第4話

休憩時間には予想通り、クラスメイトからの質問の嵐に遭った由梨だったが、美少女カウンターについては、眼鏡の一種で、セレブ専用の特別なモノクルとの説明で通したようだ。それにしても、由梨のいう『セレブ』とはいったい。

 オレは未回答の、素朴かつ最も追及すべき再質問をした。

「どうして学校に来たんだ?」

「た、単に来たかっただけよ。」

「そうか。」

 会話終了。この日のコミュニケーションはこれにて完了。

 ただし、コトは夜になって始まった。由梨=死者というフレーズからは当然か。

 下校はオレひとり。家にはリアル女の子のからだで過ごしたが、これはオレの日常であるので、なんら違和感はなく受容された。あとはベッドに桃羅が入ってきた時にどんな展開になるかが気になるところだが、今から考えても仕方ないので、その時を待つしかないという結論に至った。家出するわけにはいかないからな。

部屋に戻り、夜8時になった。再び大林幸子、もとい、閻魔女王が現われた。

「学校へ行け。」

 命令はシンプル。理由説明もない。しかし相手は女王、こちらはしがない候補者見習い。その立場からは命令を受けるしかない。サラリーマン社会の縮図である。将来が思いやられる。上司に絶対服従のサラリーマンなんかにはならないぞ。ならば閻魔大王にでもなった方が楽かな。動機が不純になってきた。呪いを解くのが本来の目的だ。

 校門に来た。当然鍵がかかっているので、中には入れない。

「このセレブを待たせるなんて、100万年早いわね。」

 由梨がいた。黄色の水着姿。左目カウンターが装着されてるのは言うまでもない。

「かわいい。」

 思わず口走ってしまった。昨日よりもしっかりと目視してしまった。

「な、何言ってるのよ。恥ずかしいじゃない。あんまり見ないでよ。」

 からだをよじっている。軟体動物か。

「それが正装じゃないのか。」

「そんなことないわ。これは戦闘用なのよ。」

 たしかに、昨日釣りあげた時は白いワンピースだった。それはそれで十分なる美少女だった。

「今の感想、口に出して言ってよ。」

「はあ?なんのことだ。白いワンピース?」

「その次よ。」

「だった?」

「あと少し。」

「それはそれで?」

「じ、じれったいわね。」

「てことは、十分なる?」

「そこよ。その次の言葉はっ!」

「・・・忘れた。ゴメン。」

「バカ~!!!」

 これで心の交流はできたかな。

「どうやって、学校に入るんだ。校門も、校舎入り口も頑強な鍵に閉ざされているぞ。小遣いをネダるオレに対する親の財布状態だぞ。」

「そんな財布はセレブからすると、空気中のチリだわ。」

 うん、正解。オレは貧乏であることを痛感させられた。

「こうすれば簡単よ。」

 由梨は水着の胸の部分を外した。

「ちょ、ちょっと、心の準備がぁ~!」

 いきなりの過激行動に大当惑のオレ。

「鍵よ。夕方にちょろまかしてきたのよ。」

 由梨は胸から鍵を取り出したのだ。

「なんだ。がっくり。」

「あら、どうしたのかしら。」

「ちょろまかしてきたって、セレブには似つかわしくない言葉だぞ。」

『がっくり』ということを追及されないように会話運用。

「時と場合によるのよ。『セレブは目的達成のためには治外法権』という慣用句があるわよね。」

 そんな慣用句聞いたことないけど。ていうか、『辞書に文字はない』とかいう表現が適切ではないのか。そんなことより、ひとつ由梨に尋ねておかねばならないことが。

「どうして学校に行かなきゃならないんだ、それもこんな時間に。」

「さあ、どうかしらね。アタシもあのババアに言われてきただけだから。」

 いきなり、ババアとは!とても清楚なセレブとは思えない。

 オレたちは夜の学校に侵入することになった。説明するまでもないが、どこの学校にも『夜の怪奇伝説』が存在する。この春学にもやはりあるらしい。オレはオカルト系には興味がないので、詳しいことは知らないが、『春学七不思議』とか『苦不思議』『十三不思議』とか諸説あって、中国の戦国時代みたく百家争鳴状態にあるらしい。どうでもいいが。

