レモンでもチーズでもスイカでもない

 そのあともしばらく、ふたりはベッドの上で、ダラダラと話しをしてた。

栞里ちゃんの学校や、友達、クラスの事。

ぼくの大学の事や、同人誌の事。

『ぼくも匿名サイトで誹謗中傷された事があるんだよ』って話すと、栞里ちゃんは自分の事の様に考えてくれて、慰めてくれた。


なんか、、、 嬉しい。

この辛さを分かち合ってもらえるなんて。

これが、『味方』って事なんだろな。

でも、、、

これじゃあどっちが年上か、わかんないじゃないか(笑)。



 いつまで話してたってキリがないし、早く帰らないと電車もなくなってしまう。

『うちに帰る』という栞里ちゃんの決心も、なんだか鈍ってきてるみたい。


「よしっ」


と気合いを入れる様にして、ようやく栞里ちゃんは立ち上がり、帰りの支度をはじめた。


「あっ」


Tシャツを脱ぎかけて、栞里ちゃんは小さく叫び声を上げた。


「ど、どうしたの?」

「帰りに着てく服がない!」

「え? さっき、栞里ちゃんが窓から捨てた服があるけど、、、」


そう言って、ぼくは窓から降ってきた彼女の服を差し出す。


「お兄ちゃん拾ってきたの? その服、捨てたのに」

「え? どうして」

「もう着たくないから」

「なんで?」

けがれた服だから」

「穢れた?」

「他の穢れた男が、穢れた目的で買ってくれた服だから」

「…」

「あっ。そう言えば原宿で、お兄ちゃんに普段着も買ってもらったっけ。まだある?」

「あ、当たりまえだよ。ちゃんととってあるよ」


これは安かったので、オークションじゃ値がつかないと思って出品しなかった。ふう、、、



 そんなこんなで、ぼくが買ってあげた服を着て、栞里ちゃんは部屋を出た。

ぼくも彼女を送って、駅までいっしょに行く。

夜の街をふたり並んで歩く姿は、他の人からはまるで兄妹みたいに見えるかもしれないけど、たまに指先が触れあって、それを意識するふたりは、なりたてほやほやの恋人同士、、、 だと思う。


そうなのか?


…ほんとにぼくたちって、恋人同士なのか?

恋人って、こんな感じなのか?

彼女いない歴=年齢の自分には、なんかまだ、実感がわかない。


そりゃ、告白っぽい事は言ったし、栞里ちゃんも『バージンあげたかった』って言ってくれたし、ぼくの事好きでいてくれてるんじゃないかとは思うけど、彼女のぼくの呼び方は相変わらず、『お兄ちゃん』のまんまだし、、、


もしかして、、、

栞里ちゃんにとってぼくは、『恋人』っていうより、『兄』とか『父』とか、保護者に近い存在で、恋愛感情とは違うのかもしれない。

いったいふたりは、どういう関係なんだ?



「お兄ちゃんに、あやまらなきゃいけないことがあるの」


駅前の交差点で信号待ちをしている時、栞里ちゃんが、思い切った様に話しはじめた。


「え? なにを?」

「あたし、嘘ついた」

「えっ?」


そっ、それってもしかして、、、


『、、、なんちゃって。今までの話はぜ~んぶ嘘だよ~』


とか言う、ドッキリみたいなやつ?!

