第5話

翌日の授業は午前中で終わり。

「何だかお腹が空いたわね。」

 家に帰るなり、由梨が言いだした。

 食事については、数日前に由梨と話していた。

『「幽霊でも何か食べないといけないということなのか?」

「別に。何も食べなくても生きていける。って、死んでるけど。死んでるんだから栄養素を摂取する必要はないわ。でも現世での癖というか、趣味ね。いやアタシはセレブだから嗜みね。何か、こう口にしないと気が済まない時があるのよ。」』

 ということで食べる必要はないが、習慣は残っているというわけだ。

「そうなのか。じゃあ何が食べたいんだ。」

「そうね。セレブと言えば、やっぱりたこ焼きね。」

「たこ焼き?それって、グルメの中でもC級だぞ。」

「C級?Aが最下位で、Cが最高なんでしょ?フォフォフォ。」

 由梨は腰に両手を当てて、仁王立ち。仁王というよりはツインテールのペコちゃん人形だが。

((あのう、そのう、たこ焼きって何どす。))

 絵里華人形がおずおずと質問してきた。

「たこ焼きを知らないの?これだからセレブでない庶民、いや元庶民はダメね。アタシと絵里華は月とスッポンね。アタシの実家は『商店街一のカレー屋さん』だったのよ。絵里華、アタシを圧倒的に羨望しなさいよ。」

((う、うちは庶民・・・。そうだったんどすか。ガクっ。))

 絵里華は肩を落とした。たこ焼きを知らないのが庶民なのか?なんだかそれは違うような気がするがオレは中立姿勢を保った。それに商店街のカレー屋さんって、そもそもセレブ?

「かわいそうな娘。たこ焼きというのはね、『たこ焼き売りの少女』という悲劇童話があるの。それはこんな話。」

『昔々あるところに、貧しいたこ焼き売りの少女がおりました。少女はスーパーセレブを目指して都会にひとりでやってきたのでした。とある財閥のお屋敷に住み込みメイドとして働くことになり、その財閥ではたこ焼きという高級料理を売って、利益を上げているのでした。メイドの仕事は街でたこ焼きを売ること。一日1000個売らないとお屋敷に入れてもらえなくて、外で寝泊まりしないといけないのです。他にもたくさんのメイドがいて、それぞれの持ち場でたこ焼きを売るのがこのビジネスモデル。売上の数パーセントはメイドたちの収入になるのです。一部のメイドからは「会社にボラれている」との批判がありましたが、経営者側はスルー。労働組合もないので、メイドたちに労働争議を起こす権利は認められていなかったのです。のちには『女中(めいど)哀史』という本が残されました。少女は街で一生懸命たこ焼きを売りました。『このたこ焼き、全然売りたくないわ。どうしても買いたいって言うなら売らないこともないけど。』という売り文句で売るのですが、誰も買ってくれません。少女は草木を寝床とする日々が続きました。そんな少女の姿を見て、慈愛の神様が、「ここでたこ焼きを売りなさい。そうすれば必ず売れます。」と言って、一枚の紙をくださったのです。少女は神様の言葉を信じて、紙に書いてある場所に行きました。そこにはこんな看板がありました。『ツンデレ喫茶』。少女は一生懸命セールストークを繰り返しました。「べ、別に買わなくてもいいんだからねっ!」。「「「「「うひょー!買う、買う、買う!」」」」」。たこ焼きは飛ぶように売れました。一日千個なんて楽勝でした。少女はみるみる成績を上げて、トップになりました。少ない取り分でも、数多く売れば自分の収入になる。いつしか、セレブになりました。・・・ある日、少女はは遺体で発見されました。たこ焼きは売れていたのではなく、自分で食べていて、食べ過ぎで、お腹を壊して、死に至ったのでした。』


((な、なんと悲しい物語どすな。ううう。それにセレブへの道の厳しさがよく伝わってきたどす。))

 絵里華は涙交じりに感想を述べた。それを見て、由梨は胸を張った。張り切れなかったが。

「何余計なフレーズを付け加えているのよ。絵里華、このセレブがたこ焼きという高級料理を教えてやるわ。都、ここにたこ焼きセットを用意しなさい。」

「どうしてオレがそんなことをする必要がある。」

 一応抵抗してみせた。

「セレブの命令は絶対なのよ。」

「そうなんですか。はいはい。別にいいけど。」

 別にオレは由梨の奴隷ではない。でも死んでいる者が食べたいというなら、これは一種の供養なのだ。そう理解した。

 この流れでたこ焼きセットを部屋に持ってきたオレ。テーブルにすべてをセットした。一応、由梨に尋ねてみた。

「いうまでもなく、焼くのはオレの役割だな?」

「当然よ。セレブがそんなことをするわけないじゃない。ていうより、都こそ、準備万端じゃない。」

 そう。オレはなぜかメイド服を着ている。女装が趣味なんだから、これくらいはフツーに持っているけど、何か?

