第9話

今は道徳の時間。『オオカミ少女』の授業である。その内容をダイジェストしてみよう。

『うそばかりつく少女百合。でもそれがなぜか次々と現実化して、みんなが信用するようになってしまった。次第に百合は予言者と言われてマスコミに取り上げられて、たびたびメディアに出るようになった。やがて百合は「大神少女」と呼ばれ、称賛され、タレント顔負けの人気者となった。実は百合は言霊能力者で、予言はそのチカラの現われだったのである。百合のギャラはウナギ登りで、莫大な収入を得て、いつの間にか大金持ちになった。その財力を活用して、百合は政治家となり、ついに王にまで上り詰めた。国民からは王とは呼ばせず、「大神少女」を称号として、独裁政治を展開した。

百合はすごい美少女でもあったので、男たちにどんどんモテて、アイドルとなったが、ファンになった少年たちが続々と失踪する事件が発生した。事件はすべて迷宮入り。だれにもその謎はわからなかった。

その後も失踪事件は後を絶たず、いつしかこの世から男子はいなくなり、人類は絶滅の危機に陥った。残された女性たちが大神少女に助けてほしいと懇願した。「わかった」と百合。

百合は、女性同士の交配をみとめると詔(言霊)を出した。男女でないとだめだと思われていた秘め事を礼賛する本やゲームを多数出して、意識改革。洗脳ともいうが。

こうして百合族が生まれて人類は危機を乗り越えたということである。』

「どうして名前がゆりなのよ!」

怒る由梨。

 由梨のことはとりあえずスルーして、オレは違う反応を示した。『神』に関する話なので、美緒に話しかけてみる。

『童話で聞いていた『オオカミ少年』」の話とはちょっと違うな。』

『まったく違う。神たちもかつて人間であったから、その話は知っている。これは言霊信仰のひとつなんだ。こうして、言霊がいかに世の中に貢献しているかを訴えるというものなんだぞ。』

『そ、そうなんだ。出版社やゲーム会社の策略のような気がするけど。』

『これはファンタジーなんだぞ。そんな現実を直視するような見方をするもんじゃないぞ。』

『はあ。』

『それに、恋愛は男女間だけでない。同性同士でもあり得るという大変貴重な意見を提起したという問題作なんだぞ。』

『はははあ。』

 こじつけのような話に十分な理解ができない都であった。


『ピンポンパンポン、ピンポンパンポン』

「いらっしゃいませ~。」

 深夜のコンビニに響く掛け声。こんな時間の来店客には大きな声をかけることが防犯上非常に重要かつ有効である。こうして歓迎しつつも警戒しているということをごく自然に訴えているのである。アルバイトも大変だ。

「た、助けて下さい。き、気持ち悪いんです。」

突然店内に倒れ込む女の子。18歳位に見える。酔っ払いなのか。飲酒はいいのか?

「どうされました?大丈夫ですか。」

 バイト店員の男子学生は女の子に駆け寄る。彼女は床に両手をつく。そして。

『オエオエ~!』

やり始めてしまった。ヤバい。泥酔状態なのか。これでは掃除の行き届いたフロアが『特性お好み焼き』まみれになってしまう。

「気分が悪いんです。救急車を呼んで。お願い。」

 絞り出すように、声をあげる。

「わ、わかりました。すぐに手配します。」

 店員はとりあえず、客を床に寝かせて、電話をかけるため、バックヤードの事務所に駆け込む。大急ぎで119番通報。こちらの所在地、現状を説明する。すぐに店舗に戻る。

「いない!いったいどこへ行ったんだあ!」

 思わず叫んだ言葉が誰もいない店内中にこだまする。

(うまくいったわ。あたしの能力も大したものね。)

 カウンターの下に隠れていた何者かが、何事か呟いてコンビニから姿を消した。

 こんな事件が現世で横行している。マスコミはこれを『オエオエ詐欺』と表現するようになった。普通の学校でもこの真似をする生徒が増加してきた。この年の流行語大賞候補にもなっている。ただし、この話には続きがある。