 さすがに夜の学校が不気味であることは否定できない。オレは特段怖がりではないが、さすがにいい気持ちではない。すでに、腰のあたりを引っ張る感覚が。言い忘れたが、オレは制服を着ているので、スカート着用。ご多分にもれず、長さは短いので、引っ張られると激ヤバな状態になる。

「誰だ、やめろ。どこの化け物だ!」

 由梨だった。子泣きジジイのようにオレの腰にしがみついている。すでに泣いていた。

「だってお化けこわいんだもん。じゃない、こ、こわくなんかないんだからねっ。」

「あなたって、使者・死者じゃなかったんでしょうか?」

 由梨はオレのやさしい?言葉を無視して、いや耳に入らなかったのようで、故障寸前の洗濯機のようにブルブル振動している。本当に怖いのか?

「仕方ないな。その位置では歩くのに困るよ。とにかく横に来いよ。手を繋いだら少しは安心できるだろう。」

「しょ、しょうがないわね。どうしても手を繋いでほしいと泣いて頼まれたらセレブとしてはボランティアせざるを得ないわね。」

 と言うや否や由梨はすでにオレの右腕にしがみついていた。校舎の玄関から左手に折れて、目的地である美術室に足を向ける。50メートルほど歩くと階段がある。その少し手前までゆるゆると歩いてきた。

『バターン』!突然、大きな音がした。

「うわあ!」「きゃあああ~!」

 オレと由梨は同時に悲鳴を上げた。

「いったいなにが起こったんだ?」

「で、出たのよ、オバオバオバ」

「おば?」

「オバサンが。」

 辺りを見回すが何もない。存在感ゼロ。無論、オバサンなどどこにも見当たらない。

「はは~ん。これか。」

「な、なによ。わ、わかったの?やっぱりオバサンでしょ?」

「んなわけないだろ。よく見ろ。これは自動ドアだよ。」

 教室表示板を見上げる。『保健室出張所』とある。出張所だと?じゃあ、保健室本社はどこだ。それに保健室って自動ドアだっけ?学校にそんな近代兵器が存在するとは恐れ入る。確かに、急患などが来た場合にドアを手で開けなくて済むように設計されているのだろうか。

「あ。ほんとだ。じゃない、そうだと思ってたのよ。あ~こわくなかった。フンだ。」

 胸を張る由梨。いや、張ってはいなかった。幻想だった。

「何、余計なこと言ってるのよ。この海のように豊かな胸に向かって・・・。」

 言葉が途切れた。

「おい、どうした。」

「ちょっと、腰が。」

「腰がどうした。」

 オレは手を貸して、なんとか由梨を立ち上がらせた。しかし、再び落城しそうになる。すると、中腰姿勢のままで、由梨は両手を前に伸ばした。

「なんだ?前に習えか?今は体育の時間じゃないぞ。」

「セレブはそんなに歩くことがないから、足がすぐに疲れるのよ。それに赤い絨毯が敷き詰められたところしか歩かないんだから、こんな硬い廊下はダメなのよ。ほらっ。」

 前に突き出した両腕を軽く揺する由梨。老人がやる『前にならえ』状態。

「何がしたいんだ。じゃあないな。何をして欲しいんだ。」

「ほんとバッカねえ。わからないの?セレブに同じことを何度も言わせないでよね。」

「ま、まさか、『お』のつくあれか?」

「そ、そうよ。鈍い頭でもようやくたどり着いたわね。」

「オンブズマン制度。」

「殺されたいらしいわね。」

「オンブズマン制度は大事だぞ。これであるからこそ、一般大衆はあこぎな行政に鉄槌を喰わせることができるんだぞ。」

「そ。よくわかってるじゃない。じゃあ、乗るね。」

『どっこいしょ』。由梨はオレの背中に貼り着いた。由梨は小柄なので、亀の甲羅状態。ある意味、(一応精神は)男子にとって、女子を背負うなど、憧れの極みである。だが、オレの背中の感触はまさに亀の腹であった。

