第21話 勇者と魔王
「この国の魔人だって、俺らとそう変わらない人間だ」
勇者は城のどこになにがあるのか、しっかり把握しているらしい。
さすがは、城の覇者である。
勇者に先導される形で、久しく足を踏み入れていない二階部分に進む。
果たしてやってきたのは、王の間だった。そこは、以前と同じように豪奢な家具で彩られている。ただ、少し前よりも埃がつもり、そしてあちこちに染まる血が茶色いシミのようになっている。
勇者が古びたカーテンをひき、外をのぞく。
鳥のさえずりが聞こえる。木がすぐそばにあるからか。
それよりも。そこから見えるのは、魔王がいる中庭だ。
少女はあわてて、勇者の気をひくべく質問をした。
「それなら、魔王だって、人間でしょう?」
勇者は、少女の問いに、頷く。窓枠に腰をかけ、少女に向かった。
「魔人の暴力性には理由があるし、それもたかがしれている。俺は仲間と旅をしながらそのことを学んだ」
少女の言葉を肯定しているようで、その目は果てしない憎しみに焦がされているようだ。
「それでも、魔王はちがう」
ぐっと拳をにぎりしめる。
「人を陥れることを楽しんでいた。人が恐怖に陥った時にどういう反応をするか見ていたんだ。まるで、」
「……観察者のように」
おもわず、こぼれた言葉。
勇者ははっとしたように少女を見る。そして、頷いた。
「そうだ。魔王は、俺たちのことも陥れようとした」
どこも血塗れだ。
少女はどこに腰掛ける気にもなれず、中途半端に立ち続ける。
「どんなふうに?」
「魔王は…、俺たちにスパイを送り込んだんだ。ソイツは、無骨で、無愛想だけど、わるいやつじゃなかった。俺たちはソイツを仲間と信じ、ソイツも俺たちを仲間だと思っていると、…そう思っていたんだ。でも、そう言うわけじゃなかった。ソイツは俺たちの仲間であるのと同時に、魔王のスパイだった。それを悪いことだと思っていないようだった。ソイツは誰におどされるでもなく、俺と魔王の味方、両方の立場にいたんだ」
話している勇者は辛そうで、見ている少女はかなしくなった。
「それで、どうなったの?」
「そのことを、俺たちの前で魔王に暴露されたソイツは、首を切ったんだ。ほんの目の前だった。なのに、止める暇すらなかったよ」
「…そう」
「魔王はそれをまるでなんともないかのように眺めていた。そして、わらったんだ。人は矛盾した行動をとったとき、どう始末をつけるのか、と」
「……」
「魔王は、そんな風にして何人もの人間を殺した。自分の手をほとんど汚さずに、だ。本当に恐ろしいのは、魔法じゃない。アイツの、人の心を操る力だ」
憎しみに身を震わせる勇者を見て、少女は思った。
魔王は、わたしのことも操っているのかしら?
魔法を使わずに、勇者のいう、その、手腕で。
それにしては、いきあたりばったりのような態度じゃなかったかしら?
どっちでもあるような。そう考え始めると、可能性は無限に広がりすぎて少女にはもはや分からない。
「魔王の本当の目的がなんだったかは分からないがな」
勇者が吐き捨てた。
「本当に、そう?」
「…え?」
「本当に、分かっていないの?」
「…分かるわけないだろう。どうしてそんなことを聞く?」
「そう。べつに、たいしたことじゃないわ」
なんとなく、そんな気がしただけ。
少女は、その言葉を飲み込んだ。
わずかに開いた、カーテンの隙間から、光が入り込み、それが勇者を照らしている。暗雲が立ちこめているが、それはまだ遠くだ。
彼が背負っているのは、まさしく正義の光だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます