第8話

そんな中で沈黙していた万步がポツリ。

「こんな私の親は孤児院の院長先生。でも裏切られた・・・。私には家族はまったくいない。天涯孤独とは私のためにある言葉。」

美緒は万步の肩を抱いた。

「どういうことか。この神の前で語ることはできるか。」

万步は急に元気になった。いや元気を作ったように見えた。

「いいよ。まっほは大丈夫だから。美緒たんが聞きたいっていうなら話してあげるよ。減るもんじゃないし。」

万步の過去の記憶。それはこんなものだった。本人に語ってもらおう。

【まっほはアイドル。文字通りの偶像で、実態はそんな華やかなものではないよ。高校へはアイドルのお仕事をしながら通学しているんだ。奨学金をもらいながら頑張っている傍ら、アイドルで稼いだお金は生活費、学費を除いて、孤児院にお金を入れてるんだ。まっほは孤児院出身だから。今は自分でお金を稼いでいるので、独り暮らしをしているんだけどね。自分は貧しくないレベルでの生活。

まっほの親は孤児院の院長先生。眼鏡おばさんだよ。当然本当の親じゃない。親のことは知らない。あっ、これは正確じゃないね。知っていることもある。親がまっほにしてくれた唯一のこと。それは『まっほをコインロッカーに捨ててくれたこと』。『くれた』というのは違和感があるかもしれないね。でもまっほは感謝しているよ。どうしてかって?そのお蔭で今の私、つまり『まっほ』があるからよ。『まっほ』というのは、当然アイドルとしての在り方ね。初めは言いづらかった。私って、そんなキャラじゃないからね。でも仕事として割り切っているうちにこれが自分の一人称になっちゃった。親についてはそれだけしかわからない。それ以上のことを知ろうとも思わない。まっほの親は院長先生だからね。院長先生はまっほを警察から預かった日を誕生日にしてくれた。7月14日。フランス革命のバスティーユ牢獄襲撃の日なんだね。まっほらしいけど。ははは。

今の名前、美村万步なんだけど、苗字は院長先生の苗字をそのままもらったよ。下の名前は、院長先生が、孤児で自分の力でいくらでも人生歩めるようにとの願いを込めて万步と名付けたのね。いい名前ですごく気に入ってるよ。アイドルになってからは、『まっほ』というようになった。これは事務所の指導ね。アイドルらしさって名前から入るものなのね。でも名前の間に『っ』を入れたのは初めてではなかったんだよ。それを次に話するね。

まっほはほぼ生まれた時から孤児院にいたから、主みたいになってたんだよ。あとから入ってくる子の面倒みたり、けんかしてる子たちを止めたりとか。学級委員ってとこかな。でもそれはあとからのこと。孤児院に来る子供は大抵身寄りはないんだけど、コインロッカーで生まれた子?は珍しい。最初は『ろっは』と呼ばれてた、つまりロッカーのことね、子供だからロッカーが『ろっは』になっちゃったのね。これでずいぶんイジメられたね。ホントに小さかったからなぜイジメられるのかわからなかったけど、悔しかった。そんな時、ひとりの男子がろっはのことを助けてくれたのね。ハヤトっていう名前だったかな。その男子、ろっはがみんなにイジメられていると、『外にポケモ○人形が来たぞ』とか、『院長先生が怒ってるぞ』とか言ってみんなをろっはから引き離してくれたのね。それとか、みんなで遊ぶときに、さりげなくろっはを仲間にいれてくれたり。うれしくてお礼を言おうとすると、プイとどこかへ消えてしまう。今で言うツンデレね。そんなことが続く中で、だんだんみんなと仲良くできるようになっていったの。それでろっはは自立してきて、イジメもなくなり、リーダー的な存在になっていったのね。

