1章 はじまり_05

 「おやすみなさい」

 クレアは眠たそうな声で、ショーンに返事をします。ショーンが声をかけて、部屋を出る頃にはクレアの大きな目はうとうととしていました。キッチンで大きなマグカップにミルクティーを作ったショーンは、書斎へと入って行きました。買ってからなかなか読むタイミングのなかった本を、読もうとしているようです。表紙は難しい言葉で書かれています。こうしてショーンは毎日、丑三つ時になるまで本を読んで過ごしていました。人間に変身するための薬は、一日に一度変身が解けたときに飲まなければいけません。そのため、ショーンの書斎には夜遅くなってもランプの灯りが煌々と点いているのでした。本を半分ほど読み終えた頃、窓がしまった書斎でショーンの前髪が靡きました。いよいよ、変身が解ける時間が来たようです。

「さて、時間か」

 ショーンは書斎の鍵をかけ、一つ溜息を吐きます。万が一、クレアが起きてしまっては大変です。変身が解けて人間から元の黒獣こくじゅうに戻るときには、少なからず体力を消費します。ゆらゆらと揺れる影は、少しずつ姿を変えていきます。大きな耳、鋭い牙、赤い瞳、ナイフの様な爪、どれもが昼間のショーンの姿からは想像ができないものです。ショーンは、大きな黒い爪で器用に粉薬の包みを破いて薬をガブリと飲み込みました。決して美味しい薬ではありません。しかし、これを飲まなければ今までの平和な暮らしができなくなってしまいます。ショーンは、ただただ静かに平和に暮らしたいのでした。

 薬を飲んで人間に変身するのも、無闇に人間を襲ってしまうことのないようにするためです。ショーンは自分が人間を襲ってしまうことを、恐れていました。自分のそういった残虐な一面を、薬で人間に変身するということで打ち消そうとしているのです。ショーンは自分が忌み嫌われる、黒獣であることを理解していました。しかし、ショーンは人間を嫌うことはしません。果たしてそれは何故でしょうか。

 薬を飲んでしばらくすると、ショーンは人間の姿へと変身が終わりました。ほうっとひとつ、深い溜息を吐いたショーンは椅子に深く腰掛けました。マグカップに入っていたミルクティーはすっかり冷めてしまっています。ショーンはいつまで、この秘密を一人で抱えていくのでしょうか。

 今はクレアに秘密にすることができていますが、いつまで秘密にしていられるかは分かりません。秘密がばれてしまうのは、明日かもしれないですし一年後かもしれません。ずっと秘密にしていられるという訳ではないということは、ショーンも理解していました。では、何故ショーンは人間の少女であるクレアを引き取ることにしたのでしょう。ただ、自分が寂しいからとかそういった理由ではないようです。その理由をお話しするには、今よりずっと昔の出来事を、思い出さなくてはなりません。

 それは、世界がまだ混沌に満ち溢れ悪が蔓延り、後に暗黒の時代と呼ばれるようになった時代のことです。ショーンがクレアと出会う、うんと前の時代です。

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