サンジェルマンの招待

 扉を修復し終えた二人は、崩れ落ちるように、深い眠りに落ちていた。

 修復を終え、ベッドの上に腰を掛けると、言い様のない眠気が襲ってきて、いつの間にか倒れ込んだまま眠りこんでいた。


 夢うつつをさまよう意識の中で、コンフェッティは二匹の龍の姿を見ていた。雷鳴のとどろく中、龍たちは互いに尾を絡ませて頭を突き合わせ、円環のような姿となる。次第に雷鳴は、大きくなっていった。

 だんだんと強くなる雷鳴が、窓を叩く音だと、気がつく。

 意識を取り戻すと、ガーゴイルが窓に張り付いていた。

 ミニュイは一度顔をあげたものの、また丸まって眠ってしまった。

 コンフェッティは、重い体を引きずるようにして、ガーゴイルを招き入れた。


「なんだ、薄荷煙草か?」

「いえ、旦那。今日は、お届けで……」

 ガーゴイルは、麻袋から、紺色の絹のハンカチを取り出した。

 いつものガーゴイルにはおよそ似合わない小道具に、コンフェッティはしのび笑った。ガーゴイルは、黙々と掌にハンカチを乗せ、包みをめくる。

 夜闇にも似た美しい光沢の中に、百年熟成の薄荷煙草が、姿を現した。

「修道院で、会おうとのことで」

 ガーゴイルが、おずおずと申し出る。

「答えを出す時期、ってことか」


 ゆすり起こされたミニュイは、サンジェルマンからの招待と聞くと、コンフェッティと、薄荷煙草とに目を配り、大きく伸びをした。

 コンフェッティは、トレンチコートを羽織り、内ポケットに、ペンを差し入れる。少し考えて、そこにサンジェルマンから送られてきた薄荷煙草も、同じようにしまい込んだ。心もとない感じがするのは、今自分が下す判断への、頼りなさなのだろうか。それとも――。


 部屋のドアを開けると、アニスと出くわした。

「出かけるの? こんな時間に。夜遊びって場所もなさそうだけど」

 黒いローブに身を包んだアニスは、出かけた後という様子にも見えない。むしろ、待ち構えていたかのように、コンフェッティは感じた。

「ここで何を?」

「たぶん行き先が同じなんじゃないかと思って」

「……どういうことだ?」

「お互いに、待ち人がそこにいるってことよ。さ、急ぎましょう」


 夜の大通りはひっそりと静まり返って、猫一匹歩いていない。オレンジ色のランタンが滲むように照らす石畳を辿って、修道院へ向かう。

 ライトアップされた修道院は、ひときわ美しく、島の頂点に聳えていた。

 胸になんともいえぬざわめきが、波のように寄せては返す。


「私は、ここまで」

 アニスがジャンヌ・ダルク像のある教会の入り口で、ぴたりと足を止めた。

「リュドヴィック。会えて嬉しかったわ。ちょっとむさくるしくなっていたけど」

「なんだよ、唐突に」

 うろたえるコンフェッティに、アニスは艶然と笑みを返す。赤い唇が、夜空に鮮やかに浮かび上がる。

「私を歓迎していたのは、あの人」そういって、天を指す。

 その指の先には、ミカエル像が夜空に浮かび上がっていた。剣を振りかざし、鋭い瞳を足元に向けている。その視線は、足元の龍ではなく、アニスに向けられていた。

「姉として、これだけは言っておきたいの」アニスはコンフェッティの頬に手をかけて囁いた。「無精髭を剃りなさい。少しは男前に見えるわ、リュリュ」

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