第3話 融解
「幼虫を、飼っていたんだ」
「そう」
真っ直ぐ前を見据えて歩きながら、君は唐突に言った君がそんな風に突拍子も無いようなことを言うときは大抵苦しいときだから、私は何の興味も示していないかのようなそぶりで君の話の続きを促した。
「いつも葉っぱをあげて、世話をしていて…ある日幼虫はさなぎになった。知ってる?さなぎの中で幼虫は一度溶けるということを」
「溶ける?」
「そうドロドロに、幼虫としての形を無くして…別の何か…成虫(おとな)の構成に置き換わる」
「そうなんだ。君は物知りだね」
「ありがとう」と君はこちらをちらりとも見ずに答えた。
「で、中身は何だったの」
「知らない」
「え?」
「知らないんだ。さなぎはさなぎのままだった」
そうか、君は
「さなぎのままの幼虫を見て」
気付いたのか
「いずれ…そう遠くはない日に自分も同じ道を…溶けたままで終わる道を」
辿ることを
「だから化石になりたいと思ったの?」
「いいや…いや、そうなのかもしれない。あの哀れな展示物たちが囚われている場所で化石を見て…」
君は少し俯いた。長めの黒髪がさらりと揺れる。
「どこか腑に落ちたんだ。溶けて置き換わって明確になったんだって…」
「何故君はそんなにもそれに拘るの?私は君の声、身体、魂が私と共に在れば何も不足はないのに」
身体を固めて歩いていた君は、そこで少しだけピクリと肩を動かした。
「それができたらこんなことは思わない。思わないんだよ。このままでは溶けてしまう。あなたを残して溶けてしまう。だから化石になりたいんだ」
嗚呼、泣いているのか
君の黒曜石の瞳からは涙は零れていないけど。君は確かに泣いている。
「泣かないで。君の側に在るから」
折れそうな華奢な体躯の君、体温が少し低くて、そのか細い身体と相まって存在があやふやな君。
私が君を明確にしてあげるから
「泣かないで」
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