番外編 雛まつり姫まつり 十一 

「弟子くんって、ミステリアスだよね。でも、だいじょうぶなのかな」

「何がだ」

「ぼくは、知っているのさ」


 玉兎ぎょくとがもったいぶって言った。


「何をだ」


 艾人がいじんが、床に散らばった紙の切れ端をほうきとちりとりで集めながら言った。


「つい三日ほど前に、弟子くんに来た荷物を、ぼくが受け取ってあげたことがあったんだけど」

「ここに来る配達人は、うさぎに荷物を預けるのか、不用心だな」

「失礼だなぁ。ぼくが、この店の立派な一員だってのは、みんな知ってるのさ。ぼくなんかより、艾人の方がずっと怪しげさ」

「蔵に宅配便は来ないから問題はない」

「ま、そうだけどね」


 おしゃべりしながら玉兎は、頭に巻いたねじり鉢巻きにはさんであった紙をとりだした。

 お菓子の包み紙か菓子袋を裂いたもののようだった。

 玉兎はそれをひらひらとさせてみせた。


「それは何だ」

「これは、弟子くんからのお礼だよ」

「お礼、だと」

「ぼくが受け取ったところに、ちょうど弟子くんが昼休憩からもどってきたのさ。それで荷物を渡したら、その場で包みをあけて、このお菓子を、御礼です、と言ってくれたのさ。弟子くんは礼儀正しいからね、それで食べたら美味しくて、もう1個もらおうと思ったら、弟子くんはもういなくなってて、」

「ちょっと、その紙を見せてくれ」


 玉兎のおしゃべりをさえぎって、艾人が言った。

 玉兎は、包み紙を両手でぴんと張って、艾人の目の前に押し付けた。


「そんなに近くては見えない」


 そう言うと艾人は玉兎の手から紙を奪って、しげしげと見つめた。


「鈴鹿峠の……これは、旧東海道の鈴鹿峠の手前の関宿の銘菓のもどき菓子ではないか」

「もどき?リスペクトじゃないくて?艾人、そのお菓子知ってるの?食べたことあるの?」

「菓子屋の蔵に住んでるからな。ひまにあかせてここにある本は、ちょくちょく目を通している。菓子自体は、本家の関宿銘菓は、前に、誰かの土産だと、おくらさまにお供えされていたのをお裾分けさせてもらった。赤小豆で作ったこし餡がぎゅうひ餅で包まれていて、阿波特産の和三盆糖が鈴鹿峠に降り積もる雪のようにまぶされている。黒文字で割ると、和三盆の白と赤好きの餡の赤のコントラストが美しかった。味も、もちろん、申し分なかった」


 艾人は、思い起しながら語っている。


「それって、御供え泥棒だよ、艾人」


 玉兎が突っ込んだ。


「おくらさまは、目に見えない菓子の精髄を吸い取るだけだから、形はそのまま残っている、味もな。そのままにしておいたら黴が吹くだろ。そうしたら捨てられる。それこそもったいない。だから、おくらさまが口を付けた後のお裾分けは、お供えものをたいせつに扱うれっきとした作法だ」


