第十九話 鶴と亀とかけて1+1=1と解く その心は?
「う巻どう?ある意味蒲焼より難しくてさ。だしのとり方は覚えたんだけど、たまごの焼きの加減、毎回違うって、おやじに叱られてばかりだよ」
「たまご焼きとかオムレツって難しいよね。すぐに固くなっちゃって。白身と黄身の混ざり具合とか、なめらかに一体化させるのも難しいし。手早くかき混ぜつつ、両方が分離しないようにふわっとさせるの。職人技だよね」
美美は、箸でう巻の厚焼たまごの部分だけをまず口にした。
「白身と黄身の混ざり具合か。おれ、よく混ぜ合せようと思って、力いっぱいがしゃがしゃやってるから、それがよくないのかもな」
美美は、残りのう巻を口に入れて味わった。
「美味しいよ。火加減絶妙。たまごのこくと甘みが、半熟とろとろの火の通りで。それが甘辛い蒲焼をやさしく包んでいて。大根おろしがあってもいいかな。板わさなんかも添えて。お店では大根おろし添えてるんだっけ。そう、これは、」
「お酒が欲しくなる!」
二人同時に声に出て、思わず顔を見合して笑ってしまった。
「やっぱ、面白いよな、三好は。っていうか、なんでおれたち、お菓子屋の店の部屋で、うなぎ食べてるんだろな」
「そう、だね」
誰かと差し向かいで会話をしながらごはんを食べるというのは、いつぶりだっただろうか。
大学の学食では、友人たちと同じテーブルについても、てんでにスマホをいじっていて会話すら画面の中だった。
そうなると一緒にいる理由も希薄になり、次第に一人でスマホの画面を見ながらの食事になった。
下宿に人を呼ぶこともなかった。
コンパは飲んで食べて騒いでのイベントで、食事とは言い難かった。
新入生の頃、何度か義理で出たが、夏が過ぎる頃には誘われる回数も減り、自然に足が遠のいた。
美美は調べものが好きなので、検索しながらの食事に孤独は感じなかったが、
やがて、知性の
一日二回、朝起きた時に大学のサイトで休講チェックとメールチェックをして、夜に再びメールチェックをするだけになった。
ラインも自然消滅させて、周りからもそういうキャラだからと認識されていき、遊びの誘いもなくなった代わりに、静かな、平穏な世界を手に入れることができた。
こちらにもどってくるにあたっては、母や病院などと連絡をとらなければならないので今のところつけっぱなしにしているが、必要以上に画面は見ないようにしている。
そんな風にして、一人の食卓にすっかり慣れた美美にとって、ちゃぶ台をはさんだ向こうに人間が、それも男性がいるというのは、本当に珍しく、そして、暖かみを感じることだった。
そうなのだ。
幼なじみの少年は、今や成人した男性なのだ。
自分が学生とはいえ成人した女性であるというのと同じように。
そう意識した途端に、美美は、急に居心地が悪くなってきた。
工は、あやかしの美青年すずろのあやしげなアプローチとはまるで違って、ただ、座って、美美と一緒にごはんを食べているだけだ。
そもそも、工はこちら意識していない。
並んで腰かけるというのは近接による親密感があるが、差し向かいというのは、手を伸ばせば届くという微妙な距離感が、かえって気持ちを惑わせるのかもしれない。
美美の置かれている状況は、一人でいる日常から、二人で差し向かいという非日常への転化だった。
それにしても、一度意識をしてしまうと、ついさっきまでのように、
「え、っと、
沈黙を破って、工が言った。
「ん、まあ、そうとも言うかな」
「正月の時に、鶴と亀の和菓子を作ってたよな」
「ああ、あれは、祝い菓子」
「祝い菓子か。鶴亀はめでたいもんな。あれって、必ず二個セットになってたよな。一個売りはしないのか」
「祝い菓子としては、一個売りはしないわ」
「鶴亀で夫婦、みたいな?」
「いいとこ突いてる、清川くん、勘鋭いね」
「そう?」
工はちょっとうれしそうだった。
「祝い菓子には、約束事があるのよ」
「約束事?」
「お祝いの席、慶事に供するものだから、おめでたい日の祝福の空気を損なわないように十分気をつけましょう、っていう約束事が、いくつかあるの」
「その中に、鶴亀もあるんだ」
「そう、鶴と亀は、数字の決まり事に関わってるの」
「数字?四とか九は使わない、みたいな」
「そう、それ、そういうの。具体的には、お祝い事に誂えるお菓子は、三、五、七の奇数で詰めて供すること。松竹梅なんかはその典型ね」
工はうなづきながらきいていたが、そこで、口をはさんできた。
「ちょっと待った、鶴と亀は二つだから偶数だけど」
美美は、待ってましたとばかりに、箸を右手と左手に1本ずつ持って
「亀と鶴は、二つで一組、つまり、二個で1セットだから、奇数の一と数えるの」
と言って、左右の箸を真ん中で合わせて見せた。
工への説明は、あやかしたちにするような、怒涛の
訊かれたことに、ていねいに、過不足なく、しゃべり過ぎず、節度を保っていた。
――これって、よそ行き風?――
美美は、自分でも不思議だった。
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