 たこ焼きを焼き始めると、じっとそれを見ている絵里華。

「どうした。焼いてみるか?」

((やってもいいんどすか。))

「いいとも。」

 失敗だった。『あひゃー』『いほー』『うぎゅむ』『えばえばぼー』『おべばあ』など、京都のお嬢様?にはおおよそ似つかわしくない擬態語を発しまくって、オレの部屋は小麦粉だらけになってしまった。掃除は誰がするんだ!

「焼くのはオレの役割だ。このメイド服はそのためのものだ。」

 改めてそう宣言してから、たこ焼きを焼き始めた。これくらいはお手の物。次々と生産されていく。出来上がったものに青のり、ソース、マヨネーズなどをかけながら由梨は消費していく。そう思ったが問屋は卸さなかった。

「あ~ん。」

「何だ、それは。」

「決まってるでしょ。はい。あ~ん。」

 当然、たこ焼きはオレの口に運ばれるのではなく、オレが由梨の口に運搬する仕事を担当するという意味だ。やむなく、その職務遂行。こんなことで抵抗しても時間の無駄だということが脊髄反射的に判断された。一方もう一人は。

((おいしい。こんなもの、今まで食べたことがなかったどす。死んでてよかったどす。))

 絵里華人形は感涙。最後のフレーズは若干悲しい。なお、食べているのは本体。

「はい。あ~ん。」

 催促か?そう思ったが、違っていた。何と、オレの目の前に暖かいものがある。

「ほら、都。このセレブが屈辱的な行為をしているんだから、早くありがたく頂きなさい。好きでやってんじゃないんだからねっ!」

「いや、別にひとりで食べるけど。」

「なんという、非国民的な発言なの。ソッコー死刑となるわよ。こんな機会は二度とないんだからねっ!」

「ははあ。わかりました。では心の底から感謝申し上げつつ、口に入れまする。」

 どうでもいいので、言われるままにした。流される雲のごとし。

((あ~んどす。))

 今度はこっちから攻撃。

「どうしたんだ、絵里華。」

((嫁として当然のこと、いやセレブに近づくためどす。勉強させてほしいどす。))

 嫁?何か勘違いしてないか。とりあえず、折角の機会なので、言う通りにした。これが間違いだと気付いたのは後の祭り。これを見ていた由梨が『あ~ん』。絵里華も負けじと『あ~ん』。結果的に『あ~ん地獄』に陥ってしまった。


翌日。

「いてて。腹が痛い。」

腹痛に悩まされたのは言うまでもない。たこ焼きの食べ過ぎだ。

「ほ、保健室に行く。」

 授業中だったので、行き先はそこしかない。由梨と絵里華はついてきたそうだったが、勉学を優先した。これも高校生としては当然の選択。でも彼女たちに勉強って必要なのか?それ以上は考えても無駄なので停止。ひとりで保健室に向かうオレ。保健室は1Fだったはず。到着すると、『保健室は5Fに移動しました』との案内紙が貼られてあった。あれっ?この校舎って4F建じゃなかったっけ。仕方なく5Fまで昇る。そう言えばこの前の夜に由梨と一緒に来た時には確かに1Fにあった。それに自動ドアだったな。この学校のどのドアも手動式だ。自動ドアがついた保健室なんて聞いたことがないぞ。何かおかしい。長い階段を上り、5Fの保健室前に来る。

「ぐはぁ。」

 中から男子生徒が出てきた。そのまま床に突っ伏してしまった。

「「「れろれろ。」」」

 またも男子だ。それも3人纏めて。表情が死んでいる。だが、顰めつらなどではなく、だらしなく口を開いている。

「「「「「し、幸せ過ぎる。」」」」」

 さらに五人。言葉通りの様子。その場に倒れた。桃源郷にでも行ってたような?よく見ると、ここにいる全員がシャツをはだけていて、腰のあたりに、赤い斑点がある。周囲がモール状態になっており、注射でも打たれた後のように見える。

ちょっと心配になり、警戒しつつ入り口の前に立つ。やはりドアは自動で開いた。

「きゃっほーい!!!」

 奇妙な声が聞えたので、本能的に身の危険を感じ、ドアを閉めようとした。

「ダメだよ、中に入らないと。病人はここでケアするんだよお。」

 白いナース服を着た女の子が出てきた。腰には不必要な大きなリボンが着いている。ナース帽を冠した髪は鮮やかな新緑のショート。肩にやっとかかるくらいの長さ。真ん丸とした目は大きく開かれ、吸いこまれそうである。紅を塗ったかのような赤い頬。やや厚めの唇。ここからアニメ声優のような甲高い声が発せられている。全体小柄だが、胸の隆起はアルプスを思わせる。アイドルチックな様子だが、ひとつ大きな違いがある。両手でやっと抱えられるような巨大注射器を持っているのだ。しかも人間ではない。頭に白い輪をつけている。いずれにせよ、フツーの人間には見えないが。注射器女子は直径10メートルくらいの円形のステージの上に立っている。アイドル気どりか?いやそんなことより、ここは本当に保健室かなのか?

