イベントに着ていく服がない
撮影したデータをパソコンに落とし、色調を整えてプリントアウト。それを横に置いて、ぼくは改めてまっさらな紙に、デッサンをはじめた。
写真をトレースして描くとただのリアルイラストになるので、コミック調に体型や顔のパーツをデフォルメして、自分の萌えスタイルに近づけていくのだ。
机に向かって作業するぼくには興味ないらしく、栞里ちゃんはベッドに腰を降ろして、またスマホをいじりだした。
「お兄ちゃん。その描いたイラスト、どうするの?」
しばらくしてスマホの画面から顔を上げ、唐突に彼女は訊いてきた。
「ああ… pixivや自分のホームページにアップしたり、ポストカードにして、同人イベントで売ったりとかしてるかな」
「同人イベント? もしかして、『コミケ』とかいうやつ?」
「それは年に2回開かれる大きなイベントで、それ以外にも毎週どこかでやってるんだよ」
「ふ~ん」
「今度の日曜にも開催されるイベントがあるよ。ぼくも参加するんだけど」
「へぇ~、、、 それって、コスプレとかもやってるんでしょ? ちょっと行ってみたいかも」
同人イベントというのにちょっぴり興味が湧いたらしく、栞里ちゃんは身を乗り出してきたが、思い直した様にペタンとベッドに座って、残念そうに言う。
「あっ。ダメか」
「どうして?」
「だって、着てく服、ないもん」
「今着てるのは?」
「ずっと着たままで、汚いし」
「じゃあ、服とか買いに行こうか? 明日はぼくもバイト休みだし」
「え?」
ぼくの提案に栞里ちゃんはびっくりした様子だったが、口にした自分はもっとびっくり。
なんでそんな台詞が、スラスラと出てきたんだ?
モデルをしてもらって、ハイになってるのか?
「服以外にも、いろいろ買わないとな。ここには栞里ちゃんが使えそうなもの、なんにもないし」
なんなんだ自分!
同棲でもはじめるつもりなのか?
勝手に口が動いてる!
だけど実際、彼女がもう少しここにいるのなら、それなりにいろいろ用意しないといけない。
着替えだけじゃなく、歯ブラシとか、化粧品とか、タオルとか、パジャマとか、下着とか、、、
栞里ちゃんはしばらくなにか考える様に黙ってたが、戸惑う様に訊いた。
「ほんとにいいの?」
「うん」
ぼくはうなずく。
栞里ちゃんにはいろいろとしてあげたい。
幸い、今はコミケの売り上げがたっぷりあって、財布もあったかいから、少しくらい高価な服や化粧品とかでも、買ってやれる。
「…しかたないな。じゃあ、買い物、つきあってあげるか」
相変わらずの生意気な口調だったが、栞里ちゃんはちょっぴり恥ずかしそうにうつむいた。
『よっしゃ~~!!』
心の中でガッツポーズ。
しかし、、、
気楽に誘ったものの、よくよく考えると、それってもしかして、『デート』。じゃないのか?
、、、高い。
年齢イコール彼女いない歴のぼくには、高過ぎるハードルだ、、、orz
どこに行けばいいんだ?
なにを買えばいいんだ?
どんな会話をすればいいんだ?
食事とかお茶しようって流れになるかもしれないが、ファミレスか牛丼屋くらいしか知らない自分には、オサレな食べ物屋なんて、テリトリー外だ。
「めしどこか、たのむ」
時間をおかずに、レスは来た。
『なに? 今さら電車男w』
すぐさまぼくもメッセを返す。
「明日栞里ちゃんと買い物に行く。アドバイスよろ」
『そーきたか。軍資金は?』
「10諭吉以内で?」
『厨房相手なら充分杉。食事とお茶のオプションあり?』
「たのむ」
『服のテイストは?』
「わからん」
『その子の画像ないのか?』
「ある」
『送れ』
「流出させるなよ」
『機密厳守でおK』
念を押して、さっき撮った栞里ちゃんの画像を添付して、ヨシキに送る。
『感涙! メッチャ可愛いじゃないか! 『LIZ LISA』とか、姫系が似合いそう』
「じゃあそれで」
『ホテルのオプションは?』
「ないないないない!」
『了解。あとでおすすめプラン送っとく』
そこからヨシキはプランニングにかかった様で、メッセが途絶えた。
口惜しいけどこういう問題は、やっぱりヨシキが頼りになる。
風呂に入ってる間に、ヨシキから『おすすめプラン』が届き、とりあえず明日の買い物の問題は片付いた。
だけど、もうひとつ頭を抱える問題があった。
それは、、、
今夜、寝る場所をどうするか、だ!
昨夜は半徹でイラスト描いてたおかげで、机で寝落ちできたが、毎日それってわけにもいかない。
こういう場合は映画なら、女をベッドで寝かせて男はソファってのが鉄板なんだろうけど、あいにくうちにはソファなんて気の利いたものはない。
「今夜の、ね、寝る場所だけど… どうしようか?」
思いあまって、ぼくは直接、栞里ちゃんに訊いてみた。
こちらを振り向いた彼女は、怪訝そうな顔をするだけで、なにも言わない。
ヤバい。
いやらしい意味にとられたのかもしれない。
「べっ、別に、変な意味じゃないんだよ。純粋にどこで寝るかって事で…」
言い訳もしどろもどろ。
「…いいよ」
「え?」
「いっしょにベッドで寝てもいいよ。抱いてもいいし」
小悪魔の様にクスリと笑って、栞里ちゃんは答えた。
ぐはっ。
嘘だろ~!
いっしょに寝るなんて、、、
想像しただけで、理性がぶち切れそうだ!
「いい、いい! ベッドは栞里ちゃんが使って! ぼくはこっちで寝るからっ。ほらっ。抱き枕もあるからっ!!」
慌てて美少女イラストつき抱き枕をクロゼットから取り出し、ぼくはベッドから離れた床にそれを置いてポンポンと叩き、自分の寝場所をアピールした。
そんなぼくを見て、栞里ちゃんはクスクス笑うだけ。
もしかして、からかわれてる?
それとも、ほんとにいっしょに寝てよかったのか?
だけどもう、『床で寝る』って言ってしまった以上、今さらいっしょにベッドで寝るなんて言えない。
逃した魚は大きいっていうか、、、
なんか、常に自ら負け組になろうとしてる自分、、、orz
こうして、波乱に満ちた一日が終わり、明日はいよいよ、次のステージの買い物デートへと進むわけだが、ひとつ大切な事を忘れていたのを、ぼくは当日になって気づくのだった。
つづく
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