第十七話 和菓子は別腹

 

 「おなか、たぽたぽ。お茶の飲みすぎだわ」


 そうつぶやいたところで、ぐうっ、とおなかが鳴った。

 考えてみたら、お茶とお菓子を胃におさめていたものの、ちゃんとした食事はとっていなかった。

 和菓子は別腹の美美は、にわかに空腹が抑えられなくなって、そこで幼なじみの清川工たくみのことを思い出した。


「そっか、和食処・うなぎ喜代川に出前を頼もう、あ、でも、」


 そこで美美は考えなおした。


「蒲焼クッキーPart2 湧水締ゆうすいしめうなぎパウダー入り」なる父の発明ぼったくりのお菓子のことで恥ずかしい思いをして逃げだしてきて、今さら出前を頼むなど、恥の上塗りになるのではないかと。


「本当に、どこまで困らせてくれるのよ……」


 美美はため息をついてから、レジのそばの壁に掛けられた状差しに差し込まれている喜代川の出前御品書を手にとった。


「うな重と、うな丼、肝吸いに、う巻も出前あるんだっけ。木の芽炊きと白いごはんもいいわね。ほかほかのごはんに、ぴりっと山椒さんしょの効いた甘辛いうなぎのぶつ切り、あー、ごはんが進むー」


 美美は、しばし一人で、御品書妄想をして、空腹を紛らわせようとした。

 しかし、ここに来る前に食べそこなったこともあって、妄想だけでおなかはいっぱいにはならなかった。


 幼なじみの工は、さほどその方面に敏感ではない分、あやかしたちからのちょっかいを受けにくようだった。

 それでいながら、あやかしたちが人の形をとっている時であれば、普通に接することができるので、高校生になってからは、言祝町ことほぎちょうへの出前は工が担当するようになっていた。


「昔は、来客の時とか、お祝い事の時に、出前をとってたっけ」


 美美は思い出しながらつぶやいた。


「いつだったかな、超特上のうな重を頼んだことがあった。後にも先にもその一回だけだったな。そういえば、あの時、家じゃなかったのよね、出前を持ってきてもらったの。蔵の方だった。おくらさま、菓子司美与志御文庫かしつかさみよしおぶんこ。ずいぶん立派な名前で呼ばれているのよね、うちの蔵。蔵にお客さんがあって、それで、おじいちゃんが何日も籠りっきりで何かしてて。あれ、でも、お客様が出入りした様子はなかったような気がするんだけど、学校に行っている間に出入りがあったのかな」


 考えてみると、おかしなことだった。

 工は、持ってきた岡持おかもちを蔵の扉の前に置いていった。

 工がその場を離れたのを見計らったかのように扉が開いて、岡持ごと中に入れられた。

 その手が祖父のものだったかどうか、今考えてみると、あやしかった。

 その手は、ずいぶん張りのある、すっとなだらかな肌をしていたように思えた。


 美美は、改めて、その時のことを思い出そうと記憶を探った。


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