「さあ、悪いところをこれで治しちゃうからね。覚悟だよお!」

 愛くるしい笑顔で、言ってることはヤバそうである。

「覚悟できないので、ここから退出しま~す。」

 礼儀正しいオレ。挨拶を一言し、すぐさま脱出を試みたが、ナース服はオレの腕を奪取し、袖をまくってしまった。

「痛くしないから、大丈夫だよお。」

 注射なんて、痛くない、怖くない。そう言われてそうだった試しがない。しかも注射器というよりは針のついた武器である。よく見ると薬と思しき液体はどす黒い紫色。RPGでは定番の毒薬オーラがはっきり、くっきり見えている。こんなの注入されたら即死確実。

「や、やめてください。ひやっ!」

 消毒液を塗られてしまった。準備万端。

「いくよお。じゅる。」

 ナース服は涎を拭いた。ちょっとヤバくない?

「うわあああ。刺される!・・・あれ?痛くない。そうか、本当に痛くしなかったんだ。」

 床が紫色に染まった。ナース服はオレの前に突っ伏していた。コケたらしい。

「よくもやったなああ。悔しい。」

 自分で転倒しながら、『やったなあ』は違うと思う。でもナース服は笑顔を絶やさない。むしろ、うれしそうだ。

「ちゅどーん!」

 自分の中で何かが爆発したのだろうか。変身していた。

「逮捕しちゃうぞ。」

 メタリックブルーの警察官服。帽子、ヒールも同じ色。お約束通り、スカートはひどく短い。両手で拳銃を構えている。拳銃というよりはバズーカ砲だが。危険度は急成長した。

「ちょ、ちょっと待って下さい。う、撃たないで。」

「抵抗したら撃つよ。抵抗しなくても撃つけどお。」

 わけがわからない。ドアには閂がしこまれて、脱出不能状態に追い込まれていた。

「うきゃ!」

 奇妙な声を上げると『ズドン、ズドン、ズドン、ズドン』と撃ちまくったブルーポリス嬢。

「うわああああ~。やられた~!ばたん。」

 自分で言うくらいだから弾丸は当たってはいない。無差別に四方八方に打ち込まれたようだ。壁に大きな穴が開いた。ちなみに最後の『ばたん』はブルーポリスが倒れたもの。

「ふうふうふう。敵ながらあっぱれだあ。」

 敵?オレって保健室に向かう患者じゃなかったっけ?

「次はこれだよお。」

 忍者、いわゆるくノ一。ピンクの頬かむりした装束。鎖帷子付きの本格派。手には手裏剣。直径2メートル。真ん中にくノ一キャラのイラスト。Vサインしている。

「いっくぞお。それ~。」

「あぶねえ!」

 手裏剣はオレの頬をかすめもせず、からだを動かすこともなく、余裕で回避できた。

「きゃああああ。」

 ピンクくノ一は胸を押さえている。自分の胸を手裏剣が切り裂いたらしい。布が床に散る。豊満そうな盛り上がりが存在感十分。負けたかも。

「まだまだ負けないぞお。えいっ!」

 別に勝負に来ているわけじゃないぞ。保健室に来てるんだが。またも変身した。

「チャイニーズバトラーだよお。」

 頭には団子ふたつ。てるてる坊主のように、フリル付きの白い布で覆われている。スリットが太股まで入ったセクシーチャイナドレス。赤い繊維のテカリが眩しい。胸からお腹のあたりにかけて、虎が描かれている。いや虎ではなく、猫。それもシンプルな線で描かれたもの。目は点で、鼻、口はなく、髭だけが数本書かれているだけ。どちらかと言えば少女向けのようだ。ヌンチャクを手にしている。これも長さが1メートルはあり、どうみてもアンバランス。振り回せるような代物ではなさげ。

「アチャー!」

 レッドチャイナドレスはヌンチャクを振り回すが、とてもリズミカルとは言えない。

「ヌンチャクは回ってないし、風も吹かないぞ。」

「あれっ?」

 ヌンチャクが手から離れて、床に落ちていた布を押してカーリングのように移動した。布は濡れた床を移動していく。この女子は戦闘にまるで向いていないように思えた。コスプレ好きのドジっ娘という表現が適正か。

