第9話 津倉佐々美、仕事のできないヘタレでもいいかな?
ザバーン、ザバーン。
波打ち際の音を聞きながら、暖かい日差しを浴びて、うとうとしてしまう…。
昨日あまり眠れなかったからなあ。今朝も朝早かったし。
ああ、睡魔が…。日向ぼっこって気持ちがいいなあ。
「おい、津倉佐々美、寝るな、バカ。落ちるぞ!あ、落ちた…」
漁師猫〈タマ〉の罵声がかすかに聞こえる……
ぼこぼこぼこ…。え!わ!ごほ、ゴホゴホ!!
落ちたじゃねーよ!助けろよ、バカ!
津倉佐々美は必死に手をのばしたけれど、その手の先には何もなかった。
なんとか津倉佐々美は一人で海岸に這い上がった。しょせん、ガタイのいい漁師猫〈タマ〉でさえ、猫は猫ですから。人間を助け上げることはできなかったようだ…と思いたい。猫の手も貸りたかったけど。
ぜいぜい。
津倉佐々美はなんとか海岸に這い上がってきたけれど、体中ずぶぬれだった。全身からしずくが飛び散っていた。
「わ、こっちくんな。しずくが飛ぶ!」
漁師猫〈タマ〉はあかさらさまにそんな津倉佐々美を避けた。
普通、大丈夫か?とか、けがはない?とか言うよね。でも、猫はけっこう薄情らしい。
漁師猫〈タマ〉は自分の体についたしずくを必死になめていた。
どうやら水は苦手らしい。
なのに、なぜ漁師?まあ、細かいことはおいておこう。
どうやら海岸で居眠りをしていて、頭から海に落ちたらしい。
漁という言葉で漁船に乗って航海かと内心びびり、もとい、わくわくしたんだけど、猫の漁って、ただ、岸壁からしっぽを垂らしているだけのことだった。
漁っていうより釣りだね、釣り。
漁師猫〈タマ〉はそれはそれはすごいことのように津倉佐々美に漁のやり方を説明した。
「まずはしっぽをなめる。丁寧になめる。これは道具を手入れする意味も含まれる。ほかにもジンクスみたいなもんもある。心をこめることが大事だ。そうすることでいい魚が釣れる。次に、しっぽを水面に垂らす。垂らすときにはあまり深すぎない方がいい。深すぎると、大きな魚に食いつかれて危険だ。漁は男と男の戦いだ。時には命を張ることもある。だからこそ、ロマンなんだ。わかるか?」
わからねー。女ですもの。そもそも命張るところあるか?
「時に、魚が食いつかないときもある。そういうときは、繊細に水面でしっぽをゆらゆらさせる。まるで海の人魚のように。ゆらゆらゆらゆら。いいか、ゆらゆらだぞ。ぐるぐるぐるぐるじゃないぞ。ここがテクニックだ」
漁師猫〈タマ〉は神経質な顔をしていった。意外と漁師猫〈タマ〉はガタイに似合わず繊細なのかもしれないなあ。
「そして、最後に、しっぽに魚が食いついたらつかさずペシッとしっぽを地面に叩きつける。ペシッとやるんだ。ペシッとな」
へいへい、ペシッとですね。でも、わたし、しっぽなんてないぞ。
「タマちゃんさん、わたししっぽなんてないんですけどね」
「え、しっぽがない?しっぽがないなんて。お前、どんだけ下等なんだ?」
おい!人間ってみんなしっぽないぞ。進化の過程でなくなったんだよ。進化の過程だよ。知ってるか?しっぽ至上主義のたまちゃんさんよ。
津倉佐々美は心の中でつぶやくしかなかった。
「フウ、ダメダネ、キミコノシゴト、ムイテナイヨ」
なぜかいきなり漁師猫〈タマ〉は外国人のような片言の日本語を話し首を傾げた。
一体なんの真似だというんだ?
完全に人をなめているとしか思えなかったけれど、ここではやっぱり漁師猫〈タマ〉よりはレベルが低いわけで…。くやしいけれど、言い返せなかった。
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