『ボカボカボカボカ』。オレの頭はドラムになったらしい。

 ここで、例の不等式を修正しなければならない。

閻魔大王ⅤオレⅤ桃羅Ⅴ由梨(それもダントツ最下位)

『バキューン』。オレは首に凶悪な銃弾を受けて殉死した?

とにかく、由梨を背負ったオレは文字通り『おんぶズマン』になってしまった。

 

 この状態で、階段を上るのはさすがにきつかった。『ぜえぜえ』と息をきらしながら、ようやく真っ暗の美術室に到着した。力石ト○ルに敗れたジョーのように、両手を床につけたオレ。

「何よ、日頃の鍛え方が足りないからこうなるのよ。だらしないわね。」

 労いの言葉もないことがひどく悲しかったが、それよりも疲れ方がひどいことに大いなる違和感を覚えた。こんなに疲労するのはおかしい。そしてその原因に気がついた。これこそ、女の子のからだなんだ。か弱い少女になって、初めて女の子というものを理解した。そう思考を進める過程で、由梨の『おんぶズマン』になったことは間違っていないという結論に至った。女の子はいたわらなければならない、少々性格が某メジャーリーガーばりのスライダーであったとしても。

「やっと目的地に着いたな。さあ、これからどうすればいいんだ。」

 疲れたからだを少し休めたいと思いながら、由梨に問いかけた。

「この絵、すごくきれいだわ。」

 由梨はオレの言葉をスルー。それどころか、視線は壁にかけてある絵に向かっていた。

「これも、これも、あれも。みんなすごくいい絵だらけだわ。」

「お前、絵のことわかるのか。」

 そう言いながら、オレは絵がひどく不自然に感じられた。どうしてだろう。確かにひとつひとつはいい絵だ。美術室に飾られるくらいの代物だ。仮にここの生徒が描いたものであったとしても、優秀な作品であるには違いあるまい。人物画、静物画、風景画、抽象画など多数ある。しかし、その絵にある共通項があることに気付いてしまった。それが不自然なのである。

「ほんと、どの絵も超ウルトラスーパーセレブが描かれているわ。」

 そう。すべての絵に由梨が登場している。人物画は由梨そのもの、静物画ではリンゴの真ん中は由梨の顔、風景画では雲が由梨の頭の形、抽象画に至っては、何が描かれてるか素人にはわかりづらいがドットで由梨の顔が逆さまに描かれている。しかも、何だかその絵軍団から聞えてくる。

『べ、ベツニミテホシイッテワケジャナインダカラネッ!』

 由梨にはどう聞こえているのかわからない。本人はひたすら『美の極致だわ』とぶつぶつとお経のように唱えている。

「これってヤバくないか?」

 さすがにオレも不安になって由梨に尋ねた。

「えっ?なんのこと?これのどこがヤバいのよ?」

「で、でもすべての絵がお前になってるぞ。」

「何、わけのわからないこと言ってるのよ。頭、豆腐の角にでもぶつけたの?どこが変なのよ。」

 そう言われて、改めて絵を見た。由梨はどこにも描かれていなかった。よく考えてみれば、由梨は今日初めてこの春学に来たのだから、彼女を描いた絵があろうはずもない。どうやら、おんぶズマンになって、勤続疲労が出たらしい。落ち着こう。

「み、水をくれ。」

 とりあえず、人間として最低限の要求をしてみた。ここは美術室だ。飲料水はないだろうし、由梨が気を利かせてすでにどこからか汲んできてくれているなどということは、地軸が逆転するくらいないだろうと思いながらの発言である。