「きゃい~ん。」

 またも奇声を上げたドジっ娘。両手で胸を隠している。突然ピンクのビキニ姿に変身。しかも上はノーブラ。そこへひらひらと舞うカード。『ハートの2』。風を伴っていることからその属性か。カードはピンクのブラに変化し、そのままドジっ娘の胸部を覆い隠した。

「うわ~ん。勝てないよお。もう学園アイドルまっほはダメだよお。」

 この娘は『学園アイドルまっほ』というらしい。長い名前だ。よく見るとステージの頭上には横断幕があり、その名前が煌びやかに書かれていた。学園アイドルまっほは保健室の奥の方に走り去った。そちらにも部屋があるようだ。

『ドンドンドン』。学園アイドルまっほはドアをけたたましく叩く。

「うるさいな。ノックは静かにやれ。」

 ドアの奥から声がした。やや低い女性だ。落ち着いた感じがする。保健の先生か。

「助けてよお。相手がすごく強いんだよお。」

 強い?オレは何もしていない。学園アイドルまっほが自爆しただけだ。

「そうか。そんなに強いのか。楽しみだな。」

 だから闘ってないって。

 『ギイイ』。奥のドアがおもむろに開いた。眩しい。その部屋は外に面しているらしく、太陽がまともに差してきた。いや、そうではない。奥の人物から発せられる光が黄金に拡散している。それも尋常な光ではない。眼を凝らすと、椅子に座っている。サイズは総理大臣のそれよりもはるかに大きなもので、これが光源らしい。全部が金でできているのか?そうであればすごい量を使用していることになる。金の相場って1グラムあたりいくらだったかな。

「うわ~ん。まっほは負けちゃったよお。」

「よしよし。かわいそうに。負けても一生懸命やったんなら仕方ないぞ。」

「そお?ありがとう。なでなでしてくれる?」

「いいぞ、いいぞ。それでこそ、アイドルだ。撫でてやろう。」

「わああああ。うれしい。う~ん。気持ちいい。」

 こいつらはいったい何をしているんだ。かなり怪しげな雰囲気だぞ。

「まほは本当にういやつだのう。よし、カタキを取ってやろう。」

 そんな会話を耳にしながら、抜き足差し脚で近づいたオレ。本来の目的は腹痛沈静化である。相手が保健の先生であれば、当然問診をしてもらう権利がある。

「あのう、オレ、お腹が痛くて困ってるんですが。」

 一応、患者として、ふたりにアプローチ。

「貴様、名を名乗れ。」

「『名前を言えって』よ。そういやまだ聞いてなかったねえ。」

 学園アイドルまっほは椅子野郎の言葉を取り次いでいる。

「名を言う間もなく、いきなり攻撃して自爆したのはそっちだろう。オレは1年D組の日乃本都だ。」

「何しに来たんだ?」

「『ここに来た目的』を聞いてるよお。」

「保健室に来たんだから、からだの調子が悪いからに決まってるだろう。お腹が痛いんだよ。」

「じゃあ、病院に行け。」

「『病院に行った方がいい』って言ってるよお。」

「それじゃ保健室の意味がないだろう。ってか、さっきから会話変じゃね?学園アイドルまっほが取り次いでるように見える。そもそも声って聞えてるのに、どうして直接話しかけないんだ?それに光が眩しくて、奥の人の顔見えないし。保健の先生なんだよね?」

「無礼であるぞ。」

「『無礼』だと言ってるよお。」

「だから聞えてるって。」

「ええい。じれったいのう。」

『ガタン』。椅子を立った姿がおぼろげに見えた。

『コッ、コッ、コッ、コッ』。ヒール音が静寂を破る。これは20代後半が発生させる重低音だ。

「こら、失礼なことを言うでない。」

「お、鬼だ、鬼がいる!」

 オレは恐怖のあまり硬直してしまった。オレの双眸に映ったのは紛れもない金色の鬼。白衣を着ている。ん?白衣じゃない。『金衣』だ。肩には鷲の人形のような装飾がある。しかも頭上には白輪をしっかりと浮かべている。鬼なんだから人間のカテゴリーからはすでに逸脱している。

「我は保健委員だ。そこにいる美村万步(みむらまほ)と同じ務めをしている。」

 よく見ると、黄金の般若面を被っている女子がそこにいた。靴はローファーではなく、ハイヒールだ。そんなの許されるのか?それと学園アイドルまっほについて、本人がすでに接頭語を外しているので表記を改めて『万步』とする。

