第31話 少女と山道

 少女はその国の首都にはよらず、山を三つほど超して、隣国に入っていた。いつのまにやら山はなくなり、森になり、やがて一本道にたどりついた。大きな道だ。

 てくてくとひたすらに歩く少女。

 もしかしたら車に拾って貰えるかも、と期待したが、なかなかやってこない。おじさん一家にもらったサツマイモをもぐもぐ齧りながら歩く。

 やがて、ふくらはぎが痛くなり、歩き続けるのも限界になる。休憩もかねて路傍の石に腰を下ろした。

 しばらく旅してなかったからなあ。

 空を見上げると、どこまでも青い空が続いている。

 少女は魔王は今なにをしているんだろうか、と思いを馳せた。

 だいじょうぶ、なんだろうか。

 魔王は、少女のことをいらない、と言っていた。もしかしたら、魔王が気にしていないことを、少女が騒ぎ立てるものだからイヤになったのだろうか?

 少女は、最初こそ魔王の城を拒否していたものの、時間がたつとともに楽しいと感じるようになっていた。いつもそうだとはいえなかったけど。

 魔王だってそう感じているものだとばかり思っていた。

 けど、そうじゃなかったのだろうか?

 たぶん、そこじゃないわね。

 少女は息を吐く。

 きっと、少女にとった行動、喋ったなにかが、魔王のことを傷つけたのだ。少女は自分の喋った言葉を懸命に思い出すが、これといった事はどうしても思い当たらなかった。


「……ごめんなさい」


 ぽつりと呟く。 

 もしかしたら、もう魔王の城には戻らないほうがいいのかもしれない。その時、はじめてそう思った。


 ふたたび歩き始めた少女。

 しばらくすると、その後ろから、粗末なロバに引かせた荷車がやってきた。どうやらその辺の農家ではなく、旅の一団のようだ。赤い髪をした壮年の男が御者をしている。

 少女は手を振って合図をする。

 粗末な割にスピードを出すロバ二頭のロバは、少女の隣にぴたりとつくと、その歩を緩めた。


「やあ、同胞」


 御者の男が片手を上げる。


「あら、はじめまして」


 少女と同じ自由民だ。緑色のつなぎを着ている。


「どこにいくんだい?」

「 « 偉大な音楽家 »の元へ。この国の首都にいるはずなの」

「ほう。知り合いか?」

「わたしの母さんなの。あなたも知り合い?」

「ああ、何度か顔を合わせたことがあるぜ。きみのお母さんは割と顔が広いからな。よかったら、乗っていきなよ」

「ありがとう」


 少女は、緩いスピードで走る荷台に飛び乗った。


「中に入ってくれ」


 荷台の上には箱形のテントがはられている。中は居住スペースになっているようだ。広くはないが、狭くもないだろう。


「こんにちは」


 入り口の布を押しのけて中に入ると、いくつかの荷物の他に、小さな兄妹とその母親がいた。


「おれの妻と子供達だ! 仲良くしてやってくれ」


 外から男が叫ぶ。

 妻がほほ笑んだ。


「いらっしゃい。くつろいでちょうだいね。何もないところだけど」


 少女は礼を言って、腰を下ろした。



 ロバの動きに合わせて荷車はかたかたと揺れるが、その揺れはそれはそれで心地いいものだ。

 少女が口を開く。


「あなたたちは、どこから来たの?」

「遠い南西の島国からよ」


 定住していたの、と母親が言う。兄妹が口々に言った。


「ここよりもいっぱい雪がふるんだよ」

「そう。冬になったらいっぱい遊べるの。でも、ボクは夏のがすき! 虫がいっぱいいるから」

「そうなの。いいところなのね」


 少女の言葉にうんうんと嬉しそうに頷く。母親はほほ笑んで、兄妹の頭を撫でた。


「そう、いいところだったわ。…ぼうやたち。今は夏だからどこでも雪は降らないのよ」


 だった、という過去形。少女の疑問に気がついたのだろう、


「いまでも自由民以外にとってはいいところのはずよ」


 悲しそうな微笑み。


「…ごめんなさい」


 それは、悲しい記憶をほじくりかえしてしまったこと、子供のいる前できいてしまったことに対してだ。少女は申し訳なく思う。


「いいのよ」


 母親は切なげに、けれどその感情を振り払うように言ってみせた。


「それに、この子たちにだって、聞く権利はあるわ」


 自分の子供たちを引き寄せる。


「聞いてくれるかしら」

「ええ、もちろん」


 少女は頷いた。

 母親は滔々と語り始める。


「きっかけはね、島が、陸の向かいにある国との戦争に負けたことから始まったの。もちろん、どちらも人間の国よ。戦争に負けた島はとても貧しくなったわ。そのころからね、島の王がある軍人を重宝しはじめたの。この軍人というのは、とても厳しい人として有名でね。やがて、島のすべてをとりしまるようになったのよ」

「無駄遣いをしてはなりません」

「畑をたがやしてこそ、国民のあるべき姿です」


 子供達の言葉は、標語なんだそうだ。二人ともしかめつらしている。母親は再度子供達を撫でた。


「私たち自由民だって、島が困窮しているのはよく分かっていたから、それに従っていたのよ。でも、その要求はだんだんエスカレートしていった。人は自由に本を書いてはいけなくなったし、演劇も政府の意向にそうものでなければいけなくなったの」

「それは、ひどいわね」


 でしょう、と母親が頷いた。


「それってまさに私たち自由民の行動を制限するようなものじゃない。私たちは憤慨したわ。でも、まだ我慢出来ると思っていたのね。けれど、それも、自由民を弾劾する運動になるまでしか持たなかったけれど。島で激しく抵抗する自由民もいるけれど、大半は島を抜け出したわ。あの島だけが私たちの生きるべき場所じゃないから」


 少女は頷いた。


「賢明な選択だと思う。文化を失くした国家は長持ちしないもの」


 母親はいたずらっぽく笑った。


「その通りよ。今、あの島には文化が存在しないの。あるのは、兵隊と暴力だけ」


 そのことに気がつくのはいつになるのかしらね、優しいように見えて、やはり彼女も自由民だ。

 母親の瞳は、興味と苛烈な炎できらきらと輝いていた。

  

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