第21話 勇者とドラゴン

 ギンはゆっくりと歩き、山道を登ってゆく。何時間進んだ廊下、山から下の方を眺めると人が住んで居るような村が見えた。

「見る。居る」


ギンは俺を人の居る所まで案内してくれたようだった。道を進み、村の門の所まで来ると二十人ばかりの村人が出て来た。見れば確かに俺よりも背は低く、男はヒゲズラだ。女はいないようだった。


一人の男が人を押し退けて門から出て来た。

「何処から来た。何のようだ」

「山の向こうから。人を探しに来た」

この黒い鱗のような物は多くのものと会話ができ、相手の意思を感じることができる。俺はこの黒いモノに感謝した。


「俺はアキオ。お前は何と言う」

男は俺の周りをぐるりと一周して、何も言わずただ笑っていた。


侮蔑の意思表示か、俺はこんな所には用がないとギンに別の村まで連れて行ってもらうことにした。


「ギン、行こう」

ギンに跨り来た道を帰ろうとしたとき、村の中から白地に赤い字を書いた服を着た女が慌てて出て来た。

「お待ち下さい。しばらく、しばらく。ババ様がお会いになられます」


「おっおっ〜」の声のする方から一人の婆さんが二人の娘にかしずかれ出て来た。

「グン、お前、何とした。勇者様は行かれんとした。なぜお止めもうさん。我の元にお連れしろと申しつけた筈」

「ババ様、こんな奴が勇者とはとても思えない」

「ワシのお告げが信じられんと言うのか」

「いやそうじゃない。人違いだと思うのだ」

「何を言う。この愚か者が。下がれ」


 俺の前に来ると頭を下げ、恭しく話し始めた。

「貴方様は勇者にして善意の人。我らの願いを聞き届けて下さいませ」

「俺はただの旅人だ。勇者なんてもんじゃない」

「いやいや。お告げでは影が長いとき乗りて来し勇者ありとありましたのじゃ。だから貴方しかおらんのです」


困った事にババアは俺を勇者として村に入ってくれと言う。勇者は何かやらされる予感があるので簡単にはこの話に乗ることはできない。

「俺は父と母を探している。ただそれだけだ。勇者などではない」


「はい、そうでございましょうとも。それでも村に入られて、このババの話を聞いてくだされ。無理ならば諦め申します」

俺はこの断ってもいいと言う言葉に同意した。

ギンを連れて村に入り、ババの屋敷に入った。


「勇者様。あなた様はあの恐ろしい山から来られた。それだけでも十分に勇者の力量がおありになりますじゃ」

「山を越えただけでか」

「そうですじゃ。あの山には恐ろしいドラゴンがおりますのじゃ。ジュワツと言い、人を食らい、家畜をも食らい尽くす勢い。このままだと村にもやって来るのは必定。皆恐れております。村の壁など役には立ちますまい。それでジュワツを退治していただきたい、とお願いしたかったのです」

「おババ、そのジュワツなるドラゴンはどのような姿形をして居るんだろうか」

「頭は大きく、体は青色、首から尾まで虹のように光、山のように大きいのです。見たものは生きておりません。全てを喰らい尽くすのです」


 俺はこのババ様の言葉に胸を撫で下ろした。

「そのドラゴンは何匹だ。一匹だけか」

「いやいや、三匹もおりますのじゃ」

「それじゃ、もう奴らは死んでいる。ここから山一つ超えた所に崖づたいがあるだろう。その崖下に大きな岩の下敷きになっている。もう俺に頼まなくても終わっている」


それを聞いたババ様は驚愕の顔になった。

「何を驚いているんだ」


俺の問いかけに答えずグンとか言うさっきの男を呼ぶと急いで崖下のドラゴンの死体を確認にいかせた。その時に俺に聞かせないようにグンに何か耳打ちをして。


「さて、勇者様。少しばかり聞きたい事があるのですが。よろしいかな」

「何かな。わかる事、知ってる事なら話そう」


「先程は大きな岩と申されたが、崖に突き出た岩の事ですかな。確かあの崖には大きな岩と言えるほどの物は一つきりと覚えておりますが」

「そうだな。オババの言うものと俺の言うものとは同じものだろうな」


おババは下を向き考え込んでしまった。

俺にはないが起こったのか分からなかったが、おババの態度で何か大きな心配事が起こったことを感じ取った。


「岩を落とすことなど人の力を超えている。だが、もしお主が落としたとなればこの事は大変なこと引き起こしたやもしれませんなあ」

「大変なこと」

「そうです。あの崖にはシャクシャインの石がありますのじゃ。この石ただの石ではありません。黒龍様の宝物なのです。それはかの岩の上に有りましたのじゃ。割れてなければ良いのじゃが」

「なんかあるのなら俺はこの村から出て行こうか」

「いいえ。シャクシャインの石が割れているのならここに留まっていただきたい。黒龍様に申し開きをしなければなりませんので」

「そうなのか」

「はい、グンに確認に行かせておりますので」


そう言うとおババは二人の女を呼ぶと俺を見張るように指示して部屋を後にした。

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