「我は神。ゆえに規制など受けぬ。これくらいは当たり前である。」

 確かに、一般の生徒では般若面を装着できまい。そもそも『金衣』着てるし。手強そうな相手だ。でもオレ、闘いに来たんじゃない。

「保健委員ならこの腹痛を早く直してくれよ。」

 神はオレをじっと見つめている。

「これは実に美しいのう。気にいった。謁見を許す。」

 すでに目の前にいるんですが。横には万步が立っている。神の腕を取っている。身長差がかなりある。神はかなり背が高く、オレくらいはありそうだ。もし女子ならモデル級と見た。

「え~、美緒。もったいないよお。そんなエサを与えちゃだめ。この子、けだものだよお。」

 神は『美緒』だと判明。よって神を美緒と改める。実際世の中では、自称『神』は大抵ニセモノだ。

「もしけだものだったら、蹴散らすから心配するでない。よしよし。」

 美緒は再度万步の頭を撫でた。『ごろごろ』。気持ちよさそうだ。美緒はオレに目を向けた。正確には般若の面があるのでこっちを見ているのかはわからないが、鋭い視線を感じている。それもかなり熱いものだ。

「近う寄れ。ほれほれ。」

 美緒は犬を呼ぶように手招きをしている。けだものとしての扱いに非常に近いと思うのは気のせいか。

「はあ。とにかくからだを見てくれよ。」

「どれどれ。手を見せい。ふふん♪」

 美緒はオレの手を取った。なんだか嬉しそうである。お面がなければ完全に目尻が下がっているのを確認できるはず。男なら鼻を伸ばしているという表現が妥当だろう。『ぺロッ』、舐められた。

「ぐわッ!」

 思わず声を出してしまった。

「これこれ、女の子なら、『きゃあ』だろうが。」

「オレは男だぞ。」「ぎいやああああ!」

 オレが言ったと同時に悲鳴があがった。美緒の絶叫だ。美緒は電光石火で黄金椅子に駆け戻った。まさに神速だ。

「ふうふうふう。こ、こやつ、男じゃないか。」

「だからけだものだって、まっほが言ったよお。」

「そ、そうか。神が悪かった。あとで、お詫びのなでなでをつかわそう。」

「ホント?楽しみだあ。わくわく。」

 万步はひとり盛り上がっている。

「あれを持て。」

「いつものヤツだね。了解だよお。」

 万步は保健室に戻ると何かを手に持ってきた。

「これを使うのは久しぶりだ。」

 美緒は何かを顔に装着した。

「これを使って話をするんだよお。」

 万步がオレに渡したものは美緒が口に付けたものと同じ。

『もしもし、聞こえますか。』

『もしもし、聞えます。』

『ならばこれでよし。』

『そのようだな。』

 以上は美緒とオレの会話。ふたりは『糸電話』でコミュニケーションを取ることとなったのである。小学生の工作か。

『お前、都と言ったかな。男とわかった以上、この神の手には負えない。まっほの言う通りにするがよい。』

『はあ?今までのやりとりはいったいなんだったんだ!』

『気にするでない。神の仕業はすべての原理、正義である。』

(さっぱりわからない。)

『ブチッ』。いきなり音声が中断した。糸が切れたのだ。

「うほほほほ~い。じゃあまっほが都を診るよお。この紙に今食べたいものを書いて、飛行機作って飛ばしてえ。」

「それは診察と言えるのか。こちらは腹痛だ。食べたいものなんてないぞ。」

「じゃあ、お腹が治ったら食べたいものを書いてえ。」

 意味がわからない。お腹の原因はたこ焼き。だからまったく別のものにした。そして、紙飛行機を作って、まっほに投げ返した。なんせ、紙。ゆらゆらと飛んだのはいいが、まっほを通り越してしまった。

「なんだ、これは。ま、まさか、いわゆるあれのことなのか。しかし、相手は男だし。むむむ。」

 紙飛行機は美緒に到達したのだった。

「美緒、どうしたのお?」

(この紙には『アイス』とある。つまり『愛す』ということか。これはいわゆる告白というものなのか。初めてもらったぞ。勇気を振り絞ったが、自分の口から申し出することはできなかったのであろう。不届きな奴だ。下らぬ。捨て置くか。)

 美緒は紙を破ろうとした。その時、『ぽっ』。胸に何かが灯った。

(この胸の暖かさは何だ?このような感覚を受けたことはないぞ。奇妙だ。天変地異の前触れか?この手紙に邪悪なものが込められているのか?)

