第43話 魔王

「説明を、してもらおうか」

「…とりあえず、さきに、ひとまず、あなたの手足をほどいてから話すわ」


 魔王は首を振った。


「これは、魔力の少ない君では解けないよ。魔力自体を封じてしまうんだ。人間たちはよっぽど僕がこわいらしいね。先にここで弱らせてから運ぶつもりだったみたいだ」


 少女はふんと、鼻を鳴らした。


「たしかに、わたしは魔法を使えないけど、ちゃんと代わりのものを持っているのよ」


 懐から折りたたみナイフを取り出してみせる。

 魔王の後ろに回ると、それでもってのこぎりでも挽くかのようにして、縄を断ち切った。

 自由を取り戻した魔王は、自分の両手をまじまじと見つめると、呆れたように笑った。


「きみって、すごいな」


 少女はいつもそうしていたように地面に直に座る。魔王も疲れているのか、同じように腰を下ろす。絨毯の毛足が長いため、なんだかあたたかいような気がしたのだった。

 少女は魔王に一言、言った。


「わたし、魔法を習ったのよ」


 すごいでしょう、と少女はほほ笑んでみせた。魔王は、黙っている。ただ、じっと少女のことを見つめている。少女がきまずそうに、地面を見つめているからだ。


「あの…ごめんなさい」


 少女はすこし後悔していた。


「わたし、すっかり気が焦って、あなたに確認をとらないで勝手に契約を結んでしまったわ」


 手足の自由を奪われた人間を相手に。


「ほんとうに、仕方がないな」


 魔王がため息をついた。

 少女は肩をこわばらせる。


「後悔するならしなければいいのに。…でも、べつにいいよ」


 そっけないようでいて、冷たさを感じない。

 それに勇気を得て、おずおずと少女は話し始めた。


「…あのね、特別な魔法なの。この魔法を使うと、…対象は物でも、生き物でもいいんだけど、誰にも手出しができない存在になるの」

「というと?」

「わたしたちの一族の一員になるっていうのが一番近いのかな。わたし、あなたを理から外れた存在にしてしまったの…。だから人間であれ、なんであれ、あなたを傷つけることはできないわ。それが、どんなに権力を持った人間や、どんな強力な力を持った豪傑だとしても。」

「そう。それで?」

「唯一手出しできるのは契約を結んだ相手だけ。…わたしが契約者よ。これがその証」


 少女は自らの首に刻まれた魔法の文様を見せる。


「………」


 魔王は眉間にシワを寄せて、それを見つめた。

 少女にのみ現れた不思議な黒い模様は、細い首を一周していた。見ようによっては、それは首輪のようでもある。

 契約相手はいわゆる監視役であり、その対象の守護を誓う存在でもある。少女はなにに代えても、契約対象がその力を振るいすぎる事がないように監視し、そして守り抜かなくては行けない。それがこの契約を行うものの義務だ。

 もちろん、少女はその義務を果たすだろう。

 しかし、それは同時に相手の自由を奪う行動でもあるのだ。そのことが、少女にはとても申し訳ない。

 だからといって、命を失ってしまっては元も子もないわけだけれども。


「なるほど」


 少女は上目遣いで見上げた。


「………いいの?」

「いいもなにも、もう成されちゃったじゃないか」

「契約を解くことは、たぶん、できないの…」

「いいよ」

「…でも」

「いいよ」

「…でも、わたしを城から追い出したのは、こういう結果になりたくなかったからなんじゃないの?」


 どうやらその通りだったらしい。

 魔王は完全に動きを止めた。少女はそれを見て、ますます自己嫌悪に沈む。

 やっぱり、そのまま死にたかったのだろうか。


「ちがうんだ」


 ぽつりと魔王が言った。

 言いにくそうに言葉を紡ぐ。


「きみに、自由でいてほしかったんだ」

「え?」


 少女は困惑して、魔王を見る。


「わたしは、いつだって自由よ?」


 少女は、牢獄にいるわけでもないし、どこかに閉じ込められている訳でもない。城に戻ってきたのだって、少女がそう望んだからだ。

 ところが魔王は、呆れたように少女を見る。


「きみそれ、本気で言ってる?」

「え?…うん」


 そっか、と魔王は呟いた。


「だからきみは自由民なんだな」

「え?」

「いいや」


 ふいに、魔王はいたずらっぽく笑うと、少女に詰めよった。少女は、あわててのけぞる。しかし、魔王は少女が視線を外すのを許さなかった。


「な、なに?」

「君は言ったよね。僕のことが大切だって」

「え、ええ…」

「好きだって」

「………」

「じゃあ、僕のことを抱いて欲しい」

「え?」

「抱きしめてよ。そうすれば、僕はしあわせになれる」


 たしかにそう言った手前、少女には断る理由がなかった。

 おずおずと膝をたてて、座っている魔王の脚の間に入り込み、背中に手を伸ばす。そうすると、ちょうど、魔王の顔が肩のあたりにくるのだった。抱きしめられている、と魔王が分かるように腕にぎゅうと力を込めた。

 魔王はふふとなんだか珍しい笑い声を上げた。


「なんだか、君はあたたかいな」


 返答に困った少女は、適当に答えておいた。


「ここの気温が、低すぎるんじゃないかしら」

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