第20話「SNS -1分、過ぎてしまった-」
車のキーを差し込み、回す(捻る)
いつもなら、すぐエンジンが掛かるのだが
エンジンの掛かりが悪い
サイドミラーが目にとまる
ミラー越し、曇り空が色濃く映る
心臓が強く脈打ち、キーを捻り回す
何度も、何度も、気持ちが
何度も試みて、やっと掛かった
雨が今にも降りそうだ
神社で視た女性の面影が今にも雨になって
この場所にはもう来ない方がいい
思い出したくないことを、思い出した
ただ、裸眼で遠くの景色を視るように考えないといけない
見つけたはずだった自分の未来
幸せを見つけた自分が向かうべき先
だけど
何度も、これだと思うことを試し合わせようとする努力もした
自分を変えようと賭けてみた、見つけられなかった
どこに宝物が? どこに幸せが?
暗闇の中、灯りを求めた
だけど、たった独りのシルエット
降り出しそうな雲の下を
逃れるように、前か、後ろか、視えるまでーー
走り出した車の道、頭上に日差しが帰ってきた
私が果たして待っていたものなのか、分からない
日差しの中「猶予の2日目」をどう過ごして良いのか
分からない
私は、どの道に寄るべきなのか?
寄る道と、寄らない道がある
私の選択は、敷かれたレールは
大学を中退して、脱線し
低所得者の日常を送り
未来に向けての資産を残すことなく
日々を繰り返し、繰り返し、浪費した
本当の危機を感じていなかった
「独り」だということ
誰かと、大事な部分を「分かち合う」ということ
脱線したら、交差もなく
「分かち合えず」終わるということ
正しい道を、運命よ
しかし、私が望まぬものではなく
今、私が望むこと
苦しさ、この心から解放されたい
私の心はもう、ギリギリのところ
運命よ、動き出して欲しい
この胸の苦しさを、救って欲しい
今、私が望むこと
答えがあれば、返答があれば
保留や、停滞や、引き延しは、もう
ただ、もう、助けて欲しい
神よ、本当に見ているのか?
苦しみを重ね塗られ、そして、心を留められ
私は生き地獄にいる
これは、私の望むことではない
幸せを導いて欲しい
私の愛は、素直だった
愛は通じていたのだろうか?
私の愛は、一方通行だったのだろうか?
何度目の失敗だったのか?
私は、ただ運命に弄ばれているのか?
救って欲しい
神よ、本当に見ているのか?
私は、心を求めていた
私の心は尽きた
愛は贈れるだけ送り
でも求めた応えなどなく
愛は無駄だったのか?
決して、帰ってこないものを待ち続け
無駄に心を使い
無駄に心が疲れ、果て
いつも私は運命に振り回されてばかりだ
神よ、
ただ、私は愚かだったのだろうか?
そうならば、ただ、もう
死なせてください
私の運命に、私が望むものはないのならば
一緒になりたいという想いが、叶わないのであれば
でも私は、生きたい
だが、運命が死なせる
私の心をいつも、いいところで死なせる
神よ
神よ
あの女性
最後に会ったのは、去年の今頃だったろうか?
デートの約束をしていた
あの女の都合で
結局、うやむやになった
約束した場所
「行きたい場所があるの」と
脱線したら、交差もなく
「分かち合えず」終えるーー
私は何も「視えない」まま
この帰って来た日差しも分からず
ただ、ただ、立ち止まる場所を探して車を走らせた
ラジオには雑音が混じっていた
エンジン音が不気味に乗りかかった
峠(ピーク)に向かうように
車内の時刻には、彼女の誕生日が数字となって現れた
ラジオから突然、交響曲が流れた
雑音とエンジン音をないまぜにして一体となり
瞬間が間延びする、一度限りを伸長する
「去年の今頃、お祝いするはずだった!」
私は怒鳴った
「たった一度限りの、笑顔が欲しかった!」
「きみの屈託のない笑顔が好きだった!!」
「私が焦がれて、息を吹き返すことができたもの!!」
夜景の車窓を雨音が打った
「ああ、私を…私の人生を…再生して欲しかった」
車内の時刻に目をやると、
1分、彼女の誕生日を過ぎてしまったーー
疲れた車のまだらな進行、その中にいる
日々に、いや、全てに
疲れた人のまだらな群れ
夜道を照らすものは人工的なもの
機械的な温もり
もう生きたくないように思える
等間隔で夜道を照らす
広範囲ではなく小さな範囲を
-そこに物語があるかのように-
人それぞれの背負う物事
人生は、まだらだ
その中にいる
日々が、等間隔で置かれている
広い範囲ではなく、小さな範囲で
まだらに
末に広がるーー
街灯が照らす自分の道
意欲や気力、それを失ったまま
明日へ向かう
私は耐えられるのか
人生がまだらに
人生がバラバラになった時
ただ、街灯が照らす
ーー人生に飽きた若者の下に
合わない服を着ながら
ここまで動き回った
違和感にも慣れた頃
でも、きっと無理をしていた
そして、自分自分を失った
ツケが回った
無理をしてきたから
何にも分からなくなった
見上げた街灯が直接に
視界を覆う人工的な眩しさがある
車を駐めた
街灯に沿って、歩いた
どこへ行く予定もなく
考え事があるはずだ
まとまりのつかない考えが
溢れて、零れるばかりの悩みが
楽しいそうにスキップして歩けたら
明るい方向へ行けるだろうか
心配事が積み重なり
歩く道を照らす街灯が
めまいのようで
今の僕
積もり積もって
果てた
くら っと
視界が歪み
地面に立つこと
バランスを失い
8月の意識が消えかかった
不思議なメロディーを聴いたーー
浮いた音が漂い始めーー
バランスを失ってーー
調和を欠く- ー--
倒れこむように伏せこむように軸を失った
ーー星がいっぱい
無数の明かりが乱反射し、眼に飛び込んできた
塊のように見えるところに目が向いた
その隅や、縁、暗く薄暗い部分について
何か考えてしまう自分に気づく
それはとても危ないことなのかもしれないと
心では分かりながらも、気が向いている自分がいた
『赤い星』が視界に映る
幸せが消え
繋ぎ留めていた希望が消え
あらゆる価値がなくなり
感情を失ってゆく
手で触れるもの
目で見て、確かめたこと
当てになどならない
私の曜日は消えた
平べったい起伏もない
もういいんだ
もういいんだ
安楽死があったなら、私は選ぶだろう
-明るいときは、あなたの場所からも視える-
星が穏やかになり、
無数の乱反射した明かりは、視界から離れていった
駐めていた車へと戻り
エンジンを掛けた
車の調子が悪い
キーを回してもエンジンの掛かりが悪い
エンジンがやっと、掛かった
夜風に当たり
普段は寄らない場所へと走る
雨音が止んだ
猶予の3日目へと
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