第33話 捕まって捕まえる

 二つの太陽が沈み始めた。朝から走り続けて疲れているが休む訳にはいかない。何せ追っ手が迫っていることは予想できているからに他ならない。もう少し先に大木が見える。そこまでは行き着き、この木に寝床を確保し、一夜を過ごそうと決めた。平原に一本の巨木が見て取れた。目測では2000メートルはあるだろうその巨木の幹は、周囲2キロと言った所だろうか。夕闇が近ずく中、やっとその幹に辿り着き安堵したのは、休みなく隠れながら走り続けて11時間は立っていただろう。やっとの事で水で渇きを満たし、大枝の幹に必死に登り着いた時には疲労感はピークに達していた。やっと安心出来るところに辿り着けた安堵感から俺は深い眠りに落ちていった。


 気がつくと辺りはもう朝だった。平原の向こうに双子の太陽が顔を見せ、一日命が伸びた事を感じさせた。昨日から何も食べておらず、腹の減っている事を実感する。それで枝の上で朝食を摂ることにした。まあ、あるものといえばラディウスの家から拝借して来たものばかりで、特にクルドの皿からかっぱらって来た物が多いのも事実だった。奴は何も興味が無く、皿の上の物は手付かずのまま放置されていたので取り放題だった。俺は何も考えず食べていた。誰かが俺を見つめている事など考えもせずに。


 何か俺の近くにやって来たのかと気付いた時には遅かった。大きな手に掴まれ、びっくりしているとこの巨木の上の方にまで引き上げられた。

「やった〜。こりゃあ、幸先良いわ。あの人間を捕まえた。やった。どこにいるか探すのに骨が折れると思っていたけど、簡単だったなあ。おいっ。もう逃げられないぞ」

ドラゴンに掴まれたら逃げる事など出来やしない。もう、俺は諦めた。

「わかったよ。クルド。俺に運がなかった。食うのか。なら、ささっと食え」

「お前なんか食っても旨くなさそうだ。食わないよ」

「なら俺をどうするんだ」

「お前を村まで連れて行んだ。分かったら観念することだ」

「そうなんだ。分かったよ。だったら飯を食わせてくれないか。食いかけなんだ。頼むよ」

「わかつた。でも逃げるなよ」

クルドは渋々元の場所に降ろしてくれた。俺が食事をしていると、ヨダレを流している。それで聞いてみた。

「どうしたんだい。ヨダレなんか出して。いつも食う事やご飯に無関心だったじゃ無いか。今日はどうしたんだい」

「腹が減って仕方ないんだ」

「仕方のない奴だなあ。これ少ないけれど食べるか」

「食べても良いのかい」

「ああ。どうせ元は君の皿に乗っていた物なんだから遠慮なく食ってくれ」

クルドはうまそうに食っていた。3週間分の食料は全てなくなった。

「さあ、連れて行け」

「何処へ?」

「何処へって。さっき言っていたじゃないか。連れて行くって。確か村まで連れて行くとか、なんとか」

「ああ。あれかあ。気にしないで良いよ」

「気にしなくても良い。じゃあどこに連れてゆくんだ」

「俺様のお供をさせてやろうと思ってね」

この時俺はクルドの言い回しをおかしく感じた。何かあるに違いない。これは確かめない事には埒が明かないと思い、クルドに聞いてみた。

「これはこれは、クルド様のお付きにしていただけるとは有り難いですな。では村にはお付きとして行くのですか」

「いや。犯人としてだ」

「じゃあ。早く連れて行った方が良いのでは。手柄をみんなに見せなきゃ駄目でしょう」

「良いんだ。もっと後でも」

「どれくらい後ですか」

「う〜ん。どれくらいになるかなぁ」

「分らないのかい。どうしてだい」

「聖なる実を食って、聖龍様に会って、それから村に帰るんだから。色々あるんだよ」

「でも犯人逮捕はすぐに報告をしなきゃいけないのでは」

「うん、そうだね。そうなんだが、課題がね」

課題?この時俺はこの聞き慣れない言葉の意味を確認した。

「課題ってなに?」

「課題は、・・・・・・・」

どうも言えない様である。

「クルド。ハッキリとしろよ。課題は誰に与えられたんだい」

「お前に言う必要があるか。お前は俺様に捕まったんだ。俺の言う通りにしてたら良いんだ。分かったか。それに俺様を呼ぶときはクルド様と呼べ。いいな」

なるほど言う気はないわけだ。まあ仕方ないなぁ。捕まった身だしなあ。

「クルド様。さあ、何処にでもお連れ下さい。さ、行きましょう」


 クルドは何処に向かう事もなくその場所から動こうとしない。あまり時間が経つので俺は寝そべっていた。空を見て雲が飛んで行くのを眺めていた。

「ああ、平和な時間が過ぎていく」

クルドを見るとだいぶんと困っている様だった。


 どうしたものか、クルドは動こうとしない。どうしたものかと思案していると、ある事を思い出した。

「聖なる実って何処にあるんですか?早く行かないと無くなっちゃうんじゃないんですか。それとも聖龍様でしたか。そこに行きましょう。待っておられるんでしょう」

俺の方をチラッと見たが答えない。いや、答えられないんじゃないだろうかと感じた。

「知らないんだ。聖なる実が何処にあるか。聖龍様も何処に居るか知らないんだ。そらそうだろう。家でゴロゴロしてたんだから。困ったもんだ」

そう言ってチラッとクルドを見たら、図星だったらしくて怒っていた。けれど、俺を脅したり、傷つける事をしない。何故だ。この事にはきっと裏がある。

「なぁ、お互い助け合わないか。きっと成功するぜ」

「なぜお前と協力するんだ。お前は俺様に捕まったんだぞ」

「そうだね。クルド様。あなたは力も能力もある。この世界の支配者たる存在だ。だが、家の外の世界を知らない。この俺は力も無いただの人間だ。だが、少しばかりこの世界を旅した経験がある。お互いの力を出し合えば上手くいくのでは」

「じゃあ。聖なる実のある場所を教えろ」

「それは俺も知らないさ」

「見ろ、役に立たないじゃないか」

「それは違う。ドラゴンの世界と人の世界では求めるものが違うから知識も違ってくるんだ。だが、知識は手繰り寄せる事ができる」

「どう言う事」

「何故その聖なる実を食わねばならないのか?誰に言われたのか?いつまでに達成しなくてはならないのか?そんな所の疑問に答えてくれれば、解るかもしれないぜ」

「じゃあ、言おう。出来るまでで良いんだ。長老様に与えられた課題なんだ。ワケは知らない」

「長老様?そうだったのか。課題だったのか。と言うことは課題は三つだったんだな」

「エッ。どうしてそれを知っているんだ」

「解る事さ。君は実を食う事。聖龍様に会う事。そして、俺を村に連れてゆく事。この三つしか言ってないんだ。一つが課題なら後二つも課題だと思ったからね。そして、この俺は生かして連れ帰れと言われているんだろう」

「どうして、それが分かるんだい」

「どうしてだろうねぇ。クルド。君は俺に捕まえられたんだぜ」

「エッ。どうしてそうなるんだい」

「だって、君の課題の一つが俺を生きて村に連れ帰る事なんだろう」

「そうだ」

「だったら俺が死んだら君は課題を果たせない。俺を守らなければならないんだ。だから君は俺の虜も同じさ。それに後の課題を達成するには俺の協力は欠かせないし。そうだろう」

クルドは追い込まれ、窮地に陥った顔をして俺を見ていた。


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