「ほら、どうぞ。べ、別にあんたのために用意してたんじゃないんだからねっ。」

「えっ。」

 差しだされたペットボトルに思わず言葉を失ったオレ。授業で先生に当てられて、いつもわかっているのに解答を飲み込んでしまう?癖がついている(強気)。マジか?マジカルか?目を擦ってみる。

「何してんのよ。早くとりなさいよ。」

「あ、ありがとう。」

 砂漠にオアシスとはこのことだ。でも何か違う。由梨は水着だったはず。こんなものを入れる場所はなかった。あとは魔法でもつかわないと。それはアリだ。しかし、そんな疑問は下らないことだとすぐにわかった。

「ちょ、ちょっと、都。誰と話してるの。」

 ついに、名前で呼んでくれた。と喜んでる場合ではない。オレに水をくれた相手は人間ではなかった。もっとも、由梨も人間ではないが。そいつは、無機物だった。という説明では意味不明だろう。簡単に言えば、ビーナスの彫像。美術室では定番だろう。白い石膏像だ。顔は由梨だが、ボディはビーナス。由梨、喜べ。ナイスバディを神がくれたぞ。

『ベシッ』。本物の由梨からの軽い攻撃。すでにユーホーキャッチャーはなく、剣になっていて、その柄の部分でオレの後頭部を打撃。

「刃の方じゃないだけ喜びなさいよ。」

 由梨の話を聞いているどころじゃない。

 そもそもビーナス像には両手、両足がないはず。だが、こいつにはあった。要は化け物だ。顔は由梨、両手、両足は軟体動物という実に不気味な姿を晒している。

『シャアアアア』。奇妙な声をあげて、こちらに近づいてくる。由梨顔がだんだん怒りに満ちてくる。いやそうではない。変貌しているのだ。目は鋭く斜めに切れあがり、瞳は縦に細くなっている。口は大きく広がっていき、その中から何やら細く赤いひも状のものが出てきている。髪はごわごわと膨れ上がり、しかもその毛はホースのように太くなり、先端が膨張したかと思うと、先がぱっくり割れた。そこからも口元と同じように、紅の細長い何かが波打っている。つまり、顔と髪の毛がトカゲ目ヘビ亜目。いわゆるメデューサだ。

「きゃあああああああ~!」

 由梨は恐怖に耐えかねて、悲鳴を上げた。顔を梅干しのように顰めて、両手で頭を押さえている。

「おい、大丈夫か。」

「だ、大丈夫じゃないわ。今激しく交戦準備中。手出しは無用なんだからねっ。か、からだが動かないわ。もう敵を追い詰めたわ。」

 うずくまっても声だけは出している由梨。文脈は乱れている。戦闘不能だ。これはオレが闘うしかない。しかし、武器はない。とりあえず、由梨の剣を強奪し、メデューサに向かっていく。胴体は固そうなので、頭部を狙う。右から剣を振り降ろす。髪の毛になっている蛇がぱらぱらと落ちる。

「やったか?」

 思わず声を上げるオレ。しかし、蛇はすぐに復活して元に戻る。トカゲのしっぽのようなものらしい。これはやっかいだ。メデューサは胴体が固いので動きはぎこちない。しかも何も喋らない。だが、両腕を肩より上にして前に突き出し、からだを左右に揺らしながら、オレたちの方に近づいてくる。これではまさに蛇に睨まれたカエル状態だ。なんとかしなければと思うが、こんな経験がまったくないオレ。対処のしようがない。髪の毛・蛇がオレの背中を舐めてきた。

