第二十話 縁起菓子 頭文字“ふ”

「二つで一つ、じゃあ、紅白饅頭なんかも」

「そう、紅白の紅は、太陽と血の赤、紅からの連想で生命力を、そして、その力で悪鬼退散、悪疫あくえき落としをするの」

「白は?」

「白は、花嫁の純白に神事の白装束からの連想で、清浄無垢せいじょうむくを、表してる」

「紅白饅頭の紅い方は血の色って、血染めのまんじゅう食べてることになるのか俺たち、中の具が肉だったらスプラッタでホラーだな」

「スプラッタでホラー!?」

「俺、幽霊とか妖怪とか地球外生命体とかは平気だけど、どうも血みどろの生身の人間が出てくるようなのは苦手でさ」

「それって、ホラーというより、猟奇りょうき事件ミステリーじゃない」

「猟奇?ああ、殺人事件のミステリーの範疇はんちゅうか、どっちにしても、気分よくないよ」

「普通、お祝いの席に肉まんは出ないから」

「それなら安心だ」

「安心って……」


 思わず美美は吹き出してしまった。

 頼もし気に見えて、意外に怖がりなのかなと工を見た。

 すると、工と目が合った。

 工は、じっと、美美を凝視している。


「え、な、なに?何かいる?」

「何かいるって、ホラー話したからって、どうしたんだよ、後ろ、壁のポスター」

「ポスター?」


 美美が振り返ると、そこには、「祝い菓子のご用命お待ちしてます」と書かれた和菓子屋の販促ポスターが貼られていた。

 端が少し黄ばんでいる。

 そういえば、と、美美は思い出した。

 販促用に業者から配られるポスターは、お客様の購買意欲をそそるように、美しく美味しそうな写真が使われている。

 子どもの頃から美美はそのポスターが好きで、お絵描きをする時の見本にするからと、シーズンが終わるたびに、ここに貼ってもらっていたのだった。

 今貼ってあるポスターは、さすがに当時のものではないが、ここ何年かのうちのものに違いなかった。


「ああ、これね。販促用のポスター、清川くんちのお店にも貼ってあるよね、土用の丑の日とか」

「“本日丑の日”ってやつだろ」

「そう、それ」

「江戸時代に作られたキャッチコピーなんだよな。諸説あるけど、えっと、四国の讃岐さぬき出身の平賀源内ひらがげんないがつくったってされてる」

「そう、それ」

「丑の日に“う”の字のつくものを食べるといいっていう俗説があって、梅干とか、うどんとか、瓜とかの絵が一緒に描かれてるパターンのポスターもあったよ。梅干はうなぎと食べ合わせだけどな。でも面白いよ、食って退散させようって発想がさ、効き目の真偽はともかく」

「そう、面白いねそのポスター、わたしも見たことあったかも」


 学校の勉強はさぼってばかりの工だったが、さすがに実家の商いについては、勉強しているようだった。

 工の発言に美美はうなづきながら言葉を継いだ。


「あ、そういうの、和菓子にもある」

「そういうの?」

頭文字かしらもじを食べて福を呼び込むお正月の祝い菓子」

「へえ、そんなのあるんだ」

「金沢の辺りにあるんだけど、お正月に“ふ”のつく食べ物を七つ、“七福”って言うんだけど、これを食べると福が舞い込んでくるよっていう言い伝え。その中に“福梅”“福徳ふっとこ”っていうお菓子が含まれてるの」

「福梅は、店の常連さんが、金沢土産だって、持ってきてくれたことがる。あれも、そういえば、紅白の最中だったな。で、福徳って?」


 工が話題に乗ってきたのがわかる。

 箸を持つ手が止まっている。

 

「福徳は、縁起物えんぎもの打出うちで小槌こづち米俵こめだわらかたどった黄金や白銀をイメージした黄色や白の最中もなかの皮に、ちょこんとした土人形つちにんぎょうや、砂糖液を木型に流して作る金花糖きんかとうの招き猫や達磨さん、大黒だいこくさんなんかが入ってる小さなお菓子。耳元で振ると、からから音がして、中を想像しながら最中の皮を割るのが楽しいの。今年一年、福と徳に恵まれますように、って願いが込められてる」

