第32話 少女と家族
「アンタっ!」
女性としてはハスキーな声。
ある国の首都の隅っこにある、ローハウスのうちの一つから、細身で背の高い女性が出てきて、少女の姿を認めた瞬間、あげたものだ。手に抱えていた花を放り投げて、少女に駆け寄ってくる。
少女も駆け寄ると、その女性に向かって、思い切り抱きついた。
「ただいま!」
勢いのいい少女をしっかりと抱きとめると、
「まったく。あんたは人に心配ばかりかけて…」
と、ぶつくさいう。
その割にその顔は嬉しそうに綻んでいるのであった。
背が高い割に丸い顔は少女にそっくりだ。いや、少女が母親の丸顔をうけついだというべきか。
「母さん、客人を連れてきたの」
少女がここまで連れてきてくれた一家を紹介する。一家はちょうど、空いているスペースに荷車を停車させたところだった。御者台から男が降りてくる。母親は、男に目を向けると、おやおや、と呟いた。
「久しぶりじゃないか。元気かい?」
「ああ、あんたもな」
男がにやりと笑みを浮かべる。
「その様子を見ると、ついに国を抜けたってところかい?」
「そうだ。妻子もいる」
「あいかわらず綺麗な奥さんだこと。おや、あんたたちははじめまして、だね」
少女の母親はそう言って、一人一人と握手をした。兄妹がもごもごと口を動かす。
再度、片手で少女のことを抱きしめ、少女の母親は手招きをした。
「よかったら、中に入りなよ。話をきかせておくれ」
*
家の中に入ると、懐かしい匂いがする。香水の甘ったるい匂いではないが、とても、落ち着く香りだ。
母親がリビングで接客をしている間に、少女は家族に挨拶をして回る。
周辺の家と大して変わらない家だが、そこが彼女の家だというだけで少女は落ち着くことができる。
「ただいま」
「ねえちゃん!」
舌足らずな下の弟が驚いた声をあげる。
「ただいま」
「放蕩者のねえちゃんがやっと帰ってきた」
こ憎たらしい口を聞くのは上の弟だ。
「ただいま」
「おやおや、小枝ちゃん。おかえり」
魔王城と比べると格段に小さい、隣の家のと隣接している庭。そこで、薪割りをしていた父親がほほえんで、斧を立てかけると、少女の額にキスをした。
少女は木でできた階段をどたどたと駆け上ると、自分の部屋のドアを開ける。
小さい頃から収集した不思議な小石のコレクション。
弟たちが自作して、誕生日に贈ってくれたヌイグルミ。
母さんが作った特性のオーディオ。
そして、自分がだいすきな本たち。
どれもこれも、大事な物だ。
度重なる転居の際も捨てる事はけしてなかった。
それだけじゃない。
大きな窓。
自分の寝床。
そして、出て行った時と寸分変わらぬ部屋を見て、ほっと息をついた。
やっぱり、ここは落ち着くわね。
…魔王はどうしているのかな。
胸中をよぎった考えを、頭を振る事で振り払った。
向こうが願い下げだと言ったのだ。
これ以上、少女にどうできるというのだろう。
ベットにぼすんと寝転がる。
…このまま寝てしまおうかしら。
瞳を閉じる。
しかし、すぐに、階下から母親の呼び出しがかかった。
「ねえ、ちょっと。アンタ、帰ってきたんなら手伝いなさいよ!」
ちっとできるだけ可愛らしく舌打ちすると、少女も叫び返した。
「わかってるって! もう少ししたらいく!」
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