第4話 魔王の城内探検

「出て行きたいなら、行ってもいいよ」


 まさに悪魔のほほえみだ。

 旅の最中なの、とすがる少女に、悪魔はそう囁いた。

 四半時ほど、少女は狂ったように出口を求めて城内を走り回った後、へとへとになったことで諦めがついたものか、地下で再び魔王の姿を見つけると、階段にもたれ込んだ。


「どうなってんのよ。この城。窓すら開かないじゃない」


 魔王は樽の一つに腰掛けている。

 座り方一つとっても優雅で、作り物めいている。

 そこに、少女が悪鬼のごとき形相で詰めよる。


「ここは牢獄だからね。入るのは簡単でも、出るのは難しい。扉は僕が開けないようにした」


 飄々と嘯く魔王に、少女は唇を尖らせる。


「…魔法って、…卑怯ね」

「なんとでも」

「それに、誰もいないじゃない」

「ここは、」

「牢獄だからでしょ?」


 噛み付くように、言葉を遮る。

 牢獄だって、看守くらいはいるでしょうに。


「そう、だから僕はここから出られないんだ。よって、暇つぶしに外に向かうことができない」


 つまり、わたしにここにいろというのね。

 むっつりとはしたものの、少女はやがてよろりと立ち上がる。そして、来た道を引き返すかのように、半円の木製の扉に向かう。


「今度は、どこに向かうんだい?」

「寝床探しよ、寝床探し。こんな所で眠れるもんですか!」


 少女は半ばヤケクソだった。



 きったないへや、血だらけじゃない。

 少女がおもったのは、まず、そんなことだった。

 手当たりしだいに、部屋を探すことにした彼女は、とりあえず階上でいちばん目立つ部屋を開けたのだった。


「そこは王が生を受けて、そして終えた場所」


 どこからか、声が聞こえる。どうやら、少女のことを魔法で監視しているらしい。 

 きっと、本体は地下から移動していないに違いない。


「説明、どうも!」


 少女が声を張り上げる。 

 途端に、くすくすと笑う声が響いた。

 少女がよくよく目をこらすと、確かに血を被ってはいるものの、豪華な調度品が置いてある。

 壁に貼り付けてある鹿の頭と、その二つの孔に嵌め込まれたガラス玉を見て、少女がつぶやいた。


「わたしの趣味じゃないわね」


 開いた扉をそのまま閉めて、次へ向かう。

 次に開いたのは、部屋というよりも衣装部屋のようだった。

 少女には着方すらわからないような複雑なドレスやら、新品らしきメイド服やら、いろんな物が置いてある。なぜか真っ赤にそまった衣装も置いてあるが、少女は気にしないことにした。


「そこは王妃の衣装ダンスだね」


 また、声が響いた。

 少女は無言で扉を閉める。そして、他にもっといい部屋はないのかしら、と別の部屋を物色することにした。

 服なんていらないわ。どうせ、そのうち旅にでるんだし。いらない荷物は邪魔になるだけ。もっとも、旅立ちは…


「…いつになるか分からないけど」


 結局、散々物色して、気に入ったのは一部屋だけだった。

 おそらくは洗濯女の部屋だっただろうそこは、屋根裏に近い割に壁が分厚く隙間風が入ってこない。それに、元の持ち主の性格か、それとも盗まれたのか、必要な家具以外に何も置いていない整頓された部屋なのだ。他人の持ち物が置いてあっては気兼ねしてしまいそうな少女には都合がいい。

 何より、他の部屋とはちがう、壁一面の半分ほどもある大きな窓が気に入った。

 外には相変わらず、荒れ果てた風景が広がっているが、遠くの方には山があり、野鳥が飛んでいるのが確認できるのだった。

 そこから見える外の景色に、ほっと息をつく。

 それに、ゆいいつ魔王の茶々が入ってこない場所がそこだった。

 床に点々と散っている紅い点については、誰かが鼻血でもこぼしたのだと、少女は思うことにした。

 これくらいなら拭き取ればいいわ。ええ、そうよ、わたし。

 とりあえず、整理整頓はあとにして、手持ちの小さなザックと、少女自身が簡易なベットの上に身をなげだす。

 たちまち上がる埃の匂いにくしゃみがひとつ上がる。

 こうして、先の見えない少女の生活は始まったのだった。

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