「へえ、面白いな、お菓子の中に何か入ってるのは、フォーチュンクッキーだったら知ってるけどな」

「焼菓子におみくじが入ってるのは、同じく金沢の新年占いのお菓子で、辻占つじうらっていうのがあるわ」

「辻占、正しく縁起かつぎの占い菓子だな」

「つまみ細工のような形は、福寿草ふくじゅそうの花を表わしてると言われていて、これも、“ふ”がつくから、かなりの縁起ものっていうことになると思う」

「なるほどな、和菓子って面白いな。ただ甘いだけじゃないんだな」

 

 工は、大きくうなづくと、実食にもどった。

 蒲焼のたれの沁みたごはんは、冷めても美味しい。

 むしろ冷めることで、少し濃くなったたれが、ごはんの甘みを引き出して、うなぎ本体がなくても、食が進む。


「うなぎは、食後酒用にとっとくか」


 どうやら、工は、腰を据えるつもりらしい。

 お初のあやかしたちとの邂逅かいこうで、少々疲れていた美美は、しばし同じ空間に人間にいてもらうのは心強かった。

 その一方で、いつまでたってももどってこない井桁が心配でもあった。


「遠慮してるのかな……」


 工は、言祝町ことほぎちょうに出入りする人々が自然とそうなるように、あやかし耐性のある方だから、井桁と会っても、驚きすぎたり、怖がったり、警戒したりはしないはずだ。

 とくに、井桁のように、この店の守りあやかしとしてちゃんと働ている存在であれば、普通に接することだろう。

 そういえば、今まで工は、この町ではっきりとあやかしを見たことはないのだろうか。たまに会話に出てきても、さほどあやかしの話題は深まらずに、世間話に埋もれてしまっていた。

 そうした話を、きちんと今までしたことがなかったかもしれないな、と美美は思い返してみた。さっきも少し話はしたが、話をしたというだけだった。


 美美にとっては、あやかしたちはごく身近で自然な存在だった。

 人間すら遠ざけたがる思春期の頃は、あやかしたちは、気をつかって、気配も極力抑えてくれていたようだった。

 あやかしたちのことは、祖父から聞くことが多かった。

 父も母も、店のことで、いつも忙しかったから。


「ごちそうさん」


 工の声に、美美は、現実に引き戻された。


「あ、どういたしまして、って、清川くんがもってきてくれたんだよね、今日のごはんは」

「ははっ、今のは、ごはんをごちそうさん。俺は、これから、うなぎで一杯」

「一杯、って、ここまでバイクで来たんじゃないの、ダメだよ」

「今日は自転車」

「自転車でもダメなんだよ」

「え、と、だから、ひと眠りしてけば大丈夫」

「ひと眠りって、何言って、」

「俺がここでひと眠りしながら番してるってこと。その間に、店の用事済ませなよ。で、今夜は、おばさんの病院に泊まるか、どこかホテルでもとった方がいい」

「どういうこと?」

「心配なんだ。三好がいない間も、この辺へは出前で来てたんだけど、ここのところ、なんか妙な感じがするんだよ」

「妙な感じ?」

「四辻で信号待ちしてる時に、急にぞくぞくっとして、まだ赤信号なのに道路を渡りそうになったり、桜川の橋を渡る時に、急に突風が吹いて川に岡持落っことしたり、あと、黄昏時の出前では、必ず帰り道で迷ったり」

「それって、前はなかったの」

「三好が大学へ行く前は、そこまでひどくなかった」

「そう……そうなんだ……」


 美美は、考えこんでしまった。

 さっき工がここらに出没するものたちについて話をしてきたのは、このことがあったからなのかもしれない。

 あやかしたちの全てが、人間に友好的とは限らない。

 それは、重々承知していた。

 けれど、今まで、災いを人間にふりかけるようなあやかしの話は、きいたことがなかった。

 あったのかもしれないが、少なくとも、美美は聞かされたことはなかった。

 そこで、美美は、父からの手紙がにわかに気にかかってきた。

 何か重要なことが記されているものが蔵にあるのかもしれない。


「一刻も早く、蔵の中を調べる必要があるのかも……」


 美美は呟くと、箸を置いて立ち上がった。


 




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