石造りの女神からの無茶ぶり 2

 東洋の画家、と一口に言っても、その数はおびただしいに違いない。


 人間たちの中には、自覚なくうっかりと魔法の扉を開いてしまうものがいる。

 時にそれは本の形をしていたり、絵画になっていたり、建築物の形をしているときもある。


 ここパリは芸術家だけでなく、自称芸術家や、芸術家を志すものたちも集まる街だという。その中でただひとつの『描かれたもの』を探す困難さを思うと、コンフェッティは目眩を感じた。


「東洋の画家だの、パリのどこかだのって。謎解き遊びじゃないんだから、もっとまともな情報が欲しいもんだよな」

「そうですか? 調査費込みの給料ってことですよ。もうちょっと、脳みそを使ったらどうです?」

「……お前こそ、ご自慢の魔力を使ったらどうだ?」

「言ったでしょ、ぼくは真夜中に力が高まる性質なんです。それに、人間界では月の満ち欠けにも影響を受けますし」

「ふん、いくら魔力があっても、肝心な時に使えないんじゃな」

「あいにく、魔獣というものは繊細にできているんです。人間界でも全く影響を受けないほどの微細な魔力しかお持ちでないあなたとは違って」

「魔力が強すぎて持て余されてたって噂は根も葉もなかったってことか」


 ミニュイは背中の毛をぶわっと逆立てた。

「そちらこそ、突出した情報処理能力を持ち試験を潜り抜けた唯一の一般魔族って話は、ガセネタでしたね」


「つまり」コンフェッティは腕を組みながら結論する。「人選ミスだな」


「同感です。人事を担う運命の三女神モイライ様たちにも、間違いはあるということですね。あなたと僕の相性と適性が合っているとは、とてもじゃないけど思えません。だいたい今目指している目的地だって『近いから』って、非効率じゃありませんか? パリ中の美術館をしらみつぶしに探すつもりですか?」


 ルーヴルの界隈だけでも、オルセー、オランジュリー、ジュ・ド・ポウムなど、美術館は数あれど、そのどこにも、めぼしい手がかりはなかった。


「……そうか」

 コンフェッティは足を止めた。

「なんです?」

「きっと、糖分が足りない」

「は?」

「脳というのは糖分で動いているんだ。そしてまた糖分は、ストレスの軽減にも一役かっている。おそらく糖分が不足しているからお前はカリカリし、俺は頭が働いていない」


 言うが早いか、コンフェッティはメトロの駅のそばにあるニューススタンドめがけて走りだし、ミニュイは引きずられるように後を追った。


 チョコレートバーを買おうと手を伸ばしたコンフェッティの視線が、途中で止まった。

「おい見ろ、天啓だ」


 目がくらむようなどぎつい配色の冊子『パリ☆魅惑の美術館ガイド』を手にしたコンフェッティに、ミニュイは鼻筋にいくつも皺を刻み、大きく吠えて抗議の意を示した。


 無視するコンフェッティにもめげず、ミニュイは足元に絡み付いて歩行を妨げる。観念したコンフェッティが抱き上げると、噛みつかんばかりに、声を潜めながら猛烈な批判を浴びせる。


「いくらなんでも、薄すぎやしませんか。もう少しきちんとした書物のほうが――」

「こういう方が、必要な内容がぎゅっと凝縮してあるもんなんだ」

「たまたま見つけただけじゃないですか」

「直感だ。インスピレーションは大事な才能だぞ」


 ページをめくっていたコンフェッティは、得意げにミニュイを促した。

「ほら、見ろ、さっそく手がかり発見だ。パリで東洋美術を知ろうと思ったら、まずギメ東洋美術館へ行けとさ」

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