サンジェルマンの招待 3

 ひと気のない夜の修道院は薄暗く、小さな電灯がかぼそい光を振り絞るようにして、内部を照らしていた。窓の外に広がる濃い闇が、建物の中にまで浸み込んでくるようだ。

 コンフェッティたちは、無言のまま階段を通り抜け、テラスに出た。

 待っていたかのように雲間から満月が姿を表した。

「満月……でしたね」

 だから、とミニュイは小さく呟いた。


 視界の端で、一層濃い闇がゆらりと動いた。

 ミニュイは一瞬にして体を銀色に輝かせ、力をみなぎらせた。

 闇の奥から、背を山なりにして白猫が音もなく現れ、ゆっくりと近づいてくる。

「待ちくたびれたわ。駄犬に腰抜け」白猫は立ち止まると、コンフェッティたちを一瞥する。ミニュイに目を止めると、じっとミニュイを睨みつけた。「ふうん。……その目、覚悟が定まったようね」

 ミニュイは逃げるでもなくただ銀色に力をたぎらせている。白猫はしばらくミニュイの姿を観察し、警戒を解いた。

「いいわ。わが君の邪魔をすれば、すぐに引き裂いてあげる」白猫は尻尾をやたらと振り回し、目を細めた。その目が一瞬、金色に光った。「……ついてらっしゃい、駄犬。わが君の元に、案内するわ」

 背を向けて歩き出した白猫の後ろに、人影のような濃い闇がいくつか続く。

 ミニュイとコンフェッティは、静かに従った。


 白猫に続いて入った礼拝堂の内部は、昼とは印象がまるで違っていた。

 昼間の静かな姿とはうって変わって、夜の闇に包み込まれた礼拝堂はひどく派手に、賑やかにさえ思えた。

 淡い灰色とうす緑色の光つ包まれ、静けさに満ちた世界と、群青の夜空に橙色の人工光を伴った闇が縁どる世界とは、まるで別な場所のような印象を与える。薄闇の中に、窓が夜空を切り取って張り付けたように浮かんでいる。外壁を照らすライトに縁どられた夜空は、芝居の書き割りのように、作り物めいて見えた。

 礼拝堂に冷たく響くコンフェッティの靴音だけが、昼と変わらない。


「……待っていたよ」

 声と共に中央の窓に、くっきりと黒い人影が伸びた。コンフェッティはその低い声を、腹の底で受け止める。白猫が影に駆け寄った。

 向きなおったサンジェルマンの表情は、明かりの陰影のせいだろうか、心なしか、いつもよりも険しく見える。

 余裕さえ感じさせるその顔は、きっと自分に勝算があると踏んでいるのだろう。

 ――気にくわない。

 コンフェッティが奥歯をかみしめたその時、バンと大きな音を立てて、外壁を照らす照明が落ちた。

 金属のぶつかり合う甲高い音がかすかに、外から響いてくる。アニスだ、とコンフェッティは直感した。アニスがミカエルとしのぎを削っているに違いない。


 ミニュイは尻尾をぴんと立てると、サンジェルマンに向かって、一歩を踏み出した。

 その後ろ姿を見送るにつれコンフェッティは、絡まった毛糸玉が腹一杯に詰まっているように、気分が悪くなっていた。消化不良を起こした時のようだ。


「ド・ノール君。返事を聞かせていただこうか?」


 コンフェッティは、必死に、ミニュイを引き留める言葉を探した。この男にだけは負けたくない、という一念を胸に。

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