 多分そんな大層なものじゃないだろう。それに絶対に邪悪なものではない。『アイス』と書いただけだぞ。

(いや待て。これは願いだ。そう、我に対する懇願なのであろう。こやつはおそらく羞恥心が強いのであろう。そうだ。我は神である。慈愛も必要だ。万物の願いを受け止める義務もある。少し、様子を見るか。うきうき。)

 神も『うきうき』とかするんだ。初めて聞いた。でもよく考えればオレと年の近い元女子高生だ。ある意味当然かも。

「これを読んでくれ。」

 唐突に美緒はオレに頼みごと。

「アイス。」

 素直に応えた途端、花瓶に入っていた水が溢れだした。

「美緒、花瓶が何だか変だよ。」

 水はらせん状に巻きながら、室内をグルグル回ると、そのまま元に戻った。

『キュイーン』という音と共に、カードが出来上がった。『スペードの4、ウオーターのカード』。

 次の瞬間、神のからだが一瞬黄金に輝いて、金衣が消え去った。眩しくて中身が見えないまま、カードは水着へと変化した。

「美緒、何だか顔赤いよ。どうかしたの?」

「うわああああ。肌を男に晒すとは。神としてはあるまじきこと!」

 美緒はひざまづいて、両手で胸を隠してしまった。

「美緒のからだ、すごくきれいだし。でも男に見せるのはもったいないや。」

「天の岩戸へ行くぞ。」

「わかったよお。ばいばいどっきゅーん。」

『天の岩戸』ってどこだ。とにかくふたりは消えた。オレの腹痛もなぜか消えた。  

空っぽになった保健室の床がピカピカになっていたことにはオレは気付かなかった。



美緒と万步は『天の岩戸』に到着。別に変哲な場所ではない。1Fの自動ドア付き『保健室出張所』である。ここが自動ドアというのはもしかすると神がいる場所だからか?電気は24時間通電しているのか?どうでもいい疑問が浮かぶ。

「美緒、まっほたち負けちゃったねえ。」

「いいやそんなことはないぞ。少なくともこの神は戦ってないしな。また今度戦って勝てばいい。」

「そうだね。でも負けた気がするよお。なんかウエットな気分だよお。こんな時はいつも生きていた時のことを思い出すよお。」

突然異変が万步を襲った。

『バキューン』という音と共に万步は生まれたままの姿になった。

「きやあ~!」という奇声を上げる万步。小柄なのにメロンがふたつ。さすがアイドル的出来栄えだ。万步は両手でそのたわわな果実を隠している。これぞ『テブラ』である。そこにクローバーの8のカードが飛んでいく。万步のところに到達するとピンクの水着に変わり、裸身の万步を覆った。

「これって、まさかトリガーカード?」

 万步は目を白黒させている。

「そのようだな。『テレポート』だな。万步、いいモノを見せてくれたな。」

「美緒のエッチ、いじわるう~!」

「そこじゃない。いやそれもあるが。ははは。カードのことだぞ。あの男の『撃たないで』という言葉が原因らしいな。空間を飛んでいくと解釈できるからな。どうやら、閻魔大王後継者見習いというのは間違いないらしい。我らの願いも叶うやも知れぬな。」

 不敵な笑いを浮かべる美緒だが、眼は笑っていない。

(それとこの胸の灯火はいったい何なのか。あの者の『アイス』の真意を確認せねば。)

 美緒は万步に言わないことの方が気になる様子だった。


 その日は由梨も絵里華も先に帰宅するとのことで、オレはひとりで下校した。家に着いて、部屋の前に来た。『コンコン』。自分の部屋なのにノックして入るという矛盾。小市民の憩いの場所を奪われている格好だ。騒々しさを予想していたが、意外にも静か。

「入るぞ。」

ダメ押し発言までして部屋にフェードイン。オレの眼前に広がったパノラマ。テーブルを囲む五人の女子。いやひとりはオバサンだが。

「こらあ!オバサンって誰よ?ここにいるのはをねゐさんだよ。」

 言葉は怒っているが、微笑んでいる。でも目は氷のよう。実に不思議な表情を見せる閻魔女王。ほかのメンバーは由梨、絵里華はいいとして、あとふたり?

「やっほー。まっほが来たよお。」

「この神もここに来ることになった。いやそちが呼んだからここに住むことになったというのが正しい神託だな。」

 ただやってきたという事実のみを述べて、来た理由とか、家宅侵入への許可とかスルーしているまほと意味不明なことをほざく美緒。この部屋は完全に定員オーバーじゃね?

