第7話 ジェフの話
石垣に腰を下ろしたジェフは俺の方を見て、自分の話を聞いてくれないかと言う。
「なぜだい。何の話」
「アキオ。ここで話さなければならない気がするんだ。いいかい」
「いいよ。話してよ」
ジェフは目を細め、遠くを見るような面持ちで話始めた。
俺と君の父親であるディビット・マクレインは幼馴染でな。あれは6歳の時だった。近所の仲間10人ばかりと河原で遊んでいたんだが、ピカッと光ったら川向こうの教会の屋根の十字架に雷が落ちたんだ。3人は空を見た。後の7人はしゃがみ込んでいた。俺たちを含めた3人は空の彼方に美しい山の姿を見た。
「あれは何だったんだろう」って、俺はディビーとよく話をしたものさ。もう一人のやつは大人の言う事を良く聞く、俗に言う聞き分けの良い子さ。あれは幻覚だとか、幻だと言い放ち、俺たちと分かりあうことはなかった。
俺たち二人はドイツの田舎からベルリンの理科系の大学に進学し、幼い時の疑問に立ち向かった。しかし、ベルリンでは限界が見えてきて、ここニューヨークの大学で新たに研究を始めていた。俺は理論から、ディビーは実験を担当した。
周りの奴らは俺たちのことを気狂いだとか、おバカだとか、好き勝手言っていやがったが、お互い問題にもしなかった。互いが相手を認めていたんだから信じれる奴が横にいるってことは嬉しい事なんだ。
「フッ」と息を吐き、ジェフは黙ってしまった。俺はどうしたのかと心配したんだが話がまた始まった。
俺たちが36歳の頃、少しも進展がなくどうしようかと悩んだ時期があった。ディビーは自暴自棄になり、さっき見た小屋の様な研究室から空を見上げる毎日を送る様になっていた。俺がヒモ理論や次元対流理論を話ても興味を示さず、空を見て笑っていた。俺は大学で物理の講師をして生きていたのであまりディビーに掛り切りにはなれなかった。そうした鳴かず飛ばずの時間が一年ほど過ぎた頃手強い天使が現れたんだ。
新学期が始まり、俺は最初の講義に次元理論やヒモ理論のさわりを話したんだ。その話に食いついてきたのが日本からの留学生のカオリ・カイバラ、君のお母さんだったんだよ。彼女は詳しく俺に聞いてきた。質問もその分野の専門家のそれで俺はびっくりしたのさ。だけど嬉しかったよ。だって俺の本当に話したい事柄にピタッと反応してくれたんだから。ディビーにその晩電話したんだ。
「おい。凄い学生がやってきたぞ。あれは俺たちと同類だぞ。話が良くわかっている。こちらの言う事が理解できて、反応もいい」
「そんなに凄いのか。そいつはどんな奴だ」
「ディビー、奴じゃない。女なんだ。会ってみろよ」
「まあ、君の生徒だし、そのうちな」
そう言って電話を切ったディビーを責める気にはなれなかった。あの時金もなかったし、第一心の余裕がなかったからなぁ。
次の日俺はゆっくり大学に出勤し、講師室に入った。すると誰かが俺の椅子に座っていやがるんだ。こうしてな。ジェフは俺に見せる様におどけて身を反らせて見せた。
椅子の背を見てガツンと一発見舞ってやろうと椅子の前に回ったら、何とディビーだったんだ。俺はびっくりしたさ。
「どうしたんだ。ディビー。こんな朝早く。研究が進んだのかい。進展があったのかい」
「違う違う。昨日の女の話さ。研究室にいても何も起こらない。だから気晴らしにやってきたんだ」
「そうだったのか」
「問題のお姫様は何処にいる」
「いやー。今日来ているかも知らないんだ」
「何だと朝早くやって来て会う亊も出来ないのか。何とかしろ」
俺は困ってしまった。そんな時ドアがノックされ、誰かがやって来た。俺が出てみるとカオリだった。俺はビックリした。喜んでカオリを招き入れ、ディビーに紹介した。
次元の話、異世界の窓の話、3人はずっと話していても飽きなかった。その話の中で俺たちの体験をカオリに話し、今やっと窓に手をかけているんだが開けることができないんだと話たら、カオリはバッグから一枚の写真を取り出した。
この写真は1911年3月11日日本の東北で地震のあった地域をバスで走っていた時に写されたものだと言っていた。カオリのお婆さんが小学生の時にお婆さんの叔父になる人が写したんだとか。建物は日本家屋に英国風の煙突が有り、道行く人も羽織袴なのに山高帽を被り、列車もおかしな形をしていた。この写真を周りの人に見せた為、嘘つきだとか偽物だとか非難されたらしかった。それでカオリは写真が本物であることを証明するためにこの次元理論を勉強していると話していた。
俺たちは顔を見合わせて笑った。同じ境遇の人間が地球の裏側に存在していたことに驚きと喜びを合わせて二人は納得していた。
「ようこそ。人ならぬ神の領域を侵す愚かな者たちの巣窟に。君の来訪を歓迎する」
ディビーはカオリを認め、そう言ってカオリの手を握った。
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