8th stage

一生いっしょなんて信じられない

     8th stage


「なんか… 懐かしいな~」


玄関のドアを開けて部屋の灯りのスイッチをける。

栞里ちゃんは目を細めて、明るくなったぼくの部屋を見渡して言った。


「3日しかいなかったのに?」


靴を脱ぎながら、ぼくは言った。


「たった3日でも、懐かしいものは懐かしいの」

「そっか」

「このオタク臭も、久し振りって感じ」

「えっ? そっ、そんなに臭い?」

「ウソウソ。別にヘンな臭いはしないよ」

「よかった」

「あっ。ロリ服がかかってる! やっぱりこのお洋服、可愛い~♪ イベントに着ていくの、楽しみ」


クロゼットにかけてあったロリ服を見つけると、栞里ちゃんは部屋に上がって駆け寄り、服に頬ずりする。

ん~~~。。。

『もうオークションで売れてて、着れないんだよ』とは言えない、、、


それでも、こうして栞里ちゃんが今、ぼくの部屋にいるという事が、奇跡の様に感じる。

もう、二度とここへは来ないって思ってた。

あれで最後だと、諦めてた。

その彼女がこうして今、部屋の隅にちょこんと座ってて、ぼくを見つめてる。

もう感激すぎる!



だけど、距離を計る様に、じっとぼくを見つめる栞里ちゃんがなんだか怖くて、落ち着かない。

いったい今からどうなるんだろう?

栞里ちゃんの『話したい事』って、いったいなんだろう?


「お、お茶でも飲む?」


気持ちを紛らそうと思い、ぼくは冷蔵庫を開けながら栞里ちゃんに訊いた。彼女はコクリとうなずく。

だが冷蔵庫のなかには、ペットボトルのお茶が少ししか残ってなかった。


「あれ? お茶がない。ちょっと買ってくるよ」


そう言ってバッグから財布を取り出そうとした時だった。


「ミノル、お兄ちゃん」


ぼくを見つめたまま、栞里ちゃんは言った。彼女がぼくの名前を呼ぶのは、これが初めてだった。

うう、、、

ちゃんと憶えててくれたんだ。


「お茶はいいから、こっち来て座って」


その口調が、なんだか切羽詰まってる感じ。

ぼくは緊張でちょっと汗ばみながら、栞里ちゃんの前に座る。


「な、なに?」


声が少し震えた。

こうしてふたり相対あいたいすると、いやが上にも緊張が高まってくる。


「お兄ちゃん… あたしの事、どう思ってる?」


どう切り出そうか迷ってる様に、栞里ちゃんは戸惑いながら訊いてきた。


「え?」

「あたし… 自分勝手でわがままだし、家出中だし… こうやってお兄ちゃんに来るのって、やっぱり迷惑だったかも、、、」

「そ、そんな事ないよ。全然迷惑とかじゃないよ!」

「ほんとに?」

「ああ! 栞里ちゃんとまたいっしょにいれるなんて、ほんと嬉しいよ」

「ほんとのほんとに!?」

「栞里ちゃんの事、すっ、好きだよ。いっ、いや。ヘンな意味じゃなくて…

なっ、なんて言うか、、、 大事にしてやりたいなって感じで、守ってやらなきゃって思って、、、

いや、ぼくなんかがそんな事思っても、しかたないんだけど、、、」

「そんな事ない。嬉しい」


グダグダな調子で話してるぼくだったけど、それでも栞里ちゃんは嬉しそうに目を輝かせてくれた。


「ほっ、ほんとに?」

「うん」

「よかった、、、」

「…お兄ちゃん。あたしの事、嫌いにならない?」

「も、もちろんだよ!」

「なにがあっても、絶対嫌わない?」

「嫌わないよ!」

「絶対に?」

「うん」

「絶対絶~~っ対?」

「絶対!!」


念を押す様に重ねて訊いてきた彼女は、まっすぐぼくの目を見て、明るく装う様に言った。


「あたし… 裏サイトでいじめられてるんだ」

「う、裏サイト?!」

「学校裏サイト。な~んか、人の事『ボッチ』だの、『ヒイキ』だの『ビッチ』だのって… 頭悪いよね。バッカじゃない?」

「…」


やっぱり、、、

栞里ちゃんはあのサイトを見てたのか。

笑い飛ばしてはいるけど、そうやって強がれば強がるほど、彼女の痛みの大きさを感じてしまう。

自嘲気味に笑いながら、裏サイトの話をしていた栞里ちゃんだったけど、次第に表情がかげっていった。


「でも… それ、書き込んだの、、、 親友だった子なんだよね」

「え?」

「表じゃあたしに、『ずっと親友でいようね。一生いっしょだよ』なんていい事言ってたけど、裏で汚いカキコして、あたしを裏切ってた」

「ど、どうしてそんな事、、、」

「あたし… その子が好きだった部活の先輩から、告られたの。

な~んか、マンガみたいな話じゃない? ありきたりすぎて、笑うしかない」

「…」

「あたしはその先輩の事、なんとも思ってなかったし、美優の気持ちを知ってたから迷惑なだけで、速攻拒否ったけど、すぐに噂が広まって、、、

美優は『それでもわたしたち親友だよ』って言ってくれたけど、その日から早速裏サイトに悪口書き込みはじめた。 …ったく、すぐに特定できる様な書き方するなんて、頭悪すぎ美優」

「…その、美優ちゃんとは、今でも友達でいるの?」

「向こうは馴れ馴れしく寄ってくるけど、あたしは適当にあしらってる。だって、信用できないし、二言目には『悩みがあったらなんでも話して』って、なんとかして人の弱み握ろうとして、うざいし」

「…裏サイトにカキコしてるの、美優ちゃんだけ?」

「美優に釣られて、最近は何人もカキコしてるみたい。面白半分にあることないこと人の悪口とか書いて、、、ばっかじゃない?」

「栞里ちゃんはそれで、へっ、平気なの?」

「別にそんなのはどうでもいい。裏サイトなんて、見なきゃいいだけの話だし。でも、あたしが本当にムカつくのは、そんなあたしの事なんてお構いなしで、自分勝手で好きな事ばかりしてる、うちの連中」

「うちの連中?」


おうむ返しにぼくが訊き返すと、栞里ちゃんはちょっと躊躇ためらったが、すぐに喋りはじめた。


「もうすぐ離婚するんだ。うちの両親」


つづく

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