第20話 昔話と魔国

 これはまだ、自由民が存在しなかったほどの、その昔。

 世界は一つだった。

 国はひとつきりではなく、国家間の諍いも時折はおこり、国が滅んだり興ったりしたものの、人界と魔界などというふうに世界は二つに分かれてなどいなかった。

 そもそも、魔界も、魔人も存在しなかった。

 人が、他者の絶対的支配者になるなど許されてはいなかった。

 奴隷も存在しないその世界のあり方は、とてもしあわせなものであったかもしれない。

 けれど、あるとき。

 一人の若者が国をでた。

 その若者は不満だったのだ。

 彼のいた町や、彼のいた国では、人はみな平等だった。

 日々暮らしていく為の仕事だってなかったわけではないのだ。じっさい、その若者は職についていたという。それが、なんの仕事だったかは現在には伝わっていないけれど、生きていけるだけの収入は見込める生活だったはずだ。

 それでも。

 彼は孤独だった。

 彼は、街にいても、職場にいても、彼はひとりぼっちだった。

 理由は単純だった。

 彼が他の人間とちがったからだ。

 彼は他の人間にはつかえないふしぎな力が使えた。

 彼は他の人間とはちがい、腰骨のところに長い尾が生えていた。

 だから、目に見えた差別はなかったけれど、おおくの人が彼を遠巻きにした。ほんとうはしたかった国に仕えるという仕事も、その異様な見た目と、ふしぎな力のせいで「できない」と判断されたようなものだった。

 彼は異質で、ひとりだった。

 だから国をでた。

 国をでて一人、さまよい、さいごにたどり着いたのは、栄養のない、枯れ果てた土地だったそうだ。今では魔界と呼ばれているそこに、若者はすみついた。

 ふしぎな力は、このためにあったのだ、とばかりに、荒れた土地を肥やすために発揮され、やがて、木々がしげり、花がさくようになった。そこに、歓喜がおとずれた。

 しだいに元の国では圧倒的な「少数」だった、同じような境遇の人間が彼の周りに集まるようになった。どの人間も、毛が濃かったり、背中に翼がはえていたりとどこか奇妙で、そしてふしぎな力が使えるような連中だった。

 彼らは、自由と友を手に入れたのだ。

 そうしてできたのが、最初の魔王の国である。


 しかし、その国は国として存在し始めた途端、危機にさらされることになる。

 力を持たない普通の人間達が、彼らのことを危険視しはじめたのだ。たびたび派兵されるようになった土地は、再び荒れた。

 木々が悲しみ、花は泣いた。

 ある時、町をひとつ焼き払われた後、とうとう我慢の限界がきた魔国の者達は声高に叫んだ。

 力だ。

 力がないから悪いんだ!

 力のあるやつを上に据えろ。

 彼らはそのふしぎな力を土地を癒す為ではなく、守る為に使うようになった。町一つから始まった虐殺は、双方の町を焼き、あるいは国を滅ぼしたりもした。

 しかし、こうして、偏ったまでに力を求める魔族の主義が功を奏し、数百年後には戦争は終結し、「人間界」と「魔界」の両方に平和が訪れることとなる。

 その頃にはいくつかの国に分かれていた魔界では、どの国でも極端なまでに実力主義となっていた。

 曰く、王になるのに特別な血筋は必要ない。

 ただ、強くあればいいのだ。

 どんな手腕であれ、強くさえあれば人は従う、と。

 戦争などからほど遠く離れた現在においても、その思想は変わっていない、という。

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