「変わりまして、『オエオエ詐欺』のニュースです。昨日、東京都あきれた野市のコンビニで発生した事件の続報です。同店で救急車を依頼した少女が付近の河原で発見されました。生命に別状はないのですが、ひたすら眠っており、警察の呼びかけにもなんら反応をしません。他のケースとまったく同じ症状です。意識不明状態になった他の『当事者』と同一です。コンビニなど店舗にとっての加害者なのか、倒れているので被害者すべきなのか警察も断定できないので、いまのところ、『当事者』という表現で統一しております。」


「それでは第3回さわやかファンタジックアイドルオーディションを開催致しますう~!」

 赤いバラを黒いスーツの胸ポケットに差した男性アナウンサー。マイクに肺活量一杯の二酸化炭素をぶつける。ここはアキバの某ビル。すでにステージには30人位の女の子が思い思いの衣装で待ち遠しそうに並んでいる。暖色系が目につく。この地では、コスプレやオタク向けアイドルを大量生産しているが、そういう風潮に反旗を翻して、どこからともなく、正統派アイドルを発掘しようという運動が発生した。トリッキーなことがいつまでも王座に留まることは難しく、原点回帰という現象につながった。世の中の大多数はオタクではないからである。

 このオーディションの参加条件は15~18歳の女の子。必要以上に低い年齢でないのがいかにも正常に見える。次々とステージの中央に出て、自己アピール。アクロバットをやったり、変顔をしたり、魔法少女の格好をしている者はひとりもいない。懐かしの80年代を感じさせるようなファッションばかり。見ていると安心感が広がる。アイドルとはかくあるべしと痛感させられる。

「エントリーナンバー27番足利ヨシミ、16歳です!」

 登場したアイドル志望生は年齢詐称。ツンツン髪を左右に立てている。身長は130センチに満たない。濃いピンクのワンピース。スカート部分は膝上30センチでかなり短い。膨らみが確認できない胸には『あしかがよしみ』という名札。どうみても10歳位なのに、16歳?

ステージ下にいる審査員たちがざわつき始める。ほとんどが眉を顰めている。しかし中には回りを気にしながらも、涎を拭いている者もいる。髪は長いが、ブラッシングが不十分で、解れている。喜びを隠しきれないようだ。隠れロリだ。

足利ヨシミは自己紹介をしたあと、そそくさと袖に消えた。

「それでは次の候補者どうぞ。」

 アナウンサーは会場の喧騒をよそに、マイクパフォーマンスを継続する。

「登録番号二十八、北条トメ、18歳じゃ。」

 そこに登場したツインテール。髪を銀に染めている。いやこれは白髪だ。しかもツインテール。どう見ても60歳にしか見えない。一言醜悪。

「帰れ。ニセモノ!」「くそババア!」「ここは老人ホームじゃねえ!」「介護は俺にやられせてくれ。」

 いろんな意見がある。北条トメはそそくさとステージを去る。何しに来たのか。

 最終審査の発表が行われたが、足利ヨシミと北条トメはすでに会場にはいなかった。どうせ合格しないだろうということで、そこから姿を消したのだろうか。

(今回もうまく嘘をつかせたわね。ちょろいものだわ。)

 またも何者かの影がスーッと会場の暗闇に消えいった。

 オーディションの翌日の新聞に、『足利ヨシミと北条トメが会場外で倒れているのが見つかり、病院に搬送された。』との記事が掲載されていた。ふたりとも意識がないとのことであった。


 ここは生徒会室。執事・李茶土が生徒会メンバーの前で話をしている。男嫌いの美緒ではあるが、なぜか李茶土には糸電話を使う気配はない。差別か。

「最近、自分の意思とは無関係に嘘をついて、そのまま無意識状態になるという奇妙な事件が現世で頻発しています。こちらで調べたところでは、なんらかのジバクが関係あるらしいのです。」