「いったい、何をやっているんだ?誰の許可をもらってここにいる?」

 この言葉はまほ、美緒にだけではなく、気持ち的には全員に対するものである。

「きゃんきゃん。許可は閻魔女王様にもらってるよ。」

「今やってるのはトランプだ。見たらわかるだろう。」

 まったく回答になっていない。でもツッコむ気力も失せた。これだけのメンツをとても相手にできるものではない。それも普通の人間じゃないんだから。

「何のためにトランプをやってるんだ?ただのエンタメではあるまい。」

「いちいちうるさいわね。椅子に座ってじっとしててよ。アタシのカードを見るという超絶光栄に浴させてあげるんだから感謝しなさい。」

 由梨の迫力に圧倒されたのか、ごく自然に机についた。宿題でもやるかな。いちおう、由梨の仰せの通り、後ろについた。ていうか、由梨の指定した場所=椅子が由梨の真後ろなのだ。これって何かの意図?由梨のツインテールがこっちを見ているような気がした。

 全員が沈黙して、カードを順番に抜きあっている。揃ったカードを捨てているところを見ると、ババ抜きをやっているようだ。あまりの静けさに耐えかねた人物が口火を切った。

「いったい誰がジョーカーを持ってるの?正直に言いなさいよね。」

 やっぱり由梨だった。ガマンというのがいちばん苦手と言っても過言ではあるまい。

「みんな黙ってババ抜きをやって面白いのか?こういうのはキャーキャー言いながらやるのが楽しいんじゃないのか。」

 不用意な発言をしてしまった。

「何をほざいているのよ。賞品は黙ってなさい。」

「賞品って何だ?」

「い、いちいちうるさいわね。賞品は賞品よ。商品ではないわ。」

「わけがわからん。」

「それより、これはババ抜きと言っても霊界流儀よ。残り1枚でババのみになった者が勝ちになるの。その時の手持ち枚数が少ない順にランクされていくわ。早く上がってしまえば、ランクは上位になるけど、優勝資格が無くなるわけ。」

「これは結構難しいルールだな。ってことは、何かの勝負をしているんだ。」

「そうよ。だからそこで置き物になってじっとしときなさい。」

 言われるままに、石地蔵になった。

「誰がジョーカーを持ってるのかな。をねゐさんは持ってないよ。」

 駆け引きが始まったようだ。しかし、カードをちゃんと手に持たず、床にバラバラと置いたままの閻魔女王。カードは表になっている。勝つ気があるのか疑問。

((うちは、うちは、持っていない、いや恥ずかしくて言えないどす。))

 絵里華はいつもの通り、人形が代弁。カードは本体の着物の内に隠すように入れている。いったい何を恥ずかしがっているのか、さっぱりわからない。

「神は心の内を世間に披露してはならないという不文律がある。カードのことは神のみぞ知るだ。」

 そんな不文律はない。神でなくても手の内を晒さなければ、本人しかカード内容はわかるまい。それにしても黄金衣が眩しい。

「ピピピ。この女の誘萌力は950。アタシと比べると月と酢に入ってる酢酸ね。」

 こんな時にユーホーキャッチャーを作動させている由梨。月と酢酸との比較は意味あるの?

「まっほもジョーカー持ってないよお。」

 白衣と看護帽のままでここに来ている。コスプレーヤーではなかったようだ。巨大注射器を背中に負っている。見る限り危い人にしか見えない。これでも学園アイドルなのか?

「ピピピ。この女の誘萌力は2550。いいセンいってるけど、アタシの足元ギリギリね。」

 変な評価。足元に及ぶということはそれなりにレベルが高いと言ってるのか?

「べ、別にジョーカーなんて持ってないんだからねっ!」

 由梨は小さなからだをさらに丸めて、カードがどこからも見えないようにしている。

「「「「「持ってるのは由梨だ。」」」」」

 全員の見解が一致した。

((賞品はどうでもいいけど勝負なんだからどうしても勝ちたいな。アイドル根性はっきい!))

 万步がトリガーカードを取り出した。すると風が吹く。みんなでカードを取り合って、由梨の手からゆらゆらと離れた。ジョーカーのイラストはオレだった。

 ダイエットに失敗した女子のような重苦しい雰囲気の中。

「勝ったあ!」

 両腕を左右に広げて突きあげて、Vサインを構成したのは閻魔女王。

「ほら、負けを譲ってあげるんだからねっ。ありがたいと思いなさいよ。」

((うちが負けた?ってそれ、おいしいどすか?))