「うわあああ。やめろ~!オレは食ってもうまくないぞ~!こんな時にカードが役にたつんじゃないのかあ!」

 急に静かになった。金属の輪がメデューサを囲んだかと思うと、メデューサは突然止まった。由梨がカードを出したのだった。メデューサの髪の毛が蛇から何かに変化した。20センチくらいの細い棒とその先に毛が付いている。絵の具用の筆。それが頭から生えているように見える。これはこれで不気味というか、滑稽である。思わず噴き出しそうになったが、状況が状況。ぐっとこらえながら、さらにメデューサの顔を凝視すると、蛇から別のものに変わっていく。『ムンクの叫び』のごとく、極端に湾曲しながら、出来上がりは少女。眼鏡女子であった。そばかす付き。意外にかわいい。『バシ』またもや由梨チョップ。今は痛点が神経を通じて大脳に回るヒマがない。何だ、この少女は?そしてこれがトリガーカード『メタルの防御』の力か?

「あたし、絵が好きなのに、描くことができない。」

 喋りだした。怪奇だ、何だと思考を巡らす余裕はない。禅問答のように言葉を紡ぐ。

「どうして描けないんだ。」

「目が見えないの。」

 ようやく聞き取れる程度のか細い声。

「君は目が見えなくて、絵が描けなくて、ここに取り残されてしまったのか。」

「そうなの。」

「ジバクだわ。」

 突如、由梨が絡んできた。

「ジバクとは地縛霊のことか?」

「そう。よくわかったわね。」

「このシチュだ。それくらい察しがつく。時間がない。どうすればいい。」

「話を聞いてやりなさいよ。」

「わかった。君は絵が描きたかったんだな。」

「そう。でもどうしようもなかった。ここでずっと過ごしているうちにこうなってしまったの。」

「つまり、死んだということか。」

「あたし、死んでるんだ。知らなかった。ううう。」

「よし。オレが一緒にやってやろう。ちょっと待っててくれ。」

 オレは美術室にあった絵の具、パレット、イーゼル、画用紙などを一気に揃えた。そして、彼女の手を取った。

「え、え、え?」

 彼女は驚いていたが、構わず、オレはその手を取り、いきなり、絵の具をつけた筆を動かした。その姿を見て、由梨は拳をギリギリ言わせていたが、じっと耐えていたことは気付かなかった。

「よし、行くぞ。油を描くぞ。」

思うがままに白い画用紙とバトルする。最初はオレがリードしていたが、次第にオレは何も考える必要がなくなった。彼女が自分で描き始めたのだ。目は瞑っているが、心の眼は開いているようだ。数分後動きが停止した。

「できたわ。」

「これは力作だ。百点を与えよう。」

「ホント?う、うれしい。これがあたしの絵。今は見える気がする。できたんだ。ああ、生きてて良かった!」

 あなた、死んでるんですけど。とは、言わなかった。KY非難回避。

 すると、少女の頭上に、白い輪が現われた。

「今よ!アレをこの剣で斬るのよ!」

 由梨に言われるや否や、電光石火で、その輪を斬る。『シュウウウウ』。少女は消えた。

消えただと?原因はわからない。

「きゃあ!」

 由梨の水着の上が取れていた。代わりにトリガーカードが宙に浮いていた。

 二枚目ゲット。ダイヤの3、『オイル=油』のカードだ。『油絵』という言葉がキーになったようだ。カードは再び水着のブラに変化して、由梨の下に戻っていた。ブラには『ダイヤの3と9』が表示されている。カードが増えるとブラにカードの絵が描かれることになっているらしい。そんなことより、由梨の生胸を直視?してしまったオレ。