「材料はそれだけか。他になにかわかったことはないのか。」

 美緒が退屈そうな表情で、机の上に置いた魚籠に話しかける。

「そうです。いまのところはこれだけです。」

「それでは動きようがないな。」

「仕方ありません。発生場所がアキバ周辺であるというだけです。詳しい情報が得られたら、再度連絡を致します。」

「とりあえずは事態の成り行きを見ていくことにしよう。それでいいな?」

 全員が頷く中で、絵里華だけは俯いているように見えたが、誰も気づかなかった。


 昼間の喧騒が嘘のようなアキバ。夜になるとオタクたちがいなくなり、ひっそりとしてしまう。住宅地ではないし、飲み屋街というわけでもないため、暗くなれば静かになってしまう。もちろん、ひとっこひとりいないということではないが、歩行者天国をやっている時間帯と比べればまったく静かになっている。中心街から少し離れれば中小企業の入った中層の古いビルが多く並んでいるが、こちらも業務が終了すれば社員たちは帰宅の途に就くので、やはり人はいなくなるのである。そんな夜のアキバに現われた絵里華。

(アキバで事件が起こっているんどす。これは放置できないどす。みんなが行かないんなら、うちひとりでも調査するどす。)

 そう決断してやってきたのである。

(ジバクだとしたら、このコンビニの周辺に潜んでいるはずどす。ここでぶらぶらしていたら、出てくるかもどす。特に作戦があるわけではないんどすが。うちはおじいちゃんといつもケンカばかりでした。その理由はこのアキバ趣味。)

 そう。絵里華はひとりで来たのではなかった。この緑髪ツインテールのフィギュアが大の親友。紅葉院アルテミスと名付けている。実家の苗字を付けているのは家族の証明。

「アルちゃんがいるから寂しくないよ、怖くないよ。」

 アルテミスに話しかける時は京都弁は使わない。これは絵里華の決めたアキバルールだ。アルテミスに頬ずりしながら、心なしか涙ぐんでいるように見える。生徒会メンバーの前ではアルテミスが常に喋っているが、『ふたり』だけの時は本体がアルテミスに喋っているのである。

 絵里華はしばらくコンビニ周辺を徘徊していた。

「あなた、心に穴が開いているわね。やっと見つけたわ。」

 絵里華の前に現われたのは美少女。頭に大きな赤いリボン。赤いワンピース。スカートの裾にはフリル付き。腰にも大きな白いリボン。しかし、胸には黒いドクロのペンダントを付けているのが目を引く。

((な。なに。あんた、誰どす?というより、ジバクはんどすな。やっと会えましたな。))

 絵里華はジバクには慣れており、当然びびるはずもない。すでに喋りは本体からアルテミスに転換している。

「アタシを見ても驚かないんだね。というより、あんた自体が人間でないし、アタシと同類だね。そんな人じゃないや、そんな霊を探していたんだよね。やっと出会たわ。」

((どういうことどす?霊を探すジバクはん?そんなの聞いたことないどす。どういう意味なんどす?))

 はてなマークを空中に書くアルテミス。

「そんなことどうでもいいでしょ。そうね、せめて名前だけでも名乗っておくわ。アタシは『嘘つき少女』よ。」

 胸を張るジバク。小柄ではあるが、胸サイズはそこそこ。絵里華には負けるが、由梨には勝っているようだ。


「ハクション。どこかで、あたしの噂をしているようだわ。やはりセレブは人気者ね。」

 生徒会室で、由梨が自慢げにひとりごちた。


「あなた、その胸はホンモノみたいね。でも、その巨乳を生かすような相手、つまり彼氏だけど、いないわね。」

((いきなり、濃い話題を振ってきたどす。初対面なのに、失礼どす。))

「人間じゃないんだから、失礼もへったくれもないわ。その意気の巻き方、やっぱり彼氏はいないんじゃないの?」

((そ、そんなことないドス・・・。))

「急に声が小さくなったわね。じゃあ聞くけど、その彼氏の名前を言ってごらんなさいよ。」

((・・・。))

 本体は元々無言。加えて人形も沈黙してしまった。

「ほら、言えないじゃない。」

 ジバク少女は勝ち誇りのポーズ。Vサインを絵里華に提示。

((むむむ。じゃ、じゃあ言うどす。))