「まっほはアイドル活動が忙しいんだから冗談やめてえ。」

「神は勝利するものと決まっている。」

 誰も負けを認めない。しかも四人共に自分の胸のあたりでごそごそ何かまさぐっている。勝利者の閻魔女王はそれを見てなぜかニヤリ。

「あら、こんなところにジョーカーがあったわ。きっとトランプのせいで、勘違いしたんだわ。セレブも木から落ちるだわ。」

((うち、本体に忘れ物をしてたんどす。))

「まっほ、ファンからもらってたのを忘れてたあ。」

「神の胸のうちに収めていたが、明かす時が来たようだ。」

 四人みんながジョーカーを出した。その瞬間、眼に突き刺さるように四方八方に光が飛ぶ。

「「「「眩しい!!!!!」」」」

 閻魔女王以外が手を眼に当てて、その場にうずくまった。磁石に引っ張られたように頭を床にくっつけている。四人とも水着姿になっている。しかし、オレはみんなと違い、なぜか立ち上がった。無意識である。からだ全体に湧き上がるように力が漲る。手足の筋肉が盛り上がり、ボディビルダーになったような奇妙な感覚が走る。血流が何十倍にもなり、静脈が固い針金のようにマウントしている。髪型も鯉のぼりのように流れている。

「これが閻魔後継者の力だね。素晴らしい。をねゐさん、ほめちぎるよ。ぐすっ。」

 閻魔女王が感動のあまり涙している。一方四人は少しずつ曲がった背中を立ててきた。

「す、素敵過ぎるわ。あら、セレブとしたことが、こんなジェントルマンを知らないなんて。セレブも筆の誤りなってことはないんだらねっ。」

((うち、こんな素敵な殿方見たことないどす。これって浮気どすか?))

「まっほ、アイドル仲間で、美男子たくさん見てきたけど、紅白歌合戦のトリをソッコー取れると思う。」

「神を超越することってあり得ないはずだが。」

 オレはからだの異常を確認するため鏡を見た。そこにはこれまで見たことないようなイケメンが映っていた。長くて蒼いエナメルのような髪で片方が隠れた涼しい目、シャープに尖った鼻筋。濃いワインのような淫靡な唇。とてもこれまでのオレとは似ても似つかぬ姿。そしてオレの後ろには奇妙な光景が並んでいた。

 いつも眼を伏せている由梨は真正面を向いて、両手を顔の前で合わせて、アニメ少女のようにキラキラ星を浮かべている。

 絵里華人形は何を思ったのか、着物の前をはだけている。

 万步はナース服のままで、花束を持っている。もらいものか?

 美緒はやおら般若面を外した。すると、千手観音像の背景のように金色の光沢を自ら放つ。ゆえに顔は見えない。糸電話の神コップで『東京スカイツリー』を作っていた。

 しばらくすると元に戻ってしまったオレ。その場には四人が倒れていた。

「都ちゃん、これで閻魔の力わかったかな。そこの四人は都ちゃんのパワーで卒倒したんだよ。をねゐさんもかなりやばかったけどね。」

「つ、つまり、トリガーカードを揃えてしまえば元に戻ることができる。いやそれ以上になってしまうのか?」

「さあどうかな。」

 不敵な笑みを浮かべて首を傾けた閻魔女王。


「ううう。いったい何が起こったんだ。神が倒れたりしたら、この世が終末を迎えてしまうぞ。」

「おはよー!朝だね。まっほは今起きたよ。」

 ちなみに卒倒してから10分しか経過していない。

「ふああああ。セレブがどうして床で寝ているのかしら。」

((うちは伏せ目モードだったみたいどす。))

 言われてみれば人形なので、オレたちと話している時は目を開けたままだな。瞬きが必要ないのは便利だけど、キモイというのは気のせいか。

「ところでババ抜きは誰が勝ったんだ?神が優勝するのが当然だろうな。」

「ちょっと待ってよ。セレブの手を見なさいよ。」

 由梨の左手には、倒産危機で途方に暮れていた社長が一等宝くじを拾ったかのごとく、しっかりとジョーカーが握られていた。

「なんと!それでは勝利の二文字しか知らぬ神が敗北という外来語を明治維新しろというのか。」

 『明治維新する』という言葉は社会のテストに出るかも。

((うちは姑にイジメを受けたんどす。よよよ。))

「誰が姑なのよ!」

 すかさずツッコむ由梨。たしかにからだは姑のように小さいが。特に一部が。

『ガツン』。姑からの憎悪のこもった一撃。

「じゃあ、まっほは二番目に優勝だあ。」

 どこの世界に二番目の優勝というのがある?

「面白くない。神がそう思うとこの世が滅亡することになるが。いいな。」

 良くはない。

((うちは由梨はんが嫌いになります。))

 好きだったのか。

「神は一線を退いて、フツーの女の子になる。死んではいるが。」

((うちは人形に籠るどす。))

 初めから人形内思考しか展開していないが。

 この亀裂が次の展開に少しだけ影響を及ぼすことになるとは神のみぞ知らない?

 

 それでババ抜きの結果だが、四人がオレの部屋に寝泊まりするのは初めから決定済みで、誰がベッド(つまり、オレの横)に寝るのかを決めてたようで、結局、ふたりはベッド、あとは机付属の椅子と押入れにローテーションを組んで平等に寝ることになった。『賞品』という意味はついぞ不明であった。


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