10th stage
見れないものはしかたない
10th stage
そろそろ日付が変わろうかという日曜の夜は、電車もそんなに混んでなかった。
栞里ちゃんと並んで座ってたぼくは、窓の外に流れる夜景を見ながら、さっきのキスと告白の余韻に浸ってた。
肩が触れ合う隣の小さな女の子は、ぼくの、恋人、、、
ん〜〜〜〜。
なんて幸せなんだ!
横目でチラリと彼女を見る。
さっきまでいろいろ話をしてた栞里ちゃんは、今はほとんどしゃべらず、うつむいたまま、スマホを触ってる。
そうか。
またブログ書いてるんだな。
いったいどんな事、書いてるんだろ?
『Death Jail』
びっしりとフレンド限定記事が並んだ、マイフレンドがひとりもいない『死檻』ちゃんのブログ。
そこにはきっと、だれにも読ませた事のない栞里ちゃんの本当の気持ちが、いっぱい綴られてるに違いない。
、、、気になる!
栞里ちゃんのブログを、読んでみたい!
そこに書かれた、本当の栞里ちゃんの事を、全部知りたい!
ブログを書いてる彼女の横で、ぼくは『見たい欲』にかられて、ムズムズしてた。
頼んでみようか?
『ブログ見せて』って。
でも、拒否られたら、どうしよう、、、
『キスしたとたん彼氏ズラして、あたしの事詮索してくるうざいヤツ』
なんて思わて、嫌われたりしたら、、、
言い出そうかどうかかなり悩んだ末、誘惑に負けたぼくは、栞里ちゃんにおそるおそる訊いてみた。
「栞里ちゃん。ブ、ブログとか、書いてる?」
「ブログ?」
不審そうな目でぼくを見ながら訊き返し、栞里ちゃんは隠す様に、パタンとスマホカバーを閉じた。
まずいっ。
やっぱり嫌われてしまったかもっ!
「あっ。や、やってないならそれでいいんだけど… 今どきの中学生って、みんなブログとかやってるみたいだから、栞里ちゃんもかな、とか思って、、、」
慌ててぼくは言い訳したけど、案外栞里ちゃんは気にしてる風でもなく、あっけらかんと言った。
「書いてるよ」
「え? ほんとに?」
「でも、だれにも見せてないの」
「そ、そうなんだ?」
「日記って、他人には見せないもんじゃん、ふつー」
「ま、まあ、そうだけど…」
「お兄ちゃん、見たいの?」
「え? あ。う、うん、、、」
「え~、、、 どうしよっかな~」
「む、無理そうなら、いいけど…」
「んもう。すぐ引き下がるんだから~。これだからヘタレなオタクって、、、」
「ごっ、ごめん」
「うそうそ。冗談だよ。とりあえずフレンド申請してみたら?」
「フレンド申請?」
「あたしのブログ記事、全部フレンド限定で、そのままじゃ見れない様にしてるから。まあ、フレンドなんていないから、だれも見れないんだけどね。メアド教えてよ」
そう言いながら栞里ちゃんは、一度仕舞ったスマホを取り出し、ぼくの言ったアドレスを打ち込みはじめる。
“ピコン”
ぼくのiPhoneから着信音が鳴った。
「はい。アドレス送っといたから、申請してみて」
「え? もう承認してくれるの?」
「どうしよっ、か〜な~〜〜」
気を持たせる様に、栞里ちゃんは語尾を伸ばす。
「ブログにはあたしの秘密、いっぱい書いてるし、読まれるのなんだか恥ずかしいし、そもそもだれかに読んでもらう事なんか、全然考えてなかったし」
「とっ、とりあえず、申請だけはしとくから。承認はいつでもいいし、スルーしてもらっても、全然気にしないから、、、」
「ん~~~、、、、、、 ゴメン。多分拒否る」
「し、しかたないよ。プライベートな日記だし、、、」
「あ。やっぱヘタレだ~」
そう言って栞里ちゃんはおかしそうに笑う。
ったく、この子は人をイジるのが好きなんだから。
ってか、今いち押しの弱いヘタレな自分、、、orz
栞里ちゃんのブログ、、、
見たかったけど、しかたない。
カレカノになれても、見せたくないプライベートな部分って、あるよね。
とりあえずブログの事は忘れて、残り短い栞里ちゃんとの会話を楽しむ。
もうすぐ彼女の家に着く。そうしたらお別れだ。
もちろん、一生の別れってわけじゃないけど、やっぱり離れるのは辛い。
郊外の小さな駅で電車を降り、しばらく歩いた閑静な住宅街に、栞里ちゃんの家はあった。
そんなに大きくはないけど、2階建ての割と新しい、こぎれいな洋風の家。
この家のなかで、ドロドロとした人間関係が渦巻いてるなんて、なんか信じられない。
鉄製の玄関扉に手をかけた栞里ちゃんに、ぼくは訊いてみた。
「栞里ちゃん、大丈夫?」
「なにが?」
「その、、、 お父さんとかお母さんの事…」
なんと言っていいかわからない。
彼女の家庭内の事情だから、ぼくがあまり立ち入るのも、アレだし、、、
不安そうにしてるぼくに、栞里ちゃんは微笑みながら答えた。
「ん。大丈夫だと思う」
「ほんとに?」
「あの人たちの事は、『勝手にすれば』って感じだから。あたしはあたしの道を生きる事にする。まあ、少なくとも、親としての最低の義務は果たしてもらうから。高校まではちゃんと行かせてもらう。大学もバイトしながらでも、絶対行ってみせるから」
「栞里ちゃん… 強いんだね」
「そんな事ないよ。お兄ちゃんがいてくれるからだよ」
「そんな。ぼくはなにもしてないし」
「大丈夫。どうしてもダメそうな時はまた家出して、お兄ちゃん
「ええっ?!」
「ふふ、冗談… でもないかな?」
「だっ、大丈夫だよ。ぼくがちゃんと大学に行かせて、お嫁さんにもなってもらうから」
「ふふ。嬉しい。ありがと」
「…」
力を込めて言うぼくを見て、栞里ちゃんは
JK妻か、、、
それもいいかも。
とりあえず、、、 お金貯めとかなきゃな。
あまりロリ服やコスプレ服で、散財しない様にしないと、、、
「じゃ、おやすみなさい」
上目遣いでぼくを見た栞里ちゃんは、クルリと背を向けると門扉を開け、ステップを軽やかに駆け上がり、玄関先で立ち止まって、もう一度振り向いて、はにかみながらぼくに小さく手を振ってくれた。
なんかもう、、、
幸せすぎて昇天しそう、、、
「いつでも戻ってきていいよ! 栞里ちゃんひとりくらい、ぼくがちゃんと面倒見るから!」
思わずそう言うと、栞里ちゃんはにっこりとした微笑みを浮かべた。
そのまま栞里ちゃんは家に入らず、笑顔でぼくを見送ってくれてる。
いつまでもその姿を見ていたかったけど、そうもいかない。
後ろ髪を引かれる思いで、ぼくは彼女の家をあとにした。
つづく
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