塩をつけわたし、俺は剣に塩を塗り斬りつけた。触手を切ると骸は動けなくなる。だがこうしている間にも骸の数は増える一方だ。
「アキオ様。あそこに行きましょう。あそこです」
「どこだ」
コギリの指差す方を見ると尾根の高い岩肌を示していた。
「そうだな。それに風に気をつけろと言われていた。ここではダメに思える。早く行こう」
コギリの手を掴む。コギリがおかしい。力なくふらついている。
「ええいっ!ままよ」
コギリを肩に乗せ、走り出す。コギリの手から大事な槍が落ちた。俺は剣で屍を切り刻み、尾根に進む。無常にも槍は雪の上に落ちてしまった。手に握る暇はない。急ぐ俺。やっとの事で尾根にたどり着く。言われていた事を思い出し、匂いグサを口の周りに布で巻きつけ、コギリにも口に押し付けていた。
俺たち二人が岩の辺りにまで来ると、骸たちは俺たちを見失ったのか立ち止まっていた。その間にコギリの世話が出来たのは幸いであった。だが、陽の光が陰りだし、雪原が寒くなって来た。俺たち二人は寒さで凍えていた。手に息を吹きかけながら、剣を落とさぬ様に我慢していた。風の吹き曝しの尾根に立っているんだ少々のことは仕方なしと考えていた。
周りの温度が下がり始め、俺たちの体温が辺りのものと違って来ると、骸は俺たちのいる所にやって来る。コギリを後ろに回し、俺が殿軍を務めながら尾根を進んで行く。
「どうだ、まだ行けるか」
「アキオ様。何とか」
「そうか、危なくなったら先に言えよ」
そう言いながら俺たちは後ろに下がり続けていた。剣を何回振ったことか。鈍い音がして骸の手や頭が転がり、足で蹴倒し、骸の攻撃から身を守っている。長い、長く感じる。何とかしのいでいた時、コギリが叫んだ。
「ダメです。後ろからも来ました。どうしたら」
「だったら、俺の腰から塩の袋を取れ!手にしたら相手に投げつけろ」
前のやつらを塩をつけた剣で薙ぎ払う。俺の腰から塩の袋を取るコギリ、後ろでコギリが「えいっ。えいっ」と掛け声をかける。頑張ってるなと思っていると、コギリは慌てて、俺の背中を突っついた。
「何だ、コギリ」
「アキオ様、もうありません」
「何が」
「塩です」
「お前。アレだけ有ればまだまだ振り掛けれるだろう」
「あっ、御免なさい。袋ぐち投げました」
「えっ。袋ぐち?もう無いのか」
「はい」
大変なことになって来た。前後に挟まれ塩もあと残りわずか、俺は剣に塩を振りかけ、残りはコギリに渡して凌ぐ様に言った。だが長くは続かなかった。
「無くなった」
コギリの悲しい声がした。
「わっ」
コギリは襲われ転がり、慌てて俺の足にしがみついた。足にしがみつかれた俺は弾みで崖から落ちた。
「もうダメだ。クルド、すまない」
目を閉じて諦めた時、奇跡は起こった。クルドが俺たちを掴んでくれた。
「アキオ。大丈夫か?」
クルドは心配そうに俺たちを見ていた。
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