ってことは、ぼくのことが好きだってのも、バージンあげたいってのも、嘘って事で、、、


思わず目の前が真っ暗になりかけたが、栞里ちゃんが話しはじめたのは、そんな事ではなかった。


「昼間、イベント会場で、『別にお兄ちゃんに会いに来たわけじゃない』って言ったでしょ」

「う、うん」

「あれ、嘘」

「え?」

「ほんとは、お兄ちゃんに会いに行ったの」

「ええっ? ほんとに??」

「うん。会いたくて会いたくて。死ぬほど会いたかった」

「そっ、そんなに、、、」

「ついでに言えば、『だれとつきあってたって構わない』ってのも、嘘。

ゲーム画面を見せられた時、『彼女じゃなくてよかった』って、心の底からほっとした」

「…」

「あの時あたし、はっきりわかったの。あたし、お兄ちゃんが好きなんだな、って」

「うっ、嬉しいよ。そんな風に言ってくれて。ぼくも栞里ちゃんの事、好きだよ」

「その『好き』っていうのは…」


そう言ったところで、信号が青に変わり、ぼくたちは横断歩道を渡りはじめた。

栞里ちゃんは急に黙ってしまう。

ぼくもなんて言っていいかわからない。

お互い無口のまま駅へ入り、ぼくは券売所で栞里ちゃんの切符を買った。


「お兄ちゃん… ちょっとしゃがんで」


改札に入りかけた栞里ちゃんは、歩を止め、思いついた様に言った。


「え? 、、、こう?」


言われるまま、ぼくは少ししゃがんで栞里ちゃんを見る。

顔の高さが彼女と同じくらいになる。


“チュッ”


そんなぼくの唇に、栞里ちゃんは軽く唇をくっつけた。


キッ、キッス??!!

栞里ちゃんとのファーストキス!!!

しかも栞里ちゃんからっ!!!!

ゲームでの高瀬みくたんとのキスなんて、問題にならない!!!!

一瞬だったけど、栞里ちゃんの唇の感触は、あったかくて柔らかくて最っ高っ!!!!!

すごく、いいっ!!!!!!


女の子の方からのファーストキスなんて、なんか、シチュエーション的に逆の様な気もするけど、そんな事はどうでもいい。

あまりの嬉しさでぼくはすっかりほっぺたが赤くなり、涙が出そうになる。


「さっき話したあたしの『好き』は、こういう『好き』なの」

「そっ、それって」

「これであたしたち、ちゃんと恋人同士だね」


栞里ちゃんは上目づかいにぼくを見て、はにかむ様にちょっぴり頬を染めて言う。


こっ、恋人同士?!

栞里ちゃんの口から、そんな言葉が聞けるなんて!

自分にまさか、こんな日がやって来ようとは!

ぼくはもう、『独男』なんかじゃない。

『佐倉栞里』っていう、とびきり可愛い14歳の彼女ができたんだ!!


感動で目がうるんでなにも言えないぼくを見て、栞里ちゃんはちょっと不安そうに言った。

「…ほんとにあたし、お兄ちゃんのカノジョ、でいいのかな?」

「えっ?」

「あたし、まだ中学生だし… お兄ちゃんから見ればまだまだ子供だし。あたしの方が勝手に恋人って思ってるだけで、、、」

「そんな事ない。そんな事ないよ!」

「ほんとに?」

「ごめん。あんまり突然だったから、びっくりしちゃって、、、

すっごい嬉しかった。でも、ぼくの方こそ、『ぼくみたいなのが栞里ちゃんの恋人でいいのかな』って思っちゃって、なんか不安で、、、」

「あは。お兄ちゃんもなんだ」


キモオタのぼくはともかく、栞里ちゃんもぼくと同じ様に、不安に思ってたなんて、、、

そんな夢みたいな事があっていいのか?


「ぼくも、、、 ぼくも栞里ちゃんの事、大好きだよ!

世界で一番好きだよ!

ずっとずっと、大事にしてあげたいって、思ってるよ!!」


思わずそんなキザなセリフが口から流れ出てくる。

ふだんなら言えない様な歯の浮く様な言葉が、スラスラ出てきた自分が怖い。

ぼくの言葉で、栞里ちゃんは真っ赤になってうつむく。

その姿が、かっ、可愛過ぎる!!


「じゃあまたね。お兄ちゃん」


恥ずかしさを隠す様に、そのまま彼女は、クルリと背を向けて改札を抜けようとした。


「まっ、待って。送るから!」


反射的にその後ろ姿に、ぼくは声をかけた。


「え?」

「も、もう遅いし、危ないから。だから家まで送ったげるから」

「でも… うちまで来たら終電が。お兄ちゃんが帰れなくなっちゃう」

「大丈夫。大丈夫だから!」


そう言いながら、ぼくはアタフタと『Suica』の入ったスマホを取り出し、自動改札機にタッチすると、栞里ちゃんの隣に並んだ。


『送る』なんて、ただの口実だ。

夜道が心配なのは確かだけど、ほんとは栞里ちゃんと離れたくないだけだ。


離れたくない。

ずっといっしょにいたい。

これが恋って気持ちなんだなぁ、、、


つづく

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