院長先生はそんなまっほのことを信頼してくれて、孤児院の子供たちへのお小言なんかは、まっほに話して、まっほからみんなに伝えるというのをよくやってたね。院長先生が直接言っちゃうと歯止めがなくなったりすることあるし、みんなに優しいというイメージを植え付けるのには、いい手なのかもしれないね。いつもガミガミじゃあ嫌われるからね。まっほをフィルターにしてたわけだね。でもまっほは利用されてるというよりは、それだけ任されているという自負があったね。こんな経験がアイドルという社会に接するのに役立ったように思える。院長先生はまっほには友達のようだった。いろんなことを教えてくれたし、なんでも相談に乗ってくれた。よく母親は自分の娘を友達としてみるっていうけど、そんな感じ以上のレベルだったように思っていた。他の人のケースがよくわからないけど、まっほには親友的な存在だったね。でも他の子の前ではまったく平等な扱いで、誕生日といっても月単位で行われる合同モノだけ。そのバランス感覚も好きだったな。誕生日といえば、ケーキ。1カ月で一番楽しみな日。普通の日のおやつは、クッキー、チョコレート、キャンディー中心。たまにプチケーキくらいはあったけど。大きなケーキ、といっても普通のショートケーキだけど、それが食べられるのはこの合同誕生日だけ。だからすごく楽しみだった。そんなケーキへの執着?がその後のスイーツ好きに大きく影響してるように思えるのね。ただし、ひとつネックがあったけど。それはそのうち話すね。

アイドルの話に戻るね。アイドルと言ってもバラエティが中心。本当の売れっ子にならないと下積みが大変なのね。最初は大食いアイドルとしてデビュー。とにかくたくさん食べるんだよ。普通で5人前。頑張れば10人前までいく。食べるものは当然余るので、それをもらっては孤児院へ送ったりしているんだよ。でも高級料理は拒否、B級グルメとして活躍したんだよ。でも後から院長先生に聞いてびっくりしたんだけど、食べ物をもらった孤児院は孤児院でトラブルが起こってるのね。というのも、孤児院の中では力関係で強い者がいいものを取るというのがあったのね。人間の性というものなのかな。社会的に弱い者同士なのに、あっ、それは私の偏見かもしれないけど、そういう子供たちでも争ってしまうのね。弱い者同士、支え合って生きていかなきゃいけないと思うんだけど、人間の世界って難しいのね。それぞれのムラの中でのヒエラルキーってのが存在するのね。ひどく悲しい思いにかられたよ。

そうこうしているうちに努力の甲斐あって、少しずつ売れてきて、グラドルのお仕事が来るようになったんだ。私は太る体質で、自分としては人様に晒すようなボディではとてもないと思うんだけど、胸の大きさが受けたらしく、グラビアのお仕事が増えてきたの。それである程度稼げるようになってきたんだ。すこしずつだけど貯金もできるようになってきて、アイドルとしてのお仕事が面白くなってきたんだよね。

まっほは他のアイドルの娘とは適当にしか話をしなかった。これはアイドル同士お互いライバルなんで、友達のようにはなれないので、仕方ないんだけど。世間話くらいはするわけ。その話題のひとつで、ギャラの話になったんだ。ギャラは自分の人気と同列になるアイドル共通の興味対象だよ。そしたら、まっほのギャラの取り分が他のアイドルと比べて少ないのね。たしかにギャラは人それぞれ違うけど、それでも相場というものはある。そんな疑問を持っていたある日、マネージャーと事務所経理マンがこんな話をいるのを耳にしたんだよ。その内容とは『給料の半分を院長が取っている。万步はかわいそうだ』というもの。まっほにいつも優しい院長。まっほのお母さんでありかけがえのない友。これにはホント驚いたし、信じられなかった。でも尊敬する院長にはそんなことは言えず、悶々としながらも忘れようとしていたんだ。そんなある日。院長と知らないスーッの男が高級レストランで会ってるのを見てしまった。丁度給料もらった時。その場で院長はお金をその男に渡していたんだよね。お仕事で、そのあたりでの撮影があったので偶然見たくないものをみてしまった。あの優しくて信頼していた院長先生があんなことをするなんて。お金が必要ならまっほの生活費を切り詰めてでも渡すのに。無くなったお金のことより、院長先生への気持ちが失われたことがひどく悲しかった。まっほはこうして人間不信に陥っていたと思う、いや世間というものが何かということをやっと理解したんだと思う。こんな形で大人への一歩を踏み出したんだね。

