サンジェルマンの招待 2
修道院への石段を一歩ずつのぼりながら、口火を切ったのは、ミニュイだった。
「僕……、サンジェルマン伯爵のお話、お受けしようと思います」
コンフェッティは、歩みを緩めた。ミニュイは構わずに先を進む。その尻尾は、ピンと上を向いている。きっと、何を言ったところで、変わらないのだろうと思いつつも、コンフェッティは、声をかけた。
「お前は最果ての発展だなんだと壮大な話に酔ってるかもしれないが、俺は業務外のことは、やる気はない」
「あなたは、今のままでもいいと思っているんですか? より良くなる、と、わかっていることでも?」
ミニュイは数段先から、コンフェッティを見つめた。視線がぶつかる。普段とは違って、コンフェッティと同じ目線の高さから見つめてくるミニュイの表情は、いつも以上に、凛々しく引き締まって見えた。
わかっていた。
ミニュイにとっては、倫理だの、理想だの、そうした美しいものを基軸にして世界が回っているのだ。
頭の中で思い描くきれいごとじゃない。
それでも――と、コンフェッティは自答する。腑に落ちて、自分を突き動かすものに、従う。
「厄介事はごめんだ。俺は手伝わない」
「ええ」ミニュイは、笑みを浮かべる。「僕たち、気は合いませんでしたし、仕事の価値観も互いに違いましたけど、あなたと会えて、僕は今までにはない経験ができました。良し悪しは別として、その点については、感謝しています」
そう告げて、ミニュイは先を急いだ。石の階段は細くなり、修道院の入口が見えてきた。その背に、コンフェッティは声をかけずにはいられなかった。
「お前、正気なのか? 俺たちの給料にはそんな手当、含まれてないぞ。そういうのはな、国を救う英雄様を任命して特別ボーナスを支給するくらいのことからはじめないと。だいたい、軍事部門だの平和ボケにゆるんでる暇な連中は山ほどいるじゃないか。俺たちみたいな末端の公務員がお国のためだからって勤務外労働する義理はないんだ」
それに、サンジェルマンの様子はどこか気にかかる。なにせ、目の前の食事よりも、ボンボンを選ぶ男なのだ。手放しで信用しきれない何かがあるように思えた。
ミニュイは足を止め、コンフェッティが追い付くのを待って、彼を見上げた。
「給料や義理じゃ、ないですよ。僕自身が感じる『使命』の話です。さきほど、ジャンヌさんを見かけて、思ったんです。ミカエル様の声に従って、立ち上がった方だなって。立ち上がる、最初の一人になる者が必要なんだって」
「……そうか」
「それに……最果てが発展したら、祖母はきっと幸せだと思うんです」
ミニュイがこぼした一言に、コンフェッティは苦笑した。
「なんだよ、結局ばあさんの心配か」
ミニュイはむきになった。
「当たり前じゃないですか。国っていうのは、そういう、ひとりひとりの暮らしを守ることでしょう? 僕が祖母を守る思いもや皆さんが大切な人を守る思いが、つもりつもって、国を守る思いになるんでしょう?」
鬱陶しいほどの正論に、コンフェッティは苦笑した。
「……そうだな。みんな、だの、国、だの、単位が大きくなるから見えにくくなるが、結局はひとりひとりの集まりなんだよな」
「僕、僕にできることに目を向けようと思うんです。僕の力は小さいかもしれないけど、それが最果てのために、何かの役にたてるのなら」
コンフェッティは、こういう考えをするものが、まっとうな公務員なんだろうなと、感じた。コートのポケットにぶっきらぼうに両手を突っ込む。
強く吹く潮風が、空虚な思いごと、コンフェッティの体を貫くように思えた。
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