第9話 魔王とマッシュポテト

 魔王城にだけ、雨が振る。

 その時間帯に、外を通りかかった旅人でもいれば、その奇妙さに首をひねったことだろう。なぜなら、その時間、城の周辺はこれでもか、というくらい日が照っていたのだから。

 やがて、雨がやむと、雲が露散し、太陽が顔を出した。

 すっかり湿った庭を前に、魔王に雨を降らせた少女が満足そうに頷く。


「ここに必要なのは、枯れ葉でも枯れ木でもないわ。食べ物よ。食料よ」


 その言葉を掲げて、有言実行に移したのだ。

 鍬と梳をかかえて、庭の土をほぐしていく。


「花でも植えればいいじゃない」


 そう言う魔王に、少女は言い放った。


「そんなもの、後よ、あと。食べ物がなければ、心が貧しくなってしまうもの」

「それはきみだけじゃないかなあ」


 いくらか不満そうな魔王を無視して、少女はジャガイモの種芋を手際よく埋め込んでいく。種芋は地下に放置されていたものだ。乾燥した血がついてはいたが、つかえないこともない。


「あなたも、手伝ってよ」


 少女が呆れたように呼びかけるが、やる気がでないのかげんなりとも、ぐったりともつかない様子で、宙に浮かんで寝転んでいる。


「太陽が…、まぶしい」


 少女は放っておくとこにした。


「他にも野菜がほしいわね。さすがに、肉と魚だけじゃやってられないわ」


 とはいえ、庭の片隅に並ぶ盛り上がった土を見ると、満足感もでてきた。きっと、時を待たずして、芽がでることだろう。

 畑と庭で一番大きい木の間に植え込みがあり、その根元には小さな花が添えられている。そこが、テガミネコの墓だ。

 少女が大きく、伸びをした。


「これで、終わりかい?」


 隙をうかがうようにして、魔王が問いかける。

 きっと、はやばやと城の中に戻りたいとでも思っているのだろう。少女が頷いた。


「ええ、食事にしましょう。今日は、天気がいいから外がいいわ」

「…」


 そうだ、残った種芋を食べてしまおう。美味しくはないだろうけど、つぶしてマッシュポテトにでもすれば、食べられなくはないかもしれない。


「なんで一緒に食事をするのさ」

「一人で食べるんじゃ寂しいでしょ。わたしがあなたと一緒に食べたいのよ」

「…」

「約束でしょ」

「前にも言ったけど、魔力があるから必要ないんだよ」

「はいはい」


 魔王はなにが不満なのか、ぶつくさ言うことをやめない。それでも、約束をしたことを忘れてはいないらしい。たしかに、魔王が食べなければ、食料の減りも遅くなるには違いないが、それはそれで少女がイヤだった。

 即席のいろりを作って、火を付ける。煮立ったお湯でジャガイモを煮ながら、同時に直火で干し肉を焼いた。固まっていた肉の脂がしたたって、たちまちいいにおいが庭に広がる。上から、塩を振りかけて味付けをする。

 魔王が空中で膝をかかえてしゃがみこんでいる。手をつかうこともなく、魔法でジャガイモを押しつぶしているのを見て、便利だなあと少女は感嘆するものの、体をうごかせばいいのに、とも思うのだった。

 焼き上がった肉とポテトを、少女の手持ちの皿にそれぞれよそう。こうして、二人分の食事ができあがったのだった。

 適当な椅子が見あたらなかったので、粗末な木のテーブルを外に運び出し、その上に腰をかける。

 少女はいただきます、と言うのと同じくらいに、肉の欠片をほおばる。


「おいしい!」


 対して魔王は、いかにもしんどそうに皿を見つめた。


「食べないの?」


 食べなかったら許さない、そんな少女の心の声が聞こえたようで、魔王はしぶしぶ口に食べ物をはこぶ。食事ができないわけではないのだ、ということを少女はちゃんと知っていた。しないだけで。


「顎を動かすのがめんどくさくて、もう何年も使ってないんだ」

「年寄りじゃないんだから、それくらいしなさいよ。それに、誰かと食卓を囲むってたのしいものじゃない?」


 少女は一人で食べるより、誰かと一緒に過ごす方が好きだ。魔王とこうして過ごすのだって、けっして嫌いではないのだ。

 嫌がらせで、食事をさせたいワケでは、けしてない。

 そこにテガミネコがいれば、もっといいと少女は思うけれど、それはもう、どうしようもない。


「今は顎が疲れて、そんな気分にならないな」

「…あのね」

「それに、こんなことするの、初めてなんだ。それが、楽しいことなんだっていうのも初めて知った」


 識ってはいたけれど、と魔王が言う。


「経験できてよかったわね」


 そっけなく少女が答える。


「いい天気だなあ」


 空を見上げると、城の真上はぽっかり青い円形となっている。うん、とだけ魔王も答えた。

 少女が聞く。


「あなた、寂しくないの?」


 魔王は首を横にふった。


「分からない。ただ、退屈ではある」


 答えはあっさりとしたものだ。

 その答えに、少女はふしぎなものでも見るように魔王をみた。


「なんだい、まじまじと」

「あなた、だれかを、愛した事ないの?」

「さあ?」

「…女を抱いた事は?」


 魔王の反応を見て、意味深に少女が笑う。


「ああ、そう」


  魔王が眉根にシワを寄せた。


「サキュバスみたいな技を使うって聞いてたけど、ちがうのね」

「魅了の技は使った事が無いな」


 それきり黙って、魔王は完食するまで、ぼそぼそと食事を続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る