まっほは今幽霊やってるんだけど。その事情を話しておくね。グラビアアイドルでのスイーツ大食い競争での出来事。あるアイドルの大ファンがレターの返事がないことの逆恨みで、スイーツに毒を盛ったのね。毒入りはそのアイドルに当たる予定だったんだけど、誰かが会場に間違い電話をかけてしまい、準備スタッフが席を外して、スイーツが入れ替わってしまって、結果として、まっほのところに毒入りが来て。で、今霊界にいるわけ。天獄にも地獄にも逝きたくなかった。『現世』がよかったわけじゃない。でも、このまま成仏してしまうのはすごく嫌だったのね。だからここに来てやりたいことをやるんだ。大好きなスイーツが食べられないのは残念だけど。そう、幽霊は食事ができないのね。そういう意味では都たんがうらやましい。でも食に関する思いは今も強くあるので、何でも味見してしまうんだよね。

まっほは霊界でもグラドルとして活躍したいと考えているんだよ。自分と同じような境遇で、霊界にきてしまった人をひどくかわいそうだと思う。自分も『現世』でやりたいことが十分にできず、悔しい思いをした。『現世』への心残りはあるけど、苦労続きからの解放感があって、ジバクにはならずにここに来た。でもやはりやり残したことに対する思いが強い。自分の力で貧しい孤児院を豊かにしたいとの願望がある。孤児で霊界に来た人を集めて、元気付ける機関を作りたいと思っている。ちょっと夢物語入っちゃってるけどね。これからも頑張るよ。】

万步の身の上話を聞いて、美緒。

「そうか。でもつらくはないんだな、万步。」

「うん。もう何とも思ってない。まっほは、院長が好きだもの。」

「ならよい。万步には神たちが家族なんだから。あっ、神は神であることは変わりがないがな。」

「・・・ありがとう。美緒たん。・・・う、う、う。」

美緒に抱きついた万步。両手を万步に背中に回して、包み込む美緒。これぞ神の手。霊体だから体温はないはず。でもこれ以上ないくらいのぬくもりを感じる万步であった。


「万步が元気になって良かった。見つからない親が仮にどこかで生きていたとしても、会うことはかなわない。この神もそれは同じ。どうしようもない奴だが、生きている都がうらやましい。」

美緒がひとりごちた。

「美緒、何か言った?」

由梨が心配気に美緒の顔を覗いた。

「いや、なんでもない。ははは。」

美緒の言葉には力が感じられなかった。


『ところで、ジバクたちは有名な武将たちですよね。そんな連中がこんなところにいるんですかね?』

『もっともな疑問だ。豊臣秀吉とかがこんなところにいるわけではない。』

『じゃあどうしてそんな名前を名乗っているんだ。』

『歴史に名を残したような人物はそれだけ精神エネルギーが強いんだ。それに感化されるジバクはけっこういる。生前にそういう著名人に傾倒していた場合に、強い影響を受けて、死後に自分がその人物の記憶を受け入れることがある。いやむしろ、支配されていさえする。そのひとつの例じゃないかな。』

『はあ。そんなものなんだ。』

 美緒の説明が十分に理解できないオレであった。精神エネルギーによる支配。これは霊界ではよくあることなのである。

 五人が墓場から去ったあと、李茶土はひとり残っていた。

「今回の戦闘中にもトリガーカードが1枚増えていましたね。『スペードの6=ストーンの攻撃』カード。政宗と美緒さんの戦闘中、都さんが叫んだ言葉が、言霊となっていました。激しい戦闘だったため、カード具現化に誰も気づかなかったようですね。攻撃カードは表、防御カードは裏と表現しますので、これはストーンの表ですね。順調にとカードが収集されていますので楽しみですね。女王様に報告しておかねば。フフフ。」

 薄ら笑いをこぼして、執事は消えた。

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