『ぐはっ!』自分がすでに女の子のからだを所有しているにも拘わらず、こういうものには弱いオレ。うぶ。うふふ。

「何、ニヤついてるのよ。ぶつわよ。」

 言うまでもなく、オレの頬をはたいた後での発言である。

「よし、じゃあ帰るか。」

「そうね。どっこいしょ。」

 由梨は何かを持ち上げたわけではない。オレの背中に乗り込んだのである。

「ちょっと、さすがに疲れてるんだけど。」

「そう。アタシすごく疲れたの。」

 会話は成立しなかった。仕方なく、おんぶズマンとなって、帰路に着く。

 学校を出て、道すがら、背中に話しかける。

「どうして、あの少女、ジバクと言ったけ、消滅したのかなあ?」

「現世に留まるためのグッズが、あの輪なのよ。あれが無くなれば、自動的に霊界に逝くわ。今頃、『魂』として閻魔のババアのところにいってると思うわ。」

「そうか。それからどうなるんだ。」

「閻魔は魂を地獄か天獄に送ることを決定するのよ。それが閻魔のいちばんの役割。」

「『天獄?』『天国』じゃないのか?」

「確かに人間界では『天国』と呼んでるわね。でも、霊界では『天獄』としているわ。詳しいことは知らないけど、『天獄』は地獄と大差ないらしいわ。それで多少アイロニカルに『天獄』と呼んでるようなの。」

「じゃあ、『天獄』に逝っても地獄のような悲惨な目に遭うんだろうか。」

「たぶんね。それ以上は知らないわ。あのババアにでも聞いてよ。」

「う~ん。閻魔女王は苦手だしな。」

「そうね。あまり関わらない方がいいかもね。ところで、どうしてアタシのこと、助けたの?別に助けてなんて頼んでないのに。」

「さあな。『手出しは無用なんだからねっ。』って言うから助けたんだと思うけど。」

「そ、そう。ほんと余計なことだったわ。」

「そうか。じゃあ今度から改めるか。改めついでに、呼び方だがお前ではあまりいい気がしないんだ。名前で呼んでもいいか?」

「べ、別に。好きにすれば、いいんじゃ・・・」

「そうか。ならば、由梨と呼ぶぞ。いいな?」

 回答がなかった。

『すー、はー、すー、はー』。由梨は眠っていた。疲れていたのは本当だろう。

 寝顔は見えないが、安らかそうだ。たぶん、顔を見るとかわいいと思うのではないだろうか。背中に彼女。これはフツーなら、恋愛フラグが立つところ。しかし、由梨は死んでいる。複雑だ。


オレは帰宅するなりすぐにベッドになだれ込んだ。桃羅が夜中に布団に入ってくるはず。いつもなら、オレの左に来るのだが、今日は由梨、閻魔女王がすでに入居しているので、侵入不能となっている。さてどうするのだろう?そんなことに頭を巡らしているうちに、オレは眠りに落ちた。おんぶズマンになった心地よい疲労感に襲われたのだ。



眼を見張るような巨大なお城?いやお屋敷。そこの一室が見える。部屋は暗い様子でその隅っこにいるのは母親と小さな幼稚園児くらいの娘。顔や服装はよく見えない。黒い服をふたりとも来ているらしい。娘は和人形を抱えている。母親は娘を見つめながら泣いているようだ。

「ママ、元気だして。」

娘が声をかける。

「そうやね。こんなことで泣いてられへんわ。絵里華にはいつもパワーをもらってるからな。おかあちゃん、頑張るで。」

「そう、その意気やね。パパにはたくさんの奥さんがいてはるけど、ママがいちばんきれいどす。」

「そうやな。絵里華の母親なんやもんな。絵里華はこの世で最高の娘なんやから、おかちゃんが最強の妻ってことや。」

「ねえ、ママ。この家、お金持ちと違うんどす?」

「そうやな。ここは紅葉院グループ言うて、関西では有名な大きな会社なんや。今の社長は2代目。先代が作った会社でな、元々は仏壇メーカーやったんや。それがどんどんおおきうなって、今では関西ではトップの大会社になったんやな。」

「そんなおおきな会社なら、ママもたくさんお金持ってるんじゃないんどす?」

「それがなかなかそうはいかへんのや。パパにはたくさんの奥さんいてはるし、おかあちゃんもなかなかパパにはあえへん。だから、絵里華もめったにパパと遊ばれへんのや。」

「うちはママがいてくれたらそれだけでいいんどす。ママ大好きどす。」

「ありがとな。おかあちゃんが大阪から京都に出てきて、このお屋敷でメイドとして働いていた時に、パパに見染められて絵里華が生まれたんやで。他の兄弟と絵里華は立場が違う。でも負けないで強く生きや。いつかセレブと言われるようになるんやで。」