「彼氏の名前は?」

((名前はひ、ひ、ひ。))

「笑ってるの?」

((そうじゃないどす。ひ、ひ、日乃本、都どす。))

『シュウウウウウ』。低く暗い音が聞えた。

『バタン』。絵里華はその場に倒れた。

「成功したわ。あ~良かった。ルンルン。」

 ジバク少女はその場から消えた。


 ここは旧保健室。5Fの大きな部屋である。元々あった生徒会室は4Fにあるが、狭いとの意見で、ここが生徒会室に衣替えした。こちらの方が霊界に近く、何かと便利なのであろう。

『さて、これからどうするかなんだが。』

 生徒会室の会長専用ソファーにどっかと座り、足を組んでいる美緒。副会長であるハズだが、会長という腕章まで付けている。しかし、糸電話を使っているということは、同じ席にオレがいるということになる。オレは会長ではないとなるといったいどんなポスト?美緒は般若のお面を着用中であることは言うまでもない。

「まさか、絵里華がこんなことになるとはねえ。お嬢様として失格だわ。ホンモノセレブならこいう不躾なことはしないわね。哀れだわ。フン。」

 由梨は顔を右斜め上方につきあげて、瞼を閉じた。人によっては、これを見ただけで萌えるハズだ?

「まあまあ由梨たん。そんなことを言わずに、どうやったら絵里華たんを元に戻せるのか、考えないと。」

 こういう時は万步が由梨を宥める担当である。

『そうだよな。生徒会副会長代理を助ける算段をみんなで考えないと。でもどうしたらいいのか、見当もつかないけど。』

 ここで生徒会役員構成を説明しておこう。生徒会長、都。副会長、美緒。副会長代理、絵里華。副会長補佐、万步。副会長代理補佐、由梨。

「どうして、セレブが副会長代理補佐なんて長い肩書に甘んじないといけないのよ。」

 由梨は大層怒っていたが、生徒会長が任命したのだから逆らえない。生徒会長はどんな基準で選定したのかって?直感です。わかるだろう。

 オレは糸電話に対して、話かけている。しかも、場所はひとりだけ10メートル離れているので、奇妙というか、滑稽というか、あるいはひとりごとを言う危ない人に見えなくもない。

『とにかく、まずは現状分析をしよう。そこにいる絵里華の様子は睡眠状態だ。』

 美緒はソファーにいる絵里華本体を指す。睡眠状態と言いながら、ベッドに横たわっているのではなく、椅子にきちんと座っているが、目は閉じたままである。しかし、なぜか絵里華は立ち上がった。

「こうして手を引くと立つことができるし、歩くこともできるのよね。不思議だわ。」

 由梨が操り人形のように、絵里華を自由気儘に動かして見せる。

「絵里華たんはどうしてこうなったんだろう?」

『問題はそこだ。原因を分析しないと対応策は検討できないからな。この神といえども、論理的な思考を行うにはあまりにも要素が少な過ぎる。ただ、この前、黒白執事が言っていたジバクのことを絵里華は気にしていたように思える。』

 美緒は李茶土のことを黒白執事と呼んでいる。理由は黒い執事服に、白い手袋を嵌めている。それだけ。安直なところが、美緒における李茶土の存在価値を示すものだ。もっとも、自分を神と呼んでいる以上、他の者はその程度の格付けとなっているのかもしれないが。

「そうだわ。アキバで起こった事件だから、絵里華は動くなと言われても自然に行動してしまったような気がするわね。ひとりでアキバに行って、話題のジバクと出会って、何かが起こった。こう推測されるわ。」

「由梨たんの言う通りだと思う。嘘をついた人間が意識を失ってるというのが、これまでいくつも発生してるよね。それと同じだとすると、絵里華たんも何らかの嘘をついて、こなったと考えるべきかな。」

『オレもそう』

『お前はいい。ではさっそくアクションを起こすことにしよう。虎穴に入らずんば、虎児を得ずだ。』

 美緒はオレの発言を遮って、全員に号令した。

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