「相変わらずくどくどしいなぁ」


 うんざりといった風に玉兎の耳が前にたれた。


「それにしても、関宿の銘菓絡みか、もしかすると、彼の正体がわかるかもしれない」

「え、わかるの。艾人、いつからそんなに賢くなったのさ」

「おまえは気付かなかったのか、その菓子の元になっている菓子屋の屋号」

「屋号?」

「そうだ」


 艾人は、人形を切り抜いて余った紙の端に文字を書きつけて、玉兎に見せた。

 そこには“深川”の文字が入った菓子屋の屋号が記されていた。


「これって、まさか、」

「むろん、ことは、そう簡単ではないかもしれんが、その屋号絡みのお菓子が彼に送られてきたとなると、何らかの関係はあると思うのが自然だ」

「深川つながりだから、簡単なんじゃないの」

「うしろめたいところがなければ、今までに話していただろう。だが、それをしなかったというのは、何か複雑な事情があるということだ」


 艾人が腕組みをして自らの話にうなづいていると、


「ヤンキーだった過去に触れられたくないからじゃないのかな。中学出て、すぐに修行に出たんだったよね」


 と、玉兎があっさりと言った。


「だから、そう簡単なことではないと言っているではないか」

「そうかな。ぼくは、本家でも、元祖でも、リスペクトでも、美味しかったらそれで十分なんだけどな」


 玉兎のとぼけた言い方を今度はスルーして、艾人が話し始めた。


「実はな、その元祖で本家な関宿銘菓の菓子屋の先祖は、伊賀の服部一族だったのだ。信長の伊賀攻めから逃れて武士を廃業して菓子屋になったらしい」

「え、じゃあ、もしかして、弟子くんは、忍びのもの?」

「その可能性はある。三島も江戸時代に交通の要所として、徳川の間者が暗躍していたらしい」

「うわお、菓子職人は世を忍ぶ仮の姿で、実は、御庭番衆だったのか、あのクールで無駄のない動き、手先の器用さは、弟子くんが忍者の末裔だからなのか、なんだか納得したよ」


 玉兎はうきうきした声で騒いだ。


「だがしかし、なぜ、ここで弟子をしているか、だ」

「この街の仲間と情報交換するためじゃないのかな」

「天下太平の世の中で、いったい何の情報交換をしているんだ」

「冥菓道の秘密を探って、お伊勢参りへの霊験あらたかな銘菓に、さらに箔をつけようってことじゃないのかな」


「なるほど。確かに、桑名から伊勢までの伊勢街道は、桑名の安永餅やすながもち、四日市のなが餅、関の関の戸に立石餅、松坂のさわ餅、中瀬のいがもち、多気町のまつかさ餅、へんば餅、太閤餅、そして、門前町の赤福と、別名餅街道と呼ばれるほど餅菓子屋が多い。ライバルに差をつけようというわけか」

「なんだか、それも単純な気もするけど。艾人、妙なところで、素直なんだよね」


 艾人はおもむろに、蔵の壁際の書棚から、一冊の薄い和綴じの冊子を取り出してきた。

 薄い冊子だが、何やら由緒ありげな風格があった。


「これを見ろ」


 冊子のちょうど真ん中の見開きに、現代でいえば愛知県、岐阜県、滋賀県、三重県、和歌山県に亘る地図が描かれていて、街道筋の銘菓が記されていた。


「わあ、美味しそうな地図!」

「食べるなよ」

「ぼくは紙は食べないよ。でも、和紙って、原料の草のにおいとか、干し草の日なたのにおいとかして、おいしそうなんだよね」

「だとしても、食べるなよ」

「疑り深いなあ、艾人は」


 玉兎は鼻をひくひくさせながら、広げられた頁に見入った。


「それにしても、弟子くん、ほんとはお菓子じゃなくて、埋蔵金の情報集めてるとかだったりして。将来独立して店を出すための資金にって」

「ずいぶん生ぐさい話だな。しかし、こうなると気になるものだな。そのうち、さりげなく探ってみよう」

「弟子くん、里帰りしないのかな。その時に地元銘菓を土産に頼んでみよう」

「それはいいな」


 と、二人の会話がはずみ始めた時だった。


「二人とも、おつかれさま。あとは私が片付けておくので、美美さんの手伝いに行ってください」


 穏やかな中にも、何か言われたら断れない強制力のある声がした。

 二人が声のした方を向くと、すずろが、階段の途中に立って、こちらを見ていた。

 にこやかだが、どこかひやりとした空気をまとっている。


「おや、その本、そこにあったのですね。探していたんですよ。読んだらすぐにもどしておいてくださいね、艾人」


 静かな絶対服従の気配を忍ばせた声に、艾人は、以前すずろと対峙した時のことを思い出して身震いした。

 艾人は、冊子をとじると、玉兎に渡した。


「返してきてくれ」

「え、ぼくが盗ったんじゃないのに」

「人聞きの悪いことを言うな。借りただけだ。さあ、早く」

「ちぇっ、艾人、貸しだからな。今度、菓子をおごってもらうからね」

「わかったから。早く」


 小声で玉兎に指示しながら、艾人が冷や汗をかいているのに気付いて、玉兎は耳をぴこんと揺らせて、すずろのもとへ跳ねていった。



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