「『せれぶ』って何どす。」

「簡単に言えばお金持ち言うことや。今の貧しい生活とはオサラバせんとな。」

「ママがそう言わはるならうちは努力して、頑張って、きっと立派なせれぶになるどす。そしてママを楽にしてあげるどす。」

「絵里華。なんていい娘なんや。ううう。」

 母親は娘を両手でしっかり抱きしめて、再び涙した。

 なんともわびしい生活のようである。暗い部屋とふたりの生活がシンクロしているようである。

『トントン』。誰かが部屋をノックしてきた。

「は~い。ここにおるでえ。この時間やと食事やな。」

「そうです。早く移動してください。」

「また苦痛の時間や。労働に勤しむかな。ほな絵里華、一緒に行くで。敵は戦場にありや。」

「そうどすか。うちはこの時間好きどすけど。」

「絵里華は働いたことないから、わからへんねん。おかあちゃんはこの食事の時間がいちばん大変やねん。」

「ママがそういうなら、うちもそう思うようにするどす。」

「そや。ええ娘や。その意気やで。よし、行こか。」

 ふたりは部屋を出た。長い廊下を歩いている。普通の学校のそれよりもはるかに距離がありそうだ。途中何度か折れて、階段もいくつか降りてようやく目的地に到着。

「待ちかねたぞ。早くそこに座れ。」

 鼻髭をハの字型に伸ばした燕尾服の紳士。家の中なのに、蝶ネクタイがしっかりと首を引き締めている。髪は長いが、整えられている。長いテーブルの端に着座している。テーブルクロスは雪のように純白な輝きを放っている。周りにはメイドが数人ついている。眼鏡をかけた30歳位の紺のメイド服の女性がやってきたふたりを席に案内する。

「奥さま、お嬢様はこちらです。」

 椅子を音も立てずに引くメイド。そこにゆっくりと腰掛けるふたり。すぐにワゴンで料理が運ばれてくる。前菜、スープとやってくる。

「はあ。ホンマ、面倒やわ。食べるだけで疲れるわ。鳥にでもなりたいで。」

 母親は料理には興味を示さず、窓の外をモノ欲しげに眺めている。

「ママ、いつか、うちがその願いをかなえてやるどす。」

「なんて、うれしいことを言うんや。おかあちゃん泣かしても何の銭にもならへんで。」

 憎まれ口を叩きながらも優しげな視線を娘に送る母親。

 これって、どこが労働?

誰もいなくなったふたりの部屋に視点を戻す。ドアは両開き。取っ手の部分はライオンのエンブレムが睨みを利かせ、豪奢な黄金色に光っている。ドアを開くと数えきれないほどの宝石をちりばめたシャンデリアが否が応でも目に付く。敢えて明かりをつけていなかったようだ。というのも、これを灯すと太陽を直視するように眩しくて眼を開けることができないのではないかと思われる。ベッドは当然のように天蓋付き。それも相当な大きさで、力士が何人かは寝られるものである。それも何台かが鎮座している。壁にはまるで睡蓮が流れているような絵。ほかにも美術の教科書に掲載されているような有名なものがごく自然にかかっている。部屋のスペースは優に体育館以上の広さを誇示。ふたりはその広さが嫌で隅にいたらしい。これって貧しい生活と言えるのか?


なんだ、今のは?妙な記憶がオレの頭に流れてきた。ふと上を見ると何かが光っている。眼を凝らすまでもない。トリガーカードだ。さっきのバトルでゲットしたものだ。独りでに稼働したらしい。とにかく、絵里華から話されたものではない。これは忘れてしまおう。


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