第2話 糞と思える学生生活

 俺はいつも校舎と校舎の間を眺めている。なぜそんな事をしているのかと聞かれるが、自分でもよく分かっていない。ただ、ニューヨークの風景の何処かに似ているんだろうと思っている。母がよく空を見て、ずーっと何時迄も見ていたのを思い出す。だが、母は何かを見ていたが、俺はただぼんやりと見ているだけだった。校舎の影を見てもうこんな時間かと気がつき家路を急ぐ毎日で、生きている実感がなく、ただ息をしているだけの毎日だった。

「君は何のために生きるのか」と、問われても答えられなかっただろう。

 成績は平均の少し下。運動もせず、クラブにも入らず、家と学校と往復している。まるでサラリーマンだ。小遣いも困った事もなく、何も波風の立たない中、1年が過ぎた。この時が一番幸せだったと思い出す。その後の地獄から比較して。


 事の発端は2年の春、いつものように眺めていると横から声をかけてくる。

「海原くん。こんな所で何をしてるんです」

「うん。なんとなくね」

声をかけて来たのは渡辺仁。クラスでは目立たない奴だったが、こいつが好き勝手噂を振りまく奴だった。気がつくと俺はテニスをする女性のパンツを眺めて楽しんでいるムッツリ助平と言う事にされていた。そう言えばテニス部がよくあそこで活動していたことを思い出していた。日に日に俺を見る女生徒の視線が厳しくなって来た。

「イヤらしい奴。イヤよね」

「困ったやつよね」

あまりいい気はしなかったが、あまり気にもせず放課後いつもの場所で黄昏てると「ちょっと、あなた」と、声がする。顔を上げるとテニス部の3年生で遠藤真奈美だと自分で名乗る。

「あなたがそこにいると私たちテニスに集中出来ないの。何処かに行ってくれない。邪魔なの」

「ただぼんやり眺めているだけでもダメですか」

「あなた、パンツを見てるんじゃなくて」

「パンツ見られて練習出来ないの。試合、大丈夫。勝てないよ」

「あなたに言われたくありません」

「ああ、言いがかりもいいとこだ」

「早くどこか行ってください」

俺は仕方なくそこを立ち去り、気持ちの落ち着く風景を探して歩き回った。

 荒川の河川敷の一角でただ何と無く落ち着くところが見つかり、その日からそこに通うことになった。

夏もずっとそこに通った。叔父の家にいても落ち着かず、弁当とお茶を持参して眺めていた。二学期になり女生徒の写真がインターネットで出回り学校で問題になった。その主宰者がアキオを名乗り、俺の立場が益々悪くなって来た。

「女にモテないからって盗撮かい。最低だな」

「本当に困ったやつ」


 銀杏の落ち葉が絨毯の様に敷き詰められた中、俺は嬉々として歩いていた。風が吹くと葉が落ちて来てもう美しくて、俺は同じところをずっと歩いていた。ふと気がつけばコーヒーの芳しい香りが鼻をくすぐる。

「コーヒーでも飲むか」

そう思い目の前のスターバックスに入店すると、この前俺に文句を言った遠藤真奈美が店員をしていた。コーヒーを受け取ると俺は窓側の席に座り、ちびちびとゆっくり飲んでいた。外の風と落ち葉を眺めて。

遠藤真奈美はここでの事は黙っていてくれと頼むので了解した。だが、次の日写真と店の画像が流れ、学校で大問題になっていた。当然俺の所に怒ってやって来たが俺には分からず当惑するだけだった。周りからは非難され、不良の烙印を押され、クラス内で益々辛い立場に追い込まれていった。

テニス部の女達に囲まれ、非難を受けるにつけ、「どんな写真か見せろ」と、迫ると「これよ」と見せてもらった。

見ると俺の後ろ姿が写っている。

「この男は俺だ。俺が写したものでない事はこれで間違いない」

この発言でも女達は口々に文句を言い、言いがかりをつけて来たが、俺は受け合わなかった。それでその一件は有耶無耶になり、何処かへ行ってしまった。


 だが、この事件から一変したのは海原静江の態度であった。叔父の一人娘で正義感が強く、こうあるべきと考える女は俺を厳しくなじった。俺の言葉を聞く事など無く、静江の俺を責める言葉は熾烈を極めた。俺の地獄の始まりでもあった。家にいる時にもゆっくりして寛げない